蟹のいる日常『ざりがにの奥地にて』

 小説が書けなくなってはや幾年。私はXの奥地まで出かけていた。

 そこには私と同じく小説が書けなくなった者たちが集まっていた。

 はあ、と息を吐く。

 インターネットでしか交われない人たちがここにいるのだ。

 もうちょっと頑張ろう、いや休もう。休むのが一番だ。

 私はPCを閉じ、目を瞑った。


 その次の日。


 玄関に蟹が来ていた。

 玄関、という言葉と限界、という言葉は似ている。

 そんなことを考えながら蟹を迎える。

「ハロー、僕は蟹だよ」

 知ってる。

「Xの奥地に行くのはおやめなさい」

「なぜ」

「そこには闇しかない」

「行くも行かないも僕の勝手じゃないか」

「それでも、おやめなさい」

「そこでしか救われない人もいるんだよ」

「蟹の助けはいらないと? こんなに絶望しているのに」

「………」

「僕の手を取るだけで君は救われるのに?」

 そこに。

「はいはいはい、君はざりがにですね、取り締まりますピピピピ~」

「な、何をするんだッ蟹か、蟹の手のものか」

「はいはいざりがにがご迷惑をおかけしました、すみませんね、連行しますのでピピピピピ~」

 蟹、いやざりがにとなった元蟹と、本物の蟹らしき蟹が去ってゆく。

「なんだったんだ……」

 それで一作品書けそうな気がして、書いたのがこの小説というわけだ。

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