automatic eden - 選択という命題について -

犬子蓮木

第1話 自動的な再会

 サイカ・カフクの前には猫がいた。

「姫さま、そろそろお目覚めの時間です」

 サイカは驚いた。猫がしゃべったことにではない。この猫はジェネルだ。生身の猫ではなく、作られたロボット。驚いたのはそう、鏡にうつる自らの姿が見たことのない女の子になっていたからだ。見たことはない、ただどこか自分に似ているようにも感じた。

 女の子が強い口調で言った。

「出るぞ」

 鋭く細い目は鏡の中の自分自身を睨みつけている。

「倒されるために生まれてきた敵たちが待っている」

「ヘスデネミィの準備は整っております」猫が言った。

 ヘスデネミィ。これから搭乗する人型兵器ウィザーズ・ローブの名前だ。

「いいえ、姫さまはすでにローブへと搭乗されております。さあ、そろそろ目を覚ましてください。目の前には、そう、倒されるために生まれてきた敵が立っています」

「おい、はやく動かせ、助けろ」男の野太い声が頭に響く。

 サイカは目を開いた。

 気を失っていたのか。

 体は元に戻っていた。

 強くはない少年の肉体。

 状況を思い出す。

 僕は盗賊で、その中でもしたっぱの使いっぱしり。

 視界が重なりつつ広がる。

 ウィザーズ・ローブと同調していくのがわかる。

 今は倒れているらしい。

 起き上がろう。

 大きな砂埃をあげながら、サイカは乗り込んだヘスデネミィを立たせた。なんだ、簡単じゃないか。ウィザーズ・ローブを動かすのははじめてだった。しかし、意識するだけでいともたやすく動かすことができた。

 向こうでローブ同士が組み合っている。膠着状態か。周りには壊れて倒れたローブがいくつか転がっていた。自動修復には時間がかかるだろう。

「どちらを倒しましょう」あの猫の声。

 視界を自らのものに戻す。猫が左腕にしがみつくようにくっついていた。いや、なにか変形して同化しているようだ。手を動かせないほどに固定されている。

「それとも両方ですか?」

 ローブの足を動かし、前に進む。

「はやくしろ。こいつを殺せ」ボスの声だ。

 組み合っているのがボスとその相手で、まわりに転がっているのはそれぞれの仲間たち。王家の墓に特別なウィザーズ・ローブがあるとの情報を得て、発掘に来た。そこで、同じくローブ目当てでやってきた指名手配のレジスタンスと衝突したのだ。

「はやく、殺せ」ボスの声が頭に響く。

 ローブの搭乗者であるウィザードの思考は、音声でなく、純粋な精神波として敵味方構わずあたりに伝わる。ゆえに、だまし討ちなどはむずかしい。これはローブを製造する際に使われているミスリルと人をつなげるインタフェースの副作用。だからいま、ボスの強い想いが響いてきている。

 うるさいな。

「ヘスデネミィ」

 サイカは搭乗するウィザーズ・ローブの名前を呼んだ。まるで自分の体であるかのように、否、それ以上に自由を得て動かせる。一歩ずつゆっくりと確かめるように進んでいたが、いつしかそれは走りへと変わり、そして飛び上がって進んでいた。

 頭にさまざまな思考が飛び込んでくる。

 盗賊もレジスタンスも大勢の人間が何かを祈るように強く言葉をばらまいていた。

 戦況は膠着している。

 そこに一体の古くて新しいローブが現れた。

 盗賊たちはそれが自らの仲間であることに安心した。

 僕は盗賊で、その中でもしたっぱの使いっぱしり。

 仲間? ほんとうにそうか?

「おい、ふざけるな。やめろ。ここまで育ててもらった恩を忘れたのか」

 伝わったらしい。そうかそういう風に伝わるのか。隠し事はできないな。それなら、僕がいままでどんな思いでおもちゃにされてきたのかもわかるだろう?

「倒されるために生まれてきた敵はあちらですね」猫の声を耳がとらえる。

 地面へと降りる。

 ローブのバックパックからナイフを取り出す。

 いくらか透けているが透明とまではいえない。

 長方形で、まるで切れそうもない。

 歪なナイフ。

 だがこれでいい。

 これはそういうものだと自然にわかった。

 地面を蹴った。

 そのままナイフを、

 あいつが乗っているところへ振り落とした。

 硬いはずのローブが抵抗もなくスルりと切れる。

 抵抗は一瞬、ミスリルでない者を潰したときだけ。

 不思議な感触だ、とナイフを見る。

「このバグズナイフは、ミスリルの自己修復機能を乱し、触れることなく切断する宝剣です」猫の声。「姫さまならばご存知のはずですが」

 そういうものか。まあどうでもいい。あいつの声は途絶えた。あとはどうするか。目の前にはまだ戦えそうなローブが一体、倒れているローブたちも時間が経てば修復して動けるようになるだろう。ボスを殺してしまったいま、盗賊には戻れない。ならば……。

