第7話 紛糾する反省会。深まる親睦と怨恨

 全校生徒で埋め尽くされた大講堂ホールは、落ち着きのない騒動で包まれていた。

 無理もなかった。

 いくら『限界まで整えた条件の平等性と均一化』が、今回の兵科合同陸上演習における交戦規定レギュレーションコンセプトとはいえ、個人が保有する脳内記憶まで記憶操作で均一化されるとは、想定外の極致であった。演習終了後に記憶復元治療を受けたが、それでも精神的な衝撃ショックを受けたことに変わりはなかった。


(――やはり、無理もありませんよね――)


 壇上に立っている小野寺勇次ユウジも、心の底から思わざるを得ない。陸上防衛高等学校の校長から要請された今回の兵科合同陸上演習において、この点に関する倫理観が、事の発端となった連続記憶操作事件の時から、経過時間に比例して、それほど煮詰められてない現状を憂慮していたのである。一人息子が帰省した際、連続記憶操作事件の渦中にあったリンと議論したことで。今回の交戦規定レギュレーションも、それに触発されて思考遊戯的に構築しただけで、軍の関係者からこの件を相談されなかったら、そのままにするつもりだった。しかし、校長の情熱と熱意と意欲に押される形で、


「それに一石を投じて進展させる意味でも」


 引き受ける次第となったのだ。

 勇次ユウジを説得する際に使った校長のセリフが決定打となって。

 だが、いまだ収束する気配のない全校生徒の騒動は、その点に関する類ではないように、勇次ユウジは感じ始める。


「この交戦規定レギュレーションのどこに『限界まで整えた条件の平等性と均一化』があるのよォッ!!」


 海音寺涼子リョウコが叫んだこの疑問が、それを決定づけた。

 そして、それに触発されたかのように、


「てめェの息子が歩兵科部門においても学年一位トップじゃ、全然説得力がねェっつうのっ!」

「完全に身内びいきの採点じゃねェかァッ!!」

「オレたちをほとんどの部門で最下位にしやがってェッ!!」

「ふざけんじゃねェぞォッ!! だれが納得するかよォッ!!」

「こんなのノーカンだァッ!! ノーカンッ!! やり直せェッ!!」

特別顧問教員そいつ除外抜きでなァッ!! 誰が信じるかよォッ!! 平民から成り上がった下級士族の言うことなんざァッ!!」


 口汚い罵倒合唱が始まった。

 臨時とはいえ、年上の教員に対する敬意や敬服とは無縁の言葉遣いである。

 ただし、佐味寺三兄弟だけにかぎる。

 だが、それが全校生徒の心底に共通する思いであることは、壇上の左右に並ぶ教員たちの目にも明らかであった。ましてや、


「……………………」


 無言でそれを受け止める勇次ユウジならなおのことである。

 第二次幕末の動乱を潜り抜けた志士が、この程度の展開を予見できないとは、到底思えなかった。


「…………………………………………」


 壇上に上がってから一言も発してない勇次ユウジの表情が、それを物語っていた。

 今回の演習結果について、それを知った全校生徒たちが抱いている質疑に応答すべく、陸上防衛高等学校の教員たちは、演習に参加した教え子たちを、再度大講演ホールに集合したのだが、双方がこの有様では、


(……どうするのよ。勇次ユウジ……)


 ラチの明きようがない状況に、多田寺千鶴チヅは憂慮する。

 壇上に立つ旧知の背中を落ち着きなく眺めやりながら。


『……………………』


 それはその息子や息子の親友たちも同様だった。

 そんな時だった。


 バンッ!


 大きな音が大講演ホールに響きわたったのは。


『っ?!』


 涼子リョウコや佐味寺三兄弟に続きかけた罵声を、一喝のごとく断ち切る。


『……………………』


 その迫力に、息をのむ全校生徒たち。

 だが、断ち切ったのは勇次ユウジではない。


「――いい加減にしろォッ!!」


 陸上防衛高等学校の校長だった。

 勇次ユウジの立つ壇上に平手を置いて。

 大きな音は、それで叩いたことで響きわたったのは明白であった。


「――諸君がこの特別顧問教員に対して抱いている不信や疑念など、|我が正規教員たちは百も承知だっ! その上で今回の演習における最高責任者として抜擢し、一任したのだっ! これは正規教員たちわれわれの総意であるっ! この特別顧問教員に対して不信や疑念を抱くということは、正規教員たちわれわれに対しても同じ不信や疑念と抱いているという意味であるぞっ! それをわきまえた上での発言かァッ!!」

