第17話 とある男性の視点
きれいな装飾が施された白い柱が等間隔に並ぶ廊下を足早に抜けていく。装飾はとてもきれいなのに、白一色なのがもったいない、ここを通るたびに考えていたことが頭にまた浮かんだ。そして今向かっている先は神官長の部屋であった。このウィリット神国に置いて国王にも等しい彼のものは本来ならば顔を見ることすら叶わない人、のはずだ。しかも、他国の国籍をもつ身である僕には特に。
それなのに、どうしてそんなに何度も呼び出されなくてはいけないのか……。理由はわかっているつもりだが、ため息くらいはどうしても出てしまう。だが、これも不思議なめぐり合わせというものなのだろう。
部屋の前に着くと一度呼吸を整えて、数回扉をノックして声を張り上げた。
「神官長さま、バングルートです。
お呼びでしょうか?」
「ああ、待っていた。
入って」
男性か女性かわからないような声が聞こえてくる。扉を開けると、ニコニコと笑いながらこちらを見ている人とさっそく目が合ってしまった。見た目もぱっと見ただけだげど、男女どちらかわからないくらいのきれいな顔立ちだから余計たちが悪い。ちなみに。人々を安心させるためかは分からないが、この神官長は良く微笑みを浮かべているのだ。
「やあ、よく来てくれたね。
それにしても神官長さまだなんて、そんな他人行儀な呼び方をしないでくれよ」
「それで、用事は一体何なのですか」
まあ、そうせかすな。と笑いながら言うとすっと席を立つ。こちらに来たと思ったら応接セットの方に来て、椅子をすすめられる。なんとなくもう自分の部屋に帰りたくなったが、神官長にたてつくほど馬鹿ではないのでおとなしく席に着くと、彼は満足そうにうなずいた。
いい加減本題に入ってほしいのですが、という気持ちで神官長を見ているとようやく伝わったのか、それでな、と話しかけてくれた。
「なあ、そろそろ一度国に帰らないか?」
「は……?
ずいぶんと急に持ち出しましたね。
どうしてですか」
「そうだね、そうした方がよいと見えたからかな」
「またカレットお得意の力で何か感じたのか?」
「それは語弊があるね。
私ではなくゴドック家、というか神官長お得意の力だ」
何が違うというのだろうか……。本人には大きな違いなのか?
事実カレットはその特別な、お得意の力をもっているから、ゴドック家の当主であり、神官長を務めているわけなのだ。
「だが、僕に任せている仕事はどうするんだ?
一応外交できているはずなのに遠慮なく使われているだろう」
「そのかわり、特別に出入りの自由を許しているじゃないか。
それに関してはこちらでどうにかしておくよ」
「では、今度は僕に何をしろって?」
「ただ国に帰ってくれればいい。
ただ彼を自分の正式な息子として連れて行ってくれ。
次バングがこちらに来るときは、あちら、というよりもチェルビース公爵家に置いてきてほしい」
「彼?」
僕たちの会話が聞こえていたのだろう。すぐに隣の部屋から一人の男の子が姿を現した。
まさか、……。
「セイットだ。
セイット・サンタ・ゴドック。
バングもよく知っているだろう?」
「セイ、ット」
知っているも何も。一度も忘れたことなんてない。唯一の僕の息子。
「なんのつもりだ」
「そう怒るな。
彼は私の甥だったし、当代の筆頭神子であることも知っているだろう?
父とは言え、他国のものにそう簡単には会わせられなかったんだ」
すまん、と謝られて済む話ではない。何度手元で成長を見守りたいと思ったか。それを何度も目の前にいるやつに阻まれた。それが、今度は認知しろって?
「よろしくお願いします、父様」
「セイット、それは意味が分かっていっているのか?」
「私はカレット様に言われたことをやっていくだけですので」
「それならば、実の父と離されて育っても良かったというのか?」
セイットはこちらの目を見ようとしない。だた感情のこもらない目でそう言ってくるのだ。また言葉を重ねようと口を開いた時、カレットに肩をたたかれた。
「セイットを責めないでくれ。
彼は何も、何も悪くないんだ」
どうして、それを決めたはずのお前がそんな、そんなに傷ついた顔をするんだ。
「それじゃ、何も文句を言えないじゃないか……」
「すまない」
本当は誰よりも優しくて、だから時に下さなくてはいけない冷血な判断に心を痛めていることを知っている。それでも自分が持って生まれた力に精いっぱい向き合っていることも。
「それで、ただ帰ればいいんだな」
「ああ、そうだ。
よろしくな」
「セイットはそれでいいのか?」
「はい」
「そうか、ではよろしくな」
差し出した手を握り返してくれる手は大人ほどではないとはいえ大きい。今回の判断はきっと僕なんかにはわからない理由があるのだろうけど、今はセイットを息子と堂々と呼べる喜びに浸っていればいい。
「すぐに出発しよう。
準備ができたら、本殿の入り口にな」
「わかりました」
「気を付けて、いってくるんだ」
そんな神官長に見送られて、僕たちは神官長室を出る。
初めての親子として過ごす時間。どんな風に過ごしたいいかを考えながら僕は部屋へと向かった。
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