第13話 middle battle4 〜第2ラウンド~
「第二ラウンド、か……!」
冷静さを取り戻したマスターレギオンが、喉の奥で不気味に笑う。
「だが現状は変わらない。お前たちは我が軍団、レギオンにひれ伏す運命は変わらないのだ」
マスターレギオンが右手を掲げると同時にワーディングが広がり、タワーの外壁から無数の赤い手が現れる。
「レギオン……!」
騎馬に乗る者、銃を持つ者、槍を持つ者、剣を持つ者、獣を模した者が続々と光の下に集う。従者の軍団“レギオン”を利用した大規模な奇襲は、ほぼ成功と言っても過言ではなかった。
現にその圧倒的な数の暴力による奇襲で、セントラルスカイのエージェントは次々と倒れ、今現在、湊達の前に立ちはだかっていた。
『馬鹿な……! これほど大規模な奇襲だと⁉』
“BABEL”すら突破した圧倒的な数のレギオンに、湊は目を見張る。
「この包囲網を打ち崩すには、マスターレギオン本人を倒すしかありません! ですが、この物量ではとても……!」
ルミの背後で控えていたアイシェが、携帯端末で周辺のレネゲイド反応を調べる。マスターレギオンのワーディングによって包囲されたランドマークタワーは、モニター越しにもレネゲイド反応で赤く染まっていた。
「輝生……! 輝生!」
狼の背中から降りた少女は、ミライオンの足元で倒れ伏している輝生に駆け寄ろうとするが、人の姿に戻った荒夜が咄嗟にその小さな手を掴んだ。
「ど、どうして――」
「お前が行ったら、今まで戦ってたアイツの苦労が水の泡だ!」
荒夜に怒鳴られた少女は、思わずびくりと身を竦める。
「だって……輝生が、私の所為で死んじゃう……!」
少女に怒鳴ってしまった荒夜は我に返ると軽く深呼吸をし、少女の目線に合わせるように身を屈めた。
「……少年が血路を切り開いてくれたんだ。それに、応えなくてはね」
そう呟くと、ルミは颯爽と荒夜たちの方へ駆けて行った。
「一先ずその子をアイシェ達の許へ」
「あぁ、すまねぇ。できれば輝生も回収したかったんだが、デカすぎて無理だった。援護、頼めるか」
「任せてくれ」
すると、ルミと荒夜を見上げながら少女が不安そうな面持ちで嘆願する。
「荒夜、ルミ……輝生を、輝生を助けて……!」
「奴は存外にタフだ。まずは、お前さんが先だ」
そう言い聞かせながら少女を抱えた荒夜は、ルミの能力で作られた防護壁で待機しているアイシェ達の許へ駆け戻る。
「アイシェちゃん! この子をよろしく頼むぜ」
「分かりました。その子をこちらへ」
アイシェの手に渡った少女に荒夜は安心させるように微笑んでみせるが、少女の表情は晴れなかった。
「荒夜……」
「何とかなる」
「ほんと……?」
「あぁ。ホントだ」
そう言うと、荒夜は小指を少女の前に差し出した。
小首を傾げた少女は荒夜に倣って小指を出すと、その小さな指に自分のを絡めた。
「これで俺が大丈夫じゃなくなったら、約束破りの罰で針千本呑まなきゃならねぇ」
「針、千本も……⁉ そんな事したら……!」
「死んじまうな」
誇張表現の常套句を全く知らない少女はそれを真に受けてしまい、さぁっと青ざめるが、荒夜はニッカリと笑う。
「俺は針千本も呑みたくねェ。だから死なねェよ!」
少女にウィンクしながら、荒夜はミライオンの許へ駆けて行った。
「アイシェ、その子をよろしく頼む」
「隊長も、どうか気を付けて」
「ルミ……!」
少女が思わず手を差し出すと、ルミはその小さな手を優しく包む。酷く怖い思いをしたのか、その手は海のように冷え切っていた。
「……怖かっただろう。けどもう大丈夫だ」