『……………………』


 この時ばかりは威厳があると思ってない校長を、この時にかぎって威厳と迫力があると、全校生徒は思わずにいられなかった。


『……………………』


 副校長を始めとする他の正規教員たちも。


「……………………」


 それは特別顧問教員の勇次ユウジですら例外ではなかった。

 驚きの表情で見続ける勇次ユウジの糸目視線をよそに、校長はさらに言い続ける。

「――それでもなお|正規教員たちわれわれに疑念や不信があるというのなら、遠慮なく言いたまえっ! さあァッ!!」

「はいっ!」

『…………………………………………………………………………………………………………』

「…………………………………………………………………………………………………………」

『…………………………………………………………………………………………………………』

「…………………………………………………………………………………………………………」

『…………エえェっ?!』


 大講堂ホールの一同は驚愕の表情で声を上げ、同様の視線を向ける。

 この空気の中、本当に言ってのけた生徒に。

 今の校長の叱咤を聞いてなかったのかとしか思えない即答である。

 それだけでも充分な驚愕であるのに、その生徒が、


「…………勇吾ユウゴ…………」


 である事実は、驚愕に更なる拍車を高回転でかけた。


『…………………………………………………………………………………………………………』

「…………………………………………………………………………………………………………」

『…………………………………………………………………………………………………………』

「…………………………………………………………………………………………………………」


 またもや漂う沈黙の空気。


『…………………………………………………………………………………………………………』

「…………………………………………………………………………………………………………」

『…………………………………………………………………………………………………………』

「…………………………………………………………………………………………………………」


 もはや、表現が不可能な沈黙である。


「……ゴ、ゴホン……」


 相当な時間が経過したあと、校長が無理に出した咳を払うと、


「……言って見たまえ……」


 その生徒の発言をうながした。

 遠慮なく言えと前言した手前、撤回するわけにはいかないので……。


「…………な、なにをう気なんや?」


 予測も不可能な事態に、一同は大きな固唾を呑んで傾聴する。

 起立した勇吾ユウゴの表情に臆病や気後れはない。

 むしろ不満げで、怒気すら感じる。

 それだけにこれも予測が不可能だった。

 なにを言うのかを。

 勇吾ユウゴはなんの躊躇いもなく口を開く。


「――なぜ模擬市街地にドックフード缶の民需物資があったのですか?」

『……………………』

「――どうしてユイさんの記憶に対戦部隊チームの個人情報が残っていたのですか?」

『…………………………………………』

「――前者は軍用犬でもないかぎり必要とする隊員はいないはずです」

『………………………………………………………………』

「――後者も対戦部隊チームの個人情報は演習開始前に記憶操作で消去したと言っていました」

『……………………………………………………………………………………』

「――疑念や不信を抱くには、充分な不手際だと思いますけど」

『…………………………………………………………………………………………………………』


 ……反論の余地が絶無な内容に、教員たちは、


『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』


 無言でこうべを垂れた。

 教員一同、頭を揃えて。

 それも、長時間にわたってであった。


「…………なんや、これ…………」


 不祥事を犯した企業の謝罪会見みたいな光景に、イサオ幾重いくえにも重ねた困惑の表情を浮かべる。

 ドン引きとも言える。

 いずれにしても、この一件は、


「――まだあります」


 ……終わらなかった。

 当人に終わらせる意思がなかったので、続行とあいなった。


「……言ってみたまえ……」


 これもうながず校長。

 遠慮なく言えと前げ――以下略。


「――なぜ早斬りを使用禁止にしなかったのですか? 正直、チートすぎて、特別顧問教員が掲げるコンセプトに沿わないと思いますけど」


 これは不手際を責める類の質問ではないので、教員たちは内心で安堵する。

 だが、それよりも……


『……なぜお前が言う。よりにもよって……』


 ……早斬りの使い手に対して、今度は当人を除いた一同が激しい疑念を抱く。

 そんな中、唯一疑念を持たなかった勇吾ユウゴの父親は、


「――生徒の軍事能力を公正かつ公平に採点するためのコンセプトだからです」


 よどみなく答える。

 最初に受けた息子からの質問と異なり。


「――記憶操作で対戦部隊チームの個人情報を消去したのも、その能力値ステータス能力アビリティを正確に測るための必要不可欠な措置です。なのに、そのひとつである早斬りを使用禁止にしては、本末転倒というものですから、そのままにしたのです」


「……………………」


 これには流石の勇吾ユウゴも、


「――納得いかねェぜっ!」


 反論の声が上がった。

 しかし勇吾ユウゴではない。


「――やっぱりチートな技だっ! 早斬りはっ!」

「――そのおかげで部隊チーム部門でも学年一位トップになったじゃねェかっ! その部隊チームはっ! オレたちはそれも最下位にされちまったっていうのにっ!」

「――そんなの、反則も同然だぜっ! 従来のジンクスに反してるぞっ!」


 佐味寺三兄弟であった。

 しかも、批判の対象者たる勇吾ユウゴの弁舌と勢いに便乗して。


「……………………」


 これに対して、しばらく無言だった勇次ユウジが口を開こうと動かしかけた矢先、


「――なら、どうして小野寺くんを自分たちの部隊チームに入れなかったの?」


 武野寺勝枝カツエが反問する。

 佐味寺三兄弟に。


「――部隊チーム編成はその期限まであなたたちを含めた生徒たちに委ねられていたはずよ。その機会がなかったとは言わせないわ。にも関わらず、小野寺くんを自部隊チームに入れなかった理由はなんなの?」

