112

 アグネス嬢の視線の先を見ると白い軍服に紅いマントを纏った公式仕様の装いをしたルシウスが歩いていた。


 そこには何ら笑う箇所等ない。


 ルシウスが歩く度に揺れる白金色の髪の隙間からブラックダイヤモンドを使用したピアスが覗いている事を除けば。


 キャロルは項垂れ真後ろにいたクリスは両手で顔を覆っている。


 終わった。


 何もかも終わった。


 クリスとキャロルの悪足掻きなど所詮無意味だったのである。


 今この瞬間神は死んだのだ。


 憐れな仔羊を助けてくれるような神はいなかったのである。


 ルシウスが何やら挨拶しているが頭に全く入って来ない。


 それよりもアグネス嬢とフワリー嬢の視線が痛い。


 キャロルは皆に気付かれない様クリスと共にじわじわと壁際に撤退した。


「…小兄様、どうしましょうか。」


「…やり過ごす以外ないだろ妹。」


「…私この後殿下と踊らなきゃならないらしいんですが。」


「…骨は拾ってやるからな。」


 クリスは親指を立てた。


 何の慰めにもならない。


 ルシウスとは婚約者候補が爵位順に踊る事になっている。


 最初がアグネス嬢、次がファンティーヌ嬢という並びだ。


 キャロルは4番目らしい。


 よく分からないが姉妹でも養子である妹は6番目になると言うから爵位というのは難しい。


 いつの間にか3番目のフワリー嬢が終わりキャロルの番になる。


 キャロルは憎悪や怒りを込めた目でルシウスを見た。


 ルシウスは清々しい位ににこやかに笑う。


 舌打ちしそうになりながらルシウスの手を取った。


 今夜位は足を思いっきり踏み付けてやっても許されるだろう。


 奴の嫌がらせは度を超えているのだから。


 背中に手が回され音楽が鳴り始める。


 ルシウスがキャロルの耳に口を寄せた。


「もの凄く眉間に皺が寄ってるよ?」


「…。」


 キャロルはルシウスを無視して爪先で足を踏み付ける。


「…へえ?

 いい度胸だね。」


 ルシウスはニヤっと笑うとキャロルの足を踏み返す。


 地味に痛い。


 キャロルが睨むがルシウスは涼しい顔で笑っている。


「言ったでしょ?

 やられたらやり返す主義だって。」


「…そもそも先にやったのは殿下だと思いますが。」


「何をだい?

 良く似合ってると思うけど。」


「…分かってるじゃないですか。」


 2人は踊りながら隙あらば相手の足を踏み付ける。


 新しい競技に変わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る