子供の頃、ジャナフが自分にしてくれたように少女の手を優しく擦ると、ルミは荒夜の後に続いた。
「皆んな……!」
アイシェに抱えられながら、少女は走り去っていく二人の背中を見守る。
駆けて来る二人を見据えながらマスターレギオンが、荒夜に向かって言い放つ。
「我が物顔で所有しているようだが、それを返してもらおう“ジェヴォーダン”。お前には不要の筈だ。それとも、お前も不老不死を望むのか?」
荒夜は「だからジェヴォーダンって呼ぶな」と苦虫を嚙み潰したような顔をするが、マスターレギオンは全く意に介していない様だった。
「ハッ、不老不死だァ? そんなつまんねェモン要らねェよ」
屈伸運動をしながら、荒夜はマスターレギオンの問いを鼻で笑う。
「ほう……? ならば何故立ち向かう」
「テメェらが気に入らねェからだ、レギオン。いつまでも昔の仲間引き摺ってんじゃねェよ」
口の端を吊り上げるように笑うが、その笑みはとても冷たいものだった。
「お前になら分かると思ったんだがな、ジェヴォーダン。お前も中東の激戦で多くの仲間を、命を喪った筈だ。守れなかったものがあるだろう」
「守れなかったものだァ? そんなもの山ほどあるさ。だけどなァ、俺たちはその屍を踏み越えて生きてんだ。そんくらいの度胸がなきゃ、兵士(ソルジャー)なんてやってらんねェよ」
あくまでふてぶてしい態度を崩さない荒夜だが、マスターは薄っすらと荒夜の本質を見抜いていた。
「お前は呪った事がないのか。この世界で、人間ではないものとなってしまった自分の運命を」
「人間かどうか……? 小せェ、小せェ! しっかりと自分の意思があってコミュニケーション取れりゃ、俺ァそれで満足さ。守りてェものもある。守り切れなかったものもある……だがそれがどうした。自分の運命を呪うよりも俺は今、目の前で気張ってくれたboyや助けを求めるgirlの期待に応えるのが精いっぱいさ」
その虚勢にも似た荒夜の発言に、マスターレギオンは確信した。荒夜の過去には、おそらく数えきれないほど喪った仲間の無念があった筈だ。だが、荒夜はその感情全てを無理やり押し殺し、捻じ伏せ、今ここに立っているのだ。それを見極めたマスターレギオンは、冷ややかな目で荒夜を見据えた。
「なるほど……とんだ
荒夜は決してそれを否定せず、ただ不敵な笑みを返すだけだった。
マスターレギオンは、今度は隣に立つルミの方に向き直る。
「貴様もだ、レネゲイド災害緊急対応班。誤った大義に尻尾を振り続けるというのか」
尋ねられたルミはマスターレギオンに一つ息をついた。
「大義なんてものに、興味はないけどね」
「ほう……? では、何故その力を振るう。レネゲイド災害……そんなものは人間の都合だ。人間が自らの安寧と命を守りたいが為だけに、レネゲイドの……異形のものならば蹂躙してよいと! そういうルールを作っただけではないか」
マスターレギオンに再度問われたルミは、一瞬だけ言葉に詰まる。
「UGNは所詮、世界の混乱の片棒を担いでいるに過ぎない。そして、お前はその先鋒だ」
マスターレギオンはルミを指差し、嘲るような笑みを浮かべた。
「お前が、他ならぬこの世界の混乱を引き起こしているのだ」
「そうかもしれない……けど、別にそんな難しい事じゃないだろう。大切なものを壊されたくなければ、戦うしかない。人間だろうと、オーヴァードだろうとね」
ルミは目の前の敵を見据え、過去に培った教訓を口にした。
「“弱ければ奪われる”――それだけだよ」
ルミの答えにマスターレギオンは一瞬目を見開いたかと思うと、高らかに哄笑した。
「フフッ……ハハハハハ! これは傑作だな! お前は何も気づいていない。
