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「すいません麦酒おかわり下さい。」


「王妃様、いい加減止めといた方が良いぞー。」


 屋台の主人は苦笑いしながら麦酒を渡す。


 10数年前昼間から飲んだくれていた兄妹が王妃と宰相だと知ったのは婚姻のパレードの時であった。


「大丈夫ですよ。

 労働が終わってまた労働しに行くんですから神様も許してくれます。」


「んな事言ってるとまたあの怖い国王様に叱られっぞ?」


「あー、まあ陛下は面倒臭いですからね。

 あっ海鮮鉄板焼きお代わり下さい。」


 はいはいと主人は苦笑しながら鉄板焼きを渡す。


 キャロルは首元をパタパタと扇ぎながら麦酒を流し込んだ。


 通り過ぎる住民達が何人か気が付き「あっまた飲んだくれの王妃がいる」と声をかけてくる。


 失礼極まりない。


 慕われている証拠でもあるのだが。


「そういや姫さん最近流行ってる踊り食いは試したか?」


「踊り食いならさっきやりましたよ。

 何だか癖になりそうで楽しかったです。」


「聞いといて何だが王妃様が踊り食いなんかして大丈夫かあ?」


「大丈夫大丈夫。

 そんな大層な存在でもないですから。

 それ位で崩れる様なイメージもないですし。」


「まあそれは違いねえな。」


 屋台の主人はゲラゲラと笑う。

 確かに前王妃と違い現王妃のイメージは良いとは言い難い。


 庶民的、思考が柔軟、親しみ易いと聞こえは良いが気品や風格と言った物が皆無なのだ。


 昼間から市場で飲み歩いている王妃など聞いた事がない。


「しっかし宰相様遅いなあ。」


「大方陛下に絞られてるんでしょうね。」


「それが嫌で宰相様に押し付けたんだろ姫さん。」


「当たり前じゃないですか。

 陛下に怒られると分かってて行く程被虐趣味はありませんから。

 …でもそろそろ行かなきゃ船の最終便出ちゃいますね。」


 キャロルは顎に手を当ててふむ…と考えると屋台の主人に代金を支払い立ち上がった。


「宰相が来たら今回は1人で行ってくると伝えて貰えますか?」


「おいおい大丈夫かそれ。」


「大丈夫大丈夫。

 義妹も懐妊してますからこれ以上連れ回すのも良くないですからね。

 じゃご馳走様でしたー。」


「あいよまた来いよー。」





「えっ王妃様なら30分位前に今回は1人で行ってくるって言って行っちまいましたよ?」


「…そう、ありがとう。」


 30分後、市場ではブリザードを出しているアリアヌ国国王の姿があった。

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