141

「…彼はきっとカロン。

 冥界の憎悪と悲嘆の河を死者を船に乗せて渡らせる渡し守だよ。」


 横に座っていたルシウスが小さく呟いて教えてくれる。


「へえ。

 じゃあ私達本当に地獄へ連れて行かれるんですかね?」


「いやそれは無いと思うよ。」


 よく分からないがルシウスには何か確信があるらしい。


「そうですか…。

 というかオボロスとか言ってたのにただの銅貨で良かったんですね。

 何で分かったんです?」


「彼がカロンだと気付いた時になんとなくね。

 オボロスと言うのは古代の銅貨の通貨単位なんだ。

 だから現代の銅貨でも大丈夫だろうと思ったんだよ。」


 何故現代の銅貨で良いと思ったのかの答えに全くなっていない。


 ルシウスは舟の縁に頬杖を付いてキャロルの不満タラタラな表情を見るとクスリと笑う。


「…カロンは本来ね、生者を船に乗せる事は決してないと言われているんだ。

 でも私達は生きているのに船に乗せようとしただろう?

 可能性は2つだったんだ。

 私達が既に死んでいるのかもしくは生きているのに臨死体験をさせようとしているのか。

 もし銅貨を渡して違うと言われたなら前者、大丈夫なら後者だと思って銅貨を渡したんだよ。

 臨死体験をさせようとしているのなら所詮は真似事だろう?

 だから別に銅貨が本物じゃなくても構わないだろうと思ってね。」


「はーなるほど。」


 つまりは今死後の世界を疑似体験していると言う事なのだろうか。


 確かに地上からずっと降りてきたし死兵とも会い地獄の番犬にも会った。


 もしかしたら3階で見た祭壇は葬儀を表していたのかもしれない。


 それに途中で何度も死後の世界の様だと思ったではないか。


 どれもこれも臨死体験をさせる為だったと思えば納得出来る。


「でも臨死体験なんてさせてこの遺跡は何がしたいんですかね?」


「さあ?

 もしかしたら龍は死んだ人間を求めているのかもしれないね。

 生きた人間には出来ない何かがあるのかな。」


 生者に出来なくて死者にしか出来ない事とは何なんだろうか。


 しかも本当に殺すわけではなく、生者でありながら死者の様な状態の人間を求める意味が分からない。


 キャロルがうんうん唸っているとルシウスがよしよしと頭を撫でる。


 撫でられる事に諦めてしまっている自分が悲しい。


「悩んでも仕方がないよ。

 結局は龍に聞くしかないんだからね。」


「…そうですね。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る