「助けてくれ」盗賊たちの声。

 周りを助けるか助けないかではない。サイカ自身をどうするのかが問題なのだ、とサイカは考える。

 前に立っていた黒いローブが本のようなものを広げる。そして背面から何かを大きく丸いものを四つ周りに展開した。

 戦う気か。

 サイカは身構える。

「いや、ちがう」声が響いた。黒いローブの主の声か。「我々の仲間にならないか」

 展開した球体が空を飛び倒れていた盗賊たちのローブへと襲いかかる。円弧を描くように飛びながら、しかし正確にローブの胸部を潰した。

 盗賊たちの声が途絶える。一瞬にして絶命したのだろう。さっきまではその仲間だったはずなのに、感慨らしい感情はなにもわかなかった。やさしくしてくれたこともあったが、それ以上に人間として扱われなかったときの苦痛が大きかったということか。

「断ったら?」

「そのウィザーズ・ローブを置いて行ってくれるならば平穏無事。もう会うことはないだろう」

 ローブさえ手放せば見逃してくれるということか。

「仲間になったらどうなる?」

「とりあえず食事にはありつける。そのぶん仕事もしてもらうし戦いもあるだろう」

「国と?」彼らはこの国に敵対しているレジスタンスだ。

「そういうことになる。ただ少なくとも人間として扱われることは保証しよう」

 顔が熱くなる。サイカの感情が向こうにも届いていたのだ。

「すまない。怒らせるためではないということは理解してほしい。我々はそういったこの国の現状を救うために活動しているのだ」

 嘘ではない、と感じる。言葉以外に伝わってくる微細な情報からそうではないとわかる。そうであれば、あとは自身へのメリットがどうなるかだ。このローブをあきらめれば見逃してくれる、というのも嘘ではないだろう。その場合、助けてくれるような人が誰もいない中で仕事もないところからはじめなければならない。当座の食料ぐらいはあるが、その先は思い浮かばない。

 サイカは力を抜いた。

「食事にしたい。おなかがすいているんだ」



     §


「わー猫だ」

 ローブから降りると女の子が駆けよってきた。サイカの肩にぶらさがっていたジェネルの黒猫を見て、明るい声をあげる。ふたつに結んだ髪の房が元気な様子をしめすようにはずんでいた。

「私はメイエル・デゼガ。あっちの赤い髪の男の子がライ」

「ライエン・フォールズ。よろしくな」

 遅れてやってきた少年がまぶしい笑顔で手を出したので、とまどいながら握手した。このふたりが倒れていた量産機のローブに乗っていたのだ。こんな子どもたちも戦っているのかとは思ったが、サイカとてそれほど歳が違うわけでもない。それにふたりの目には負の澱みが感じられない。そんな明るい様子から、サイカは自身のまだ身構えていた緊張がほどけていくのがわかった。

 遅れて大人の男性が辺りを伺いながら出てきた。黒く長い髪。

「もう仲良くなったか」

「この人はこの小隊の隊長」

「オフトゥ・エヌエヌという。呼ぶときは隊長でいい」オフトゥが静かな声を出しながら微笑んだ。

 サイカはわずかに泣きそうになっているのを自覚した。それを抑えて声をだす。

「僕はサイカ・カフクです。よろしくお願いします」

 オフトゥが手を伸ばそうとしたがそれを戻してから言った。

「うちの小隊はあとひとり、いま本隊からこちらへ呼んでるから揃ったらメシにしよう。戻ってもいいが、たまには空の下で食べるのもいいものだ」

「たまには?」ライが言った。「わりとだいたい外で食べるほうが多くない?」

「そうか?」

「半分半分ぐらい」とメイが言う。「隊長が外のほうが好きだから、別にチェストーガの中でいいときも外で食べさせられる」

 オフトゥが気まずそうな顔をしてから笑った。

「そういうことらしい。まあ慣れる意味で今日はここで食べよう。そのほうが気持ちがいいしな」

「結局、そうなんだから」

 もうひとりが来るまでの間、サイカはメイたちから質問攻めにあった。

「この猫は飼ってるの?」メイが尋ねる。

「わからない。あのローブに乗ったらいた」サイカが答えた。

「私は姫さまをお守りする特別なジェネルだ」

「姫?」

 メイとライが不思議そうな顔をしながらサイカを見た。

「そうだ。私の名はカクテラル。姫さまを守るために、専用ローブであるヘスデネミィとともに作られた」

「サイカは男だろ?」ライが確認するようにサイカを見る。

 サイカはあわてながらうなずいた。

「きっと古いものだから少し調子が悪いのだろう」オフトゥが話す。「ヘスデネミィに乗ったサイカを昔のお姫さまと勘違いしているのかもしれない」

「へー。ジェネルということは、お前だけでもローブを動かせるのか?」

「お前と呼ぶな」カクテラルがフーと息を吐き威嚇する。「私はそこらの野蛮なジェネルとは違う。姫さまを助けるためだけに作られた高貴なジェネルなのだ。主の意思なく自ら戦うことはしない」

