第2話 異生的な転換

 まず一体。

 飛び上がってコアにナイフを突き刺した。敵のローブが堕ちていく。

 オフトゥは、硬球をこちらへ当たらないように巡らせてくれている。当てるのは、大変だ、といううれしそうな言葉が届く。

 カクテラルに呼びかけられたとき、意識が切り替わったのがわかった。不安が消え、ローブを自らの身体以上に動かせる気さえでてきた。

 軽い。

 早い。

 強い。

 武器は短いナイフ一本なのに、負けることは考えられない。あいつらは雑魚だ、とすぐにわかった。動くはやさが違う。まるで素人なのではないかとさえ思える。なぜだろう、ジェネルは人間よりはやいはずだ。単純な思考速度もそうだし、人間には生体的な限界があり、普通に体を動かすときでさえ、コンマ数秒の遅れがあるという。だから人間は通常、ジェネルには勝てない。数で押すか、なにか作戦などで工夫するしかないはずだった。

 だからサリトーも簡単に負けたのだ。

 それなのに、これはどうしたことだ。

 敵が箒の形をした棍を振り下ろす。空中でさっと半身になりかわす、さらにそのまま反転しつつナイフを刺した。あと三体。

 そうだ、敵のジッカが遅すぎる。

 ローブを動かしたことなどない。素人なのは自分のはずだ。けれど、敵の攻撃はまるで手加減をしてくれるのかのようにゆっくりに見える。これが格闘の練習ならば、真面目にやれと怒り出しそうなぐらいだ。

 否、オフトゥの戸惑う言葉からするに、ヘスデネミィが早過ぎるのか。

「そうですよ」カクテラルの声が頭に響く。「このヘスデネミィは王族専用の特別なローブです。さらにいえば、姫さまとヘスデネミィをつなぐ私も特別なジェネルですがね」

 わけがわからない。でも、そんなことさえも許せるぐらいに今は気分がよかった。空を蹴って、距離を詰め、そのまま体ごと突き刺す。停止したジッカを盾にして、近づいてきた別のやつからの攻撃を防ぎ腕をまわして一撃を加える。相手の片腕が落ちた。残り二体、うち一体は片手で武器が持ちづらそうにしている。

 もう大丈夫だろう、とサイカは思った。

「油断するな」

 オフトゥからの声が届く。けれどその声に余裕が感じられる。

「もう気を緩めてるのはオフトゥさんじゃないの」

 サイカは思う。そしてその声も届いてしまっているだろう。ローブで戦うということはそういうことだ。オフトゥの困ったような表情も浮かぶ。

 手負いの方から片付けよう。ジェネルは獣ではない。だから手負いほど危ないなんてこともない。ただ単に楽な方から数を減らそうというだけ。

 まわりを飛んでいた硬球が道をあける。意識が伝わったからか。余計な攻撃を受けないようにまわりを守りつつ、こちらの進む先だけを開いてくれていた。やさしい人だ。

 腕を拾い上げようとしていたジッカを追う。地面すれすれへ落ちるように進む。敵も狙われていることがわかっているのだろう。しかし、それでもいまできるベストが腕を拾いくっつけることだと判断したのだ。その判断は間違いではないのだと思う。人間のように恐怖心ですくんだり、過信から間違いを起こさない。それでもどうしようもないのだから、残念だったな、というだけ。

 ナイフで背後から縦に切り裂いた。

 感触はなにもない。

 命もないのだからこちらが傷つくことすらない。

 ただ打ち倒した喜びだけがある。

 あと一体。それで落ち着くことができる。たぶん簡単に終わる。それでも油断してはいけないというのは正しい。しっかりと最後まで気をはって、それからゆっくりしよう。

 背後で衝撃音。

 硬球が敵の武器を受け止めていた。

 二撃目の硬球を敵が避けて少し離れる。

 わかっているよ。油断したわけではない。守ってくれると知っていたから、任せていただけ。

「最後だ」

 飛び出す。すれ違うように斜め上へ。敵が振りかえろうとする。同じ方向へ旋回し視線から逃れる。硬球が飛んでくる。敵も認識しているので当たりはしないはずだった。ヘスデネミィでコースを変えなければ。

 軽くふれてコースを変えた硬球が敵の肩に当たる。バランスを崩した敵の正面に出て、真上からナイフを振り下ろす。

 ジィーっと時間をかけて、機体を分かつ線分を描く。

 残りゼロ体。

 終わった。

 二つに別れたジッカの向こうに白いものが見えた。空ではない。雲でもない。なんだこいつは?

