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「………私だけ何も出来てないんです。」


 唇を噛み締め喉が震えるのを堪えた。


「なんで私を助けたりしたんですか。

 私より殿下の方が必要とされる人間なのに。」


 風が強くなったのか浮かんでいた月が雲に隠れキャロルを影が包む。


 月さえ眩しい今の自分には丁度良い。


 全て隠れてしまえば良い。


 生にしがみつき友を犠牲にしてまで生きている自分など隠して欲しい。


「殿下に救われたのに、私は殿下に何も出来ない…。」


 ルシウスがもし起きていたなら大丈夫だと笑っただろう。


 いつだってそう言って背を押してくれたのだ。


 その手は今はピクリとも動きはしない。


 キャロルの背を押してくれたその手にはもう頼れない。


 雲に隠れた月をぼんやり眺めながら静かな空間に身を委ねる。


「…聖女様と話してやるべき事は分かったんです。

 でもその方法が分からない。

 殿下に頼り過ぎてたんですね、私。

 1人で生きてきたつもりでしたが1人では道さえ見えなくなっていました。

 本当に…どうしようもない。」


 キャロルは奥歯を噛み締め長い息を吐いた。


「ここに来たら何か掴めるかと思いましたが愚痴を吐いただけでしたね。

 …さっ借りた本読まなきゃ。」


 キャロルはベッドの縁から腰を上げる。


 ルシウスの顔をもう一度振り返った。


「…次来る時は殿下を助けられる時にします。

 失礼します。」


 そう声をかけ寝室を後にしようとドアノブに手をかけた。



 ーカサッ




 小さな衣擦れの音が聞こえてキャロルの手が止まる。


 鼻につく魔力の臭い。


 嗅いだ事のない臭いだ。


 キャロルは息を潜めて振り返る。


 闇に包まれた室内には人の気配はない。


 キャロルは目を凝らして暗闇を睨み付けた。


 視界は悪いが魔力の臭いは消えていない。


 誰かがいる。


 自分以外の誰かが近付いて来ている。


 キャロルは意識を集中させ掌に魔力を込めた。


 どこだ。


 どこにいる。


 敵か、味方か。


 キャロルは身を屈め跳躍の準備にかかる。


 パキッと石が砕ける音が耳に飛び込んだ。


 窓ガラスの向こうに目以外の全てを隠した人物の姿が見える。


 その人物はゆっくりと部屋に足を踏み入れる。


 向こうからは暗闇の中にいるキャロルの姿は見えないだろう。


 手にキラリと光る短剣が見えキャロルは暗闇から飛び出す。


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