第6話 弾性的な探索
サイカは防御をカクテラルに九割任せて、全体を見る。俯瞰して戦況の把握に務めた。
停止している盗賊のローブはこの戦闘中の復帰はないと考えていいだろう。いくらか逃げ出しているような人間も見えた。問題は残っている一体だ。オフトゥと警察のローブ二体が牽制している。子供が乗っているから下手な攻撃をするわけにはいかない。逃さないようにするのが精一杯であるように見えた。取り囲む三体も協力関係にあるわけではないのだし。
そして一番、問題なのがサイカたちを囲んでいる十二体のローブだ。黒いローブたちが逃げ道を塞ぐように包囲する形を作っている。みんなジッカ型で、メイのものよりいくらか大きく長い棍棒で檻を作るように陣形を組んでいた。さらに離れて、戦闘に加わらない五体のローブが様子を伺っている。退路を塞ぐためか、もしくは数が減った際の増援か。
こちら側の戦力は五体。オフトゥがあちらにかかりきりとすれば、壊れかけで立てないメイのローブを含めて四体しかない。さらに、どうもやる気がないのか、ローブが壊れているのか、ギリィンの操るローブは攻撃の精細をかいており、かろうじて敵の攻撃を避けては体当たりを繰り返す程度しか動けていなかった。
「おまえ、武器はないのかよ?」ライが声をあげた。
「ないね」ギリィンが緊張感を欠片も感じさせない調子で答えた。
どうすればいい。
ギリィンの言う切り札が、本当に使えるものなら、このまま時間を稼げばいいのか。
「そこは信じてほしい」
「こんなやつが信じられるのかよ」
「嘘は言ってないだろ。武器はないからないと言った。切り札はあるからあると答える。ただ、今はまだ使えない。ここで使ってしまうとほしいものが手に入らない」
降伏するか。
少なくともそのふりをすれば戦闘を終えて、時間を稼ぐことができる。そこまで考えた。そしてすぐにそれではダメだと気付く。この考えは相手にも伝わっているのだ。不意打ちの策は役に立たない。ローブで人が戦うことの不利がそこにもあることを理解しなければ。
作戦を立てるなら、その作戦は考えた瞬間から相手に伝わっていても、なお、通用するものでなければならない。
もしくは……。ここまで考えたところで、カクテラルが言った。
「姫様、提案があります」
姫様というのが気に障ったが指摘しているような余裕はない。いい案ならそんな呼び方なんかどうでもいいぐらいに必要だ。
「なに?」
「逃げるべきです。ヘスデネミィだけなら私が操って包囲を抜けてみせます」
「それは包囲を抜けて戦うということか?」
「いいえ、この地を全力で離れます。そして時間が経った後に戻ってくれば、ヘスデネミィを維持するという目的を達成することができます」
過程を想像する。
その成果の犠牲は仲間たちだ。
イメージ。
壊れたローブ、中では死んでいるかもしれない。
「良いわけないだろ」サイカは叫んだ。
「しかし、このままでは全滅します。鍵を手に入れるという目的も達成できません」
大義のために犠牲にする覚悟が問われている。
考えは仲間のみんなにも伝わっている。その反応も伝わってきた。どうしようもなければ、それもありだという自己犠牲の精神が拒否することのできない形で頭をかけめぐる。
「お前が逃げられるなら逃げろ」ライの声。「そのかわり、あとは頼む」
なんでそんなことを選べるのかわからない。
サイカは、もし本当に自分の命と誰かの命が天秤にかけられているなら、誰かを犠牲にしてでも自分の命を選ぶだろう、という確信があった。でも、まだそんなときじゃない。
「ふざけるなよ」
サイカは、叫んだ。そして、ローブとの接続部分を引き剥がした。
「カクテラル、操縦を頼む。逃げるなよ」
カクテラルに操縦の十割を渡した。別にこれで困ることはない。ただ思い通りにできないだけだ。そして、だから思いも伝わらない。
「どうした?」ライが叫ぶ。
メイの混乱も伝わってきた。
しかし答えることはできない。
代わりに誰も巻き込まず作戦を練ることができる。これなら味方にも敵にも考えていることは伝わらない。
「作戦を練るためにジェネルへ任せたんだろう。動いてる限り心配することはない」ギリィンがライたちに向かって言った。「もっともどうにもならなくなって逃げる気持ちを隠すためかもしれないけれど」
言ってろ。
サイカは口元に笑みを浮かべた。状況が好転したわけではない。マイナスをいくらか戻しただけで、まだゼロにすら辿り着いてはいない。どうする? 敵を全部倒すなんてことは無理だ。しかし自分だけ逃げるなんて道はない。ギリィンの切り札を信じて、時間を稼ぐしかない。じゃあ、どうやって時間を稼ぐ?