ルミのコードネームを口にしたマスターレギオンが不気味に笑う。
蛍幻燈禍仇花――それがルミのコードネームだった。故郷の中東を離れ、日本の地の文化に感銘を受け自ら付けた歌舞伎の演目名だった。
「そうだろう……“竜血樹”に拾われしオーヴァードよ」
「……“竜血樹”だと?」
ミライオンのコックピットで会話を聞いていた湊は、つい最近どこかで聞いた事のある単語に反応する。
「お前には感謝をしなければならんな。お前が彼の地でレネゲイドに関する技術を広める実験に協力したからこそ、“生まれた”のだ」
「生まれたって……まさか……!」
息を呑んだルミに、マスターレギオンは口の端を歪める。
「理論上に過ぎなかった――“エレウシスの秘儀”。それを完全な形として蘇らせる為の技法をな」
「そんな……!」
マスターレギオンが口にした事実に、3人は同時に目を見開く。
「弱いものは奪われると言ったな。あぁ、その通りだ。私もお前のその思想だけには賛同しよう。お前が中東で協力した実験こそが、あの名も無き少女を生んだのだからな」
驚愕の事実にショックを隠せないルミは、その場に立ち尽くすしかできなかった。
「あの時の、実験が……⁉」
テロリストに与していた時の記憶がルミの脳裏に過る。
あの未曽有の大災害で生まれた生命があったのかと驚愕すると同時に、それと引き換えに喪った同胞たちと、ジャナフの最期の姿を思い出したルミは目を伏せる。
「嗚呼、そうか……僕は、この力を得て大切なものを手に入れた。だが奪われてしまった。僕が……弱くて愚かだったからだ」
たとえ目を閉じようとも瞼の裏まで追いかけてくるあの時の惨状と死者の声は、今もなおルミの心を蝕んでいた。
「未だに僕の残したものが、新たに誰かから大切なものを奪おうとしているのか……!」
「その通りだ。皮肉だな、レネゲイド災害緊急対応班。この災害を引き起こしたのは、元を辿ればお前なのだ」
ルミは無意識に肩の面に手を添える。もう二度と戻せない大切な命と過去に囚われたルミは前を向く光すら失い、無意識に頭を振った。
しかし、その項垂れてしまった背中を容赦なく叩いた人物がいた。勢いよく背中を叩かれたせいでルミは前のめりになるが、痛み以上に驚きが勝っていた。
「こんな安い挑発乗るな、嬢ちゃん」
ルミの背中を叩いたのは、背後で会話を聞いていた荒夜だった。
「いや……“坊ちゃん”だったか?」
「……え?」
「お前、もしかしなくても男だろ⁉ ったく紛らわしい恰好しやがって!」
今こんな土壇場で追及するべきではないのでは、と突拍子もなく怒り出す荒夜に、ルミは目が点になってしまう。
「いや……そうだけど。そんな事言ったら、それこそ君もじゃないか?」
「ま、確かにあべこべで紛らわしい格好してるな。お互いに」
こんな時でもへらへらと緊張感のない笑みを浮かべる荒夜に、ルミはむっとしてしまう。
「……失礼な奴だな、君は」
「おゥよ。失礼でこちとらテンペスト内では有名なんだよ」
荒夜は得意げに笑うと、マスターレギオンにもふてぶてしい笑みを見せつけた。
「あんな安い挑発乗るな。あんなのよ~く聞きゃ、ただのこじつけだ。エレウシスが生まれたのはお前の所為だァ?」
言うと、荒夜は再びルミの背中を強く叩いた。
「全部背負い込むな。たとえ事実だったとしても、全部が全部お前の所為なワケねェだろ」
荒夜の喝にも似た励ましに、ルミはやっと前を見ることが出来た。
「……君は単純でいいね。羨ましいよ」
「単純に考えざるを得ない時もあるさ」
そのふてぶてしく笑う様に、ルミも呆れるように笑ってしまう。
