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 漆黒の闇に包まれた長過ぎる程長い階段をただただ下りる。


 一体この階段はどこまで続いているのだろうか。


 本当に地獄まで続いているのではないか。


 ずっと遠くで微かに聞こえていた水音が下に降りる度に大きくなっている。


 こんな枯れた大地の底に水があるとでも言うのだろうか。


 水があるのであれば何故地上は枯れ果ててしまったのだ。


 地面が平らになり階段を下りきったのだと分かる。


「…湖だと?」


 ルシウスが呆然と呟く。


 目の前にはどこまでも続く静かな水面が洞窟内に広がっていた。


 水の中から青白い光が照らし洞窟内は何故か明るい。


 まるで夜の海の中に月を投げ込んだかのような厳かでどこまでも幻想的な景色であった。


 レオンが水に手をつけようとしゃがみ込んだ。


「…触れるでない。

 生者には猛毒じゃ。」



 すぐ側から声が聞こえ急いで振り返る。


 地面に着く程伸びた灰色の髭と髪、ボロボロに汚れたローブを着込みフードを目深に被った人物が立っていた。


 唯一見える口元は歯がボロボロでチロチロ動く長い舌は緑色だ。


 人間ではないだろうが年齢が分からない。


 見た目は老人だが先程の声は男とも女とも若者とも老人とも分からない音だった。


 彼は湖のへりにある船を顎で指す。


「…渡し賃は1人1オボロス。

 この水を渡りたいのなら渡すが良い。」


 キャロルは首を傾げる。


 近隣諸国にオボロスと言う通貨単位は聞いた事がない。


 勿論そんな物持っているはずもない。


 リアムとレオンも同様に困った顔をして首を捻っている。


 ルシウスは暫く顎に手を当てていたが財布を取り出しマリアヌ国で普段使われている銅貨を取り出した。


「…これで良いかな?」


 フードを被った魔物らしき人物は銅貨をチラリと見て受け取った。


「…確かに。

 船に乗るが良い。

 他の者はもう良いか?」


 まさかの普通の銅貨で良かったらしい。


 オボロスはどこいったオボロスは。


 キャロルも慌てて銅貨を2枚渡す。


 毛玉の分も払わなくてはなるまい。


 レオンとリアムもそれぞれ支払い、馬を柱に繋ぎ船に乗り込む。


 ボート程度の大きさのこの船に馬は乗らないだろう。


「では出すぞ。」


 魔物は櫂を動かし船を出した。


 櫂を動かした事で水面に波紋が広がり青白い光が揺らめく。


 ざぷん、ざぷんと櫂が水を切る音以外何も聞こえない。


 青白い光に包まれたその景色は以前西の森で見た鎮魂の儀式を思い出させる。


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