脳内に情報を巡らせる。
はやく、はやく、はやく。
仮定。
演算。
検証。
ローブは壊れても勝手に直る。
人は死んだら元には戻らない。
軽い打撲程度なら良いが、コクピットにローブの武器が直撃したら命の危険がある。幸い、警察のローブは棍棒なので、装甲を貫いて刺さるということはないが、それでも位置が悪ければ衝撃は大きい。
死んだふりでもしてみるか。
自分だけだったらそれもいい。けれど、他の人間にその演技をさせることはできない。演技だということがバレていれば、ゆっくりと止まった的にトドメを刺されるだけだ。戦闘用のローブを操り、警察に抵抗している段階で、この国では法的に命の保証はない。警察の側に命を奪う権利が与えられる。
考えた。
でも、すべて明瞭に解決できるような策は浮かばなかった。
やるしかない。
できることを。
できるだけ可能性が高いと思われる方法で。
「カクテラル、この包囲を抜けることはできるんだな?」
「できます」
「合図をしたら頼む」
サイカは渡された携帯電話を取り出してかけた。
繰り返されるコールが長く感じられる。
出てもらえるか、それだけで賭けだ。
「こんなときに電話か」
オフトゥの声。戦闘の音も聞える。ハンズフリーにでも設定しているのだろう。まず、ひとつ、助かった。
「言うとおりに動いて。意図は説明できない」
わずかに間を置いて返答があった。
「わかった」
普段、人間が乗るローブでの連携ならば電話なんていらない。もっと深いところで感情から情報が共有される。あいまいではあるが、慣れてくれば、そちらのほうが速く息の合ったコンビネーションを生み出せるのだろう。だが、それでは敵にも伝わってしまう。
ジェネルで動かせるのはメリットだ。
そうすれば意志を誰にも伝えずに済む。そして電話で指示を出せば、反応は遅れるけども、意識のない行動をもう一体のローブに行わせることもできる。
「こっちにきて、メイとライを助けて」
一瞬、盗賊のローブにつかまっている子供はどうするんだ? という意識が届いた。しかし、すぐに助けに向かうという意志も届く。
「カクテラル、オフトゥの代わりにこっちがあのローブを止める」
「わかりました」
「行ってくれ」
ヘスデネミィが敵のローブの横腹に低く体当たりをいれる。さらに反動で反転し、外へ抜けた。そのまま飛び出す。
ライとメイの感情が伝わってくる。
逃げてもいい。無事でいてほしいという気持ち。
オフトゥの乗るヴィブラリィアンとすれ違った。
ローブが減ったことによる盗賊の油断が伝わってきた。まだヘスデネミィの接近は気付かれていない。回り込んで背後から不意打ちをしかけられる。
「コクピットは傷つけないように。脚だけ壊せ」
「了解しました」
ヘスデネミィの振るうナイフが、盗賊の駆るローブの右脚を一瞬にして切断した。盗賊のわけがわからないという感情が伝播した。バランスが崩れて倒れるローブを支えつつ、もう片方も切り離す。
「あとはゆっくり地面に下ろして、警察に任せる。ここを離れるぞ」
カクテラルが言われたとおりにヘスデネミィを動かす。
警察のローブは着いてこない。賭けではあったが、狙い通りだ。警察はまだあの中から子供を助け出さなければならない。盗賊は子供を人質にしたままローブから降りて逃げようとするかもしれない。だからローブを倒しただけで、あそこから離れることもできないはずだと考えた。これからどこかに運んで、警察の人間や小型のジェネルで囲み、さらに子供の救出を試みるだろう。でも、そんなところまでこちらは協力できない。ローブでの戦闘までだ。
だからオフトゥを戻して、盗賊を止めれば、数の差を減らせると思った。
そのとおりになった。
これで数は五対十七。メイのジッカが倒れかけていることとギリィンのローブに期待できないことを考えるとまだまだ厳しい。それでもマシにはなった。それにヴィブラリィアンとヘスデネミィは外から戻ってきた。だから包囲されているわけではなく、逆に相手のローブを一時的とは言え挟み込むことができる。
「逃げたんじゃなかったんだな」ライの声。
当たり前だろ。この気持は届かない。
ライが捕まえたローブの背中へナイフを縦に振り下ろした。真っ二つとはいかないが、活動を止めるには十分だ。あと十六体。敵の陣形が崩れた。下手に包囲を続けて背後から攻撃されるより乱戦のほうがましという判断だろう。
サイカは直接ローブを操作せず、オフトゥとカクテラルに指示を出すことに徹していた。オフトゥを動かし、壁を作り、逃げ道を塞いでからヘスデネミィで攻撃する。ヴィブラリィアンの球体操作は敵を妨害するのに向いていた。
それでも戦況は徐々に劣勢へと傾いていた。
ギリィンのローブが右膝をついている。かろうじて防御に徹していたが、ギリィンの言葉からは余裕が消えていた。そしてそれは皆、同じ状況だった。戦い続けていることで疲弊し、その疲れがミスを生んで、ダメージを増やす。リカバリーを考えてもできることは少なかった。
「まだなのかよ。本当に来るのか」ライからの言葉が響く。
「来てると思うけどね、なにぶん古いから時間がかかってるのかもしれない」
そのとき遠くにローブが見えた。
「来た」メイが声をあげる。
しかし、その声はすぐに小さく消えていった。
新しいローブがやってきた。
ひと目でわかる。
これがギリィンの探すローブで、きっと首都の鍵ともなるようなものなのだろう。
その姿はヘスデネミィによく似ていた。
だけど、それだけではなかった。そのローブの周りには守るように陣形を保つ警察のローブが四体も存在していたのだ。やっと減らしてきた敵の数が、予想以上に増えてしまった。
この状況でも勝ち目はあるのか、すべてはギリィンの持つ切り札にかけるしかない。
「おい、大丈夫なんだろうな」ライの悲痛な声。
ギリィンが余裕を感じさせる声で返答する。
「大丈夫、問題ない。戦うのは彼だけれどね」
ギリィンのローブがひざまずく。一瞬、光ったように見えた。
「天使の声」
ギリィンの言葉が頭に届いたと思った瞬間に、凄まじい絶叫が体を突き抜けた。嫌悪。悪寒。背筋が凍る。気持ちが悪い。吐き気がする。頭が割れるように痛い。なんだこれは? 悪魔に抱きしめられたような気さえする。
みんなは大丈夫なのだろうか。辺りを観察する。
敵も味方もすべてのローブが停止していた。
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