『だが一理ある。彼が言っている事は詭弁だ! それは君も分かっているだろう、ルミ』
二人の隣でマスターレギオンと対峙するミライオンもとい、湊もルミに声をかける。
「そうだね……力をどう使うかは、人が決める事だ。僕は少なくとも、この力を君に使わせるワケにはいかないよ、マスターレギオン。何より……僕自身の為にもね」
二人に鼓舞されたルミは手燭を振ると光の弓を顕現させ、それを番えた。
「それが僕の――生きている数少ない理由なんだ」
ルミの出した答えに、マスターレギオンは一笑に付す。
「過去に背を向けて、己の心の安寧の為だけに戦い続けるがいい。だが私は違う……! 私は、この世界を穏やかなものにしてみせる……! だからこそ……」
前を睨み据え、赤い剣を顕現させたマスターレギオンは、目の前の機体――ミライオンにその赤い剣を向ける。
「降伏しろ、MM地区支部。恭順の意を示せば、これ以上の攻撃は控えようじゃないか。これは大義の為だ。支部の仲間が大切だというのなら、投降したまえ」
マスターレギオンは勧告を通告するが、湊は毅然とした態度でそれを拒絶した。
『断る! MM地区支部は、この程度で屈したりはしない! それは今の今まで戦ってくれた輝生も同じだ!』
「兄ちゃん……!」
ミライオンに守られている輝生が、僅かに顔を上げる。
『輝生……レギオンにやられたこんな不甲斐ない俺を信じてくれて、本当にありがとう』
「そんな……俺は、ただ当たり前の事をしただけッスよ……!」
湊の心からの感謝に胸が熱くなるが、輝生は鼻を啜りながらいつもの笑顔を浮かべてみせた。
「数の、そして力の道理が分からぬならば、お前に付き従う者は、ただただ無駄に死んでいくだけに過ぎない」
『もし出来るというのなら、やってみるがいい! マスターレギオン!』
マスターレギオンの挑発にも物怖じしないその堂々たる姿は、MM地区を纏める長に相応しかった。
「お前は、何故そこまで断言できる」
『俺は信じているからだ! MM地区を、輝生たちの力を!』
湊の答えに、マスターレギオンは冷笑を浮かべる。
「ハハッ。思いの力、か」
『貴様がそれを笑うのか、マスターレギオン。貴様もまた、仲間の力を信じて戦っていたのではないのか……⁉』
マスターレギオンの心理を貫く湊の言葉は、彼の逆鱗に触れた。
「――それで届かぬものがあった! だから失われていった‼ 彼らの命に報いる……その為に私は、戦い続けなければならない……!」
激昂したマスターレギオンは剣を振るい、背後で控えるレギオンを指し示す。
『あんたの事はこっちだって調べさせてもらったよ。あんたには同情だってしてやろう。だがそれ以上は無理だ! もしあんたがまだ戦うというのなら、このMM地区が――“セントラルスカイ”が相手になろう!』
そう叫ぶと湊は操縦桿を握りしめ、いつでも迎撃できるよう身構えた。
「傍にいるもの……彼らをまた一人、また一人と喪い……この血の軍団“レギオン”となってまでも、私と進み続けて来たのだ。この歩みを、何人たりとも止めさせるワケにはいかないのだ……‼」
マスターレギオンは改めて3人に宣戦を布告する。
「蹂躙させてもらう。MM地区。そしてUGN!」
『来い! マスターレギオン!』
マスターレギオンは両手を広げ、剣を指揮者のように大きく振るうと、従者たちの進軍が一斉に始まった。
「さァ、火蓋は切って落とされた! 最後の瞬間に、お前たちの今までの全てを後悔しながら死に絶えるがいい‼」
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