270

「じゃっ俺はまだ政務残ってるから執務室いるから。

 帰る時にはまた声かけてくれ。」


「了解しました。」


 キャロルをルシウスの寝室に案内するとレオンは足早に執務室に戻って行った。


 ルシウスが倒れてからレオンが全て代わりに働いているのだろう。


 リアムも騎士団長代理を務めていると聞いている。


 隈の原因が垣間見えた。


 キャロルはレオンの後ろ姿を見送ってから寝室に足を踏み入れる。


「…失礼します。」


 返事は返って来ない。


 期待などしてはいなかったが。


 ベッドの枕元に白金色の髪が見えた。


 月の光を反射して鈍色に光って見える。


 あの日と全く変わらない真っ白な頬。


 閉じられたままの長いまつ毛に縁取られた瞳。


 血の気のない唇。


 キャロルはゆっくりと指を伸ばしその唇に触れた。


 酷く頼りないが呼吸を感じホッと安堵の息を吐く。


「…お久しぶりです殿下。」


 その声に返す者などいない。


 キャロルはベッドの縁に腰掛けた。


 ルシウスに背を向けて窓の外の月を眺める。


 別に本当に殴りに来たわけではない。


 自分でも何をしに来たのかは分からない。


 キャロルは首だけチラリと振り返りもう一度ルシウスを見た。


「…背中を押して貰いたかったんですかね私。」


 自問自答の様にポツリポツリと言葉が漏れる。


「…もう殿下の誕生日まで1ヶ月を切ってるんです。

 あんたが寝ている間に約1年が経ってんですよ。

 王太子に関する協議、殿下の誕生日前日にするんですって。

 決まれば殿下は誕生日には王太子じゃなくなる。

 王妃様らしい素晴らしい誕生日プレゼントだと思いません?」


 取り留めもなく言葉が溢れる。


 起きていたならルシウスはきっと苦笑いを浮かべただろう。


「でもきっとリアムとレオンが頑張ってくれてるので何とかなるんじゃないかとは思うんです。

 義妹も頑張ってくれてるんですよ。

 フワリー嬢達も殿下が倒れても誰も離宮から出なかったらしいです。

 殿下の為に聖女や弟君まで手を貸してくれました。

 殿下の味方はこんなにいたんですよ。

 知ってました?

 殿下が憎んでた世界には殿下の事が好きな人が沢山いたんです。」


 きっとあいつは困った顔をしながら笑い隠れて泣くだろう。


 この景色を彼はずっと望んでいたはずだ。


 世界に受け入れて貰えた景色を。


 仲間がいるこの光景を。


 キャロルは自分の膝に顔を埋めた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る