「六体目なんていなかった」カクテラルがわめく。「それに今も匂いを感じない。目の前にいるのに、こいつはステルス機!」

 白いローブが一瞬、縦に伸びたように見えた。

 違う。

 あれは武器だ。

 大鎌を背中から出したのだ。

「逃げろ」オフトゥの声。

 違う。油断していなかった。ちゃんと最後まで気をはって、倒した。倒したんだ。大鎌が大上段に構えられて、今にも振り下ろされそうなのがわかった。それなのに、認識しているのに、避けようと動くことができない。

 避けろ。逃げろ。かわせ。

 ヘスデネミィは早いはずだ。

 敵のジッカの動きがとろとろとしていると液体のようにすら思えた。だからこの白い奴の攻撃だって簡単にかわせるはずだ。

 そうだ、かわすんだ。

 覚悟を決めた。そのとき、大鎌の刃先が足元に見えていた。

「えっ……」

 視界が二重になる。意識がヘスデネミィから切り離されて、サイカ自身へと戻りつつあるのがわかった。右腕が落ちている。誰のだ? ここにはサイカしかいない。左腕で右腕の存在を確かめようとした。けれど動いたのはヘスデネミィの左腕で、右腕は一応存在していた。ヘスデネミィの右腕は。

 サイカは叫び声をあげる。

 サイカの右肩から下が切り離されてしまった。

 ヘスデネミィ自体も大きく損傷している。

 完全に切断されたわけではないが、機体が今にも二つになりそうだ。あの大鎌はヘスデネミィのナイフと同じようなものなのかもしれない。ナイフよりもはるかに大きいけれど。

「殺してやる」

 サイカは、意識を強くヘスデネミィに戻し、白いローブに飛びかかる。

「無茶をするな」オフトゥの声が聞こえる。

 自らの感情が昂ぶっているのはわかっていた。問題があることもわかっている。それが無茶だということも。しかし、時間をかけても機体が崩壊していく感覚しかなかったのだ。あの敵の一撃は、今も少しずつヘスデネミィを蝕んでいるのではないかと考えた。だから、すべてが終わる前に行動しなければいけないのだ。

 白いローブが再度、鎌を構える。

 こちらの突進にカウンターを決めようというのだろう。

 どちらがはやいのかはよくわからない。単純なスピードならばこちらがはやいように思えるが、さっきのあの一瞬はなにかに捉えられたかのように動けなかった。

 前へ。それから急旋回で横へ回る。ついてこなければそのまま突き刺す。こちらを向くようならば、オフトゥの援護も活用する。こちらを向いた。鎌がわずかに引かれた。予備動作か。オフトゥからの硬球が敵の背後から襲うように飛び込んできた。

 このままならこちらの勝ちだ。

 避けるようならば、避けた先の隙を狙う。

 さあどうする?

 硬球が二つに切り裂かれていた。そして、目の前にいたはずの白いローブが消えている。

「どこだよ!」

 叫んだ。振り返るが後ろにもいない。視界の端に動くものが見えた。半透明な鎌の刃だ。

「ステルスです! カメラからも消えるような」カクテラルが言った。

 寸前で鎌をかわす。機体は見えない。透明になる機能なのか? 鎌だけはその攻撃用の機能から完全に消えることができないのかもしれない。それでも見難い。それだけのものからは本体がわからない。

 この白い奴はおかしすぎる。消えるだけでもやっかいなのにそれだけではない。

 もう限界だ。

 ヘスデネミィもサイカ自身も。これで終わり。死んでしまうのか……。それならばそれでいいか。

 旋回した。頭上に鎌を見つける。あとはそのまま振り下ろされるだけか。ああ、もういいよ。

 鎌が足元に見えた。また攻撃を受け終わっていた。目の前が真っ赤だ。もう体のどこが傷ついたのか確認もできない。ただ最後に、奴に、ナイフを突き刺したことだけを見た。攻撃を受けた瞬間に防御を考えずに捨て身で反撃してやった。ナイフが宙に浮かびながら自重でゆっくりとさがっていく。そして突然あばれだしたのが見えた。効果があったのだ。

「はは……」

 サイカは、楽しいな、と思った。

 物心ついてからまともなことはなにもなかったけれど、この一瞬にいいことができたと思った。できたばかりの仲間を守れたのだ。

 いい死に方って奴だろう?