「つまりつかえないということか」ライが呆れたような声をだす。

 どうなのだろうか。主が望めば、動かすことも可能ではあるというようにも聞えるな、とサイカは思った。

 ウィザーズ・ローブは、はじめ人間が乗り操作するものとして作られた。しかし同時に発展していた人工知能ジェネルを搭載することにより、人間よりも優れた性能を引き出せることがわかったため、現在のローブはほぼすべてジェネル向けに作られることになった。人間は当初からの設計のなごりであるジェネルを搭載するスペースに無理やり乗り込み、変換インタフェースを噛んだ形でローブを使用する。そんないびつな方法を選ぶのは高価なジェネルを用意できない、盗賊やレジスタンスのような非正規の者ばかりだが……。

「いいじゃないか。さっきの動きも猫くんの補助があってのものだろう」

 そうだ。サイカはローブをまともに動かした経験はない。それでもあそこまで自由に動かせたのはカクテラルが間に入ってくれたからなのだ。

「旧王族向きのローブとジェネルなんて、役に立つに違いないさ。そしてそれを操る新しい仲間も」

 オフトゥはサイカを受け入れてくれようとしているのだろう。それは特別なローブやジェネルの存在も大きい。けれど、ほんとうにそれだけが望みならばサイカからローブを奪い取ればいいだけのことだ。

 だからきっと信じていいのだろう、とサイカは思った。

 心の奥で泣きそうになりながら。

 表情には出さず。

 カクテラルが空を見る。

「お、きた」

 一体のローブが飛んできた。ローブの近くに着地する。中からライやサイカよりは少し上の青年が降りてきた。

「ローブ見つかったんですね」青年が言う。「交戦もあったみたいだけど」

「あれが新しいローブ、ヘスデネミィ。それでこっちが新しい仲間のサイカ」ライが言った。

 青年がサイカを確認するように眺める。

 サイカはどきどきした。なにか言われるのだろうかと。

 すると青年がにっこりと微笑んで言った。

「僕はサリトー。よろしくよろしく。セカンドネームは聞くな」

「サリトーは副隊長で、やさしいいい人だよ。でもセカンドネームだけはどうしても教えてくれないの」

「いったいどんな変な名前なんだっていう。オフトゥは知ってるらしいけど」

「教えない」オフトゥが言った。「じゃあメシにしようか」

「ローブが五体来るぞ。仲間か?」カクテラルが空の匂いをかぐようにして話す。「たぶん人間は乗ってない」

 オフトゥたちの表情が変わった。敵か。人間がいないということはジェネル主体の国軍。

「ライ、メイ、いけるか?」

「まだ修復が終わらない」

 ミスリルは自動でほぼ修復されるが、それには時間がかかる。

「ちっ、終わるまで離れて隠れてろ。サリトー頼む」

「じゃあ、また後で」サリトーがローブの元へ走る。

「サイカは……」

「行きます」

「わかった。慣れるまでは俺の後ろにいろ」

 サイカはうなずく。ローブの足元まで戻るとカクテラルがローブの体を駆け上り胸部へ入った。そしてローブの手を下ろす。

「どうぞ、姫さま」

 ローブの手のひらに乗るとカクテラルの声が響いた。姫さま。わけがわからないが、いまは気にしてもしょうがない。手が動き開いた胸部ハッチから乗り込んだ。体を固定するとカクテラルがすぐに左手に捕まり変形した。

「準備はよろしいでしょうか」

「ああ」

 答えると同時に視界が二重になり、そして切り替わる。ローブからみた景色。前も上も下も後ろもすべてが認識できる。敵が見えた。五体。ジッカ型。ライやメイが載っているものと同じこの国の量産機だ。数の上では不利、それに人間とジェネルという差もある。唯一、有利になりそうな点はローブが特別なものだということ。二体の機体名は知らないが、どちらも見たことのないレアな機体に見える。それにこのヘスデネミィも。

「出るぞ」

 声に出した。勇気を振りい立たせるため。地面を蹴って飛び、隊長機の後ろに降りる。そして顔をあげたとき、サリトーのローブが、持っていた剣を弾き飛ばされたのが見えた。そして前と後ろから挟撃にあったサリトー機が落ちる。

 精神波が消えた。

 気を失った?

 それとも……。

 死んだ?

 前方から言葉の形になっていない強い叫びを感じる。オフトゥだ。本を広げ、先ほどと同じように黒い球体を四つ展開する。そして暴れるように駆け巡る球体を敵のローブめがけて突撃させた。

 敵は五体。球体は四つ。数は足りず、敵も避けられるように無理には近づかない。ただ数の差を利用してじりじりと詰めてくる。

 どうすればいい。

 僕はどう動けばいい。

 あのナイフを取り出した。

 しかしどうすればいいのかわからない。

 そのとき声が聞こえた。

「倒されるために生まれてきた敵は見つかりましたか?」

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