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 幻影の塔の魔女。


 そう呼ばれる少女は少し焦げたシャツとダボっとしたズボンを穿いて現れた。


 真っ黒な髪は一部が燃えたのか片側が少しだけ短くなっている。


 真っ黒な瞳を充血させ隈がこびり付き真っ白な頬には煤を付けている。


 中々哀れな姿であった。


「殿下、キャロル・ワインストを連れて参りました。」


 キャロルはプイッと他所を向いて不貞腐れている。


 縄で縛られているし危険はないだろうとルシウスは魔術師会に指示を出す。


「ありがとう。

 後はこちらで聞くから下がってくれ。」


「はっ、畏まりました。」


 魔術師会の人間が我先にとホールから逃げ出していく。


 この事件の責任を取らされたくないのだろう。


 ルシウスは苦笑しながら目の前の少女に視線を戻した。


 少女はプイッと視線を背けたままこちらを見ようとしない。


 ルシウスはしゃがみ込んで目線を合わせた。


「初めまして。

 私はルシウス・ノア・マリアヌ。」


 ルシウスが名乗るとキャロルはチラリと視線を動かした。


 ルシウスが警戒心を解こうと微笑むとキャロルの眉間に皺が寄せられる。


「…お初お目にかかります。

 キャロル・ワインストです。」


「ワインストって言うとワインスト侯爵家の長女かい?」


「はい。」


「アンジェリカ嬢の姉になるのかな?」


「アンジェリカ?」


「んっ?

 ワインスト侯爵家だよね?

 ご子息が2人にご令嬢が2人の…。」


 ルシウスの言葉にキャロルは暫く視線をさ迷わせた後首を傾げた。


「…知らない間に妹が増えている様ですね。」


「再婚されて母方の連れ子とは聞いているけど。」


「知らない間に義母も増えている様ですね。」


「…なかなか複雑な関係みたいだね。」


「いえ別に。

 実家に帰っていないだけですので。」


「そっそうなんだ。」


 話がどんどんズレている事に気が付きルシウスは咳払いした。


 挨拶を交わしただけで全く進展していない。


「えっと今回の揺れはキャロル嬢がやったのかい?」


「…まあはい。」


「何でやったの?」


 問いかけるがキャロルはうーと唸ったまま答えようとしない。


 ルシウスは溜め息をついた。


「キャロル嬢、理由があるなら話してくれるかな?

 このままだと君は王家に攻撃しようとした反逆者として処刑も有り得るんだよ?」


 ルシウスには自分と同じ年の頃の令嬢が反逆者だとは思えなかったのだ。


 だからそう脅すとキャロルは不貞腐れた様に口を開く。



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