     §


「ロゼ姫」サイカは自らの主を呼び止めた。「今日は私が代わりに出ます」

「なぜ?」ロゼ・リップがサイカを睨む。

 ふたりの容姿はよく似ていて、だけどどこかに違いを感じられるものだった。

「暴動が計画されているとの情報がありました。確かなものではありませんが姫さまを危険にさらすわけには」

「そんな悪辣な奴らに立ち向かうのが王族の務めではないですか! ちょっと危険だなんて情報が入ったぐらいで屈すると言うのですか」

「それは表向きのこと。だからこそ私がかわりに行くのです。姫さまの如くローブを操り、必要とあらば戦ってみせましょう」

「かわりと言うのならば、かわりにお嫁に行ってもらいたい」

 一瞬、理解できず、サイカは苦笑いを浮かべた。

「私は男ですから……」

 目を開いた。

 夢を見ていた。

 ここはどこだ。汚れた天井が見える。ベッドに寝ているらしい。体を起こそうとすると隣から声が聞こえた。

「安静にしていて」

 白衣の男だ。医者だろうか。そんな雰囲気。

「今、オフトゥさんに連絡するから。体は大丈夫? ひどい重症だったのだけど」

 痛みはない。腕? そうだ、右腕はどうなった。手をあげようとすると重かったが、それでもゆっくりと顔の前に右手を運ぶことができた。右腕がついている。あのとき確かにやられて、切断されたはずなのに。

「手術をしたのですか?」声がおかしい。寝ていたからか。

「いや……」

 医者らしき男性はなんだか話しにくそうにしている。

 では、あのときの光景が夢だったのだろうか。しかし、オフトゥはいるという。それならば盗賊を抜けて、軍のローブと戦ったことは現実のはずだ。そして、重症で倒れて寝ていたというのだから、やはりあの白いローブにやられたのではないか。それとももっとはやく別の攻撃を受けて気を失っていたのだろうか。

 扉が開いた。オフトゥともうひとり、大人の女性が連なって入ってきた。オフトゥの表情は暗い。

「大丈夫か、サイカ……?」

「ええ、なんとなく違和感があって体は重いですが、痛みはまったくありません。まさか生きていられるとは思いませんでしたがこちらで助けていただけたのでしょうか」

「ここではただ寝かせていただけだよ」医者が話す。

「すみません、記憶が確かではないのです。僕はどうして助かったのでしょうか。あの白いローブはどうなりましたか? あれは夢だったのでしょうか」

「あいつは君の一撃をくらって撤退した。君のおかげでうちの小隊はみんな助かった。ありがとう。改めて礼を言わせてもらいたい」「それはよかった」

 夢ではなかった。そして役に立てたということがうれしかった。

「その後、墜落した君のローブの中をあけてみると君は血塗れで倒れていた。あの場所ではどうにもできなかったので、急いでこちらまで運んできた。ただ、内心はもうダメだと思っていた」

「それでも助けていただけたのですね」

「すぐに気付くことだから正直に話そう。そして君のその状態が当たり前なのか、混乱しているのかわからないが、そのことについても確認したい。我々は最初、医療施設に君を運び、できるだけのことをしようと考えた。だがあの猫のジェネルがそれを止めたのだ。君をヘスデネミィの中につないでおけと」

 猫のジェネル。カクテラルのことか。

「はじめは意味がわからなかった。だがここまで運んでくる間にもローブの中にいる君が回復しているのが見て取れた。あれはまるで、ローブが修復されるかのように……」

「ヘスデネミィにそういった機能があったということですか。さすが王族専用の特別製と」

「サイカ、君はまだ気付いていないのか?」オフトゥが言った。「それともわかったうえで問題がないことなのか」

「何の話ですか?」

「すみません、鏡はありますか」オフトゥが医者の用意した手鏡を受け取る。「君は今、はじめてあったときのサイカではなくなっている」

 サイカは、鏡にうつる自らの顔を見た。

 そこには女性がうつっていた。

 黒い髪ということは同じだが、髪質や艶がまるで違う。

 目つきも口の形も、似ているけれど違ったものになっている。

 誰だ、この人は。

 いや、夢で見た。

 ロゼ姫?

 サイカは視線を落とし、胸をさわる。

 やわらかなふくらみがあった。

 下半身に意識を向ける。

 しかしあるはずのものが感じられない。

「え、あ……」

 さっきから声に違和感があった。

 声だけではない。違和感はたくさんあった。

 でもそれは倒れていたから調子がでないのだと思っていた。

 違う。

 体自体が変わっている。

 顔も体も性別も。

 気持ち悪い。

 なんだこれは。

 内側からなにかがあがってくる。

 サイカは吐き出してしまった。

 吐瀉物が白いシーツを汚す。

「おい、大丈夫か」

 大丈夫? それってどうだったら、そうだと言えるんだ。

「僕は……」

 サイカがオフトゥや周りの人間の顔を見る。

「誰?」

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