『……………………』


 佐味寺三兄弟は言葉に詰まり、沈黙する。


「――もし、早斬りの会得が至難だという理由なら、なおさらそうすべきだったわね」

『~~~~~~~~』


 当人たちにとって、邪推にしか釈れない武野寺教員の推測に、これも反論できず、口を閉ざし続ける。


「――理由がなんにせよ、小野寺くんを入れなかったのは、結局、あなたたちに起因するわ。最下位になったのもね」


 もっとも、仮に入れられたとしても、使いこなせないのは容易に想像できる。

 あの醜悪な同士討ちを観れば、素人ですら容易である。


「……そっ、それでも不公平だぜっ!」


 それでも、佐味寺一朗太イチロウタは食い下がる。


「――演習前にそれを言ってくれなきゃ、それこそ公正で公平な採点なんて――」

「――それなら言ったわよ。演習開始直後の大講演ここで――」


 今度は多田寺千鶴チヅが討論の戦列に加わる。


「――はァ!? なに言ってやがるっ!?」


 次男の二郎太ジロウタが目をむく。

 教師に対して相応しくない言葉遣いで。


「――演習を開始したのは演習場だろうっ! なんで大講演ここなんだよっ!」


 それは三男の三郎太サブロウタも同様であった。

 しかし、多田寺千鶴チヅは、


「――その大講演ここで宣言したからよ。一週間前、小野寺特別顧問教員が、今回の兵科合同陸上演習について説明する前に」


 激昂することなく、指摘する。


「――それも真っ先にね」


 強調する形でつけ加えて。

 声はいささが荒げているが。


『――っ!?』


 指摘された方は即座に思い出す。

 その時のことを。

 エスパーダにその時の記憶を保存してなければ、想起すら至難であった。


「――つまり、一週間前に説明した交戦規定レギュレーションの解釈は元より、そのあとの部隊チーム編成や当日の対策も、すべて、演習の範疇だったのよ」

『っ!?』


 この真意には、佐味寺三兄弟だけでなく、他の生徒たちも驚愕を受け、存分にどよめく。


「――戦いにおいて一番大事なのは、いくさ自体そのものではなく、その準備です」


 これまで旧知の両女性教員に代弁して貰っていた勇次ユウジが、沈黙の殻を破って説明する。


「――それをおろそかにしたらどうなるのかは、今回の演習で実感したはずです」

『…………………………………………………………………………………………………………』

「――そして、実戦においてはその準備すらままならぬ状態で突入しなければならい事態が、日常茶飯事的に発生します。それは体調コンディションにおいても同様です」

『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』

「――そんな状態や戦況になっても、常に最善の行動が取れるかどうかが、今回の兵科合同陸上演習における主題です。『限界まで整えた条件の平等性と均一化』はその一環に過ぎません。決して従来のジンクスを破るためだけに設けた交戦規定レギュレーションではありません」

『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』

「――それに、結局、ジンクス通りに最下位で終わった武術トーナメント優勝者もいますしね」


 つけ加えた特別顧問教員のセリフに、全校生徒は意表を突かれた表情を浮かべる。


「――それでは続けましょう」


 ――間さえ、特別顧問教員は与えなかった。

 今回の演習結果に関する質疑応答を再開させたことで。

 すでに前言した事態を、容赦なく再演させた勇次ユウジの真意に、誰よりも即座に気づいたのは、その息子たる勇吾ユウゴであった。




「――いやァ~ッ。やっぱいすごか御仁じゃなァ~ッ。小野寺の親父おやじどんはァ~ッ」


 津島寺豊継トヨツグが率直な感想をその息子に述べる。

 大講堂ホールから続々と出て行く生徒たちの列から外れた際、二人の男子生徒は、偶然鉢合わせしたついでに、そのまま会話へと発展したのである。

 勇吾ユウゴの背後には『アメリカ隊』の隊員メンバーたちも集まっている。

 列から外れた勇吾ユウゴに釣られて、一緒に抜け出したのだ。

 あかみを帯びつつある夕焼けの陽月ようげつが、真昼の時と変わらぬ角度で照射する。

 大講堂ホールと校舎を結ぶ舗装された通路や、そこから一望できる校舎を。

 勇吾ユウゴたちと豊継トヨツグが対面したのは、その通路の横であった。


「――正直、おいの親父よりも凄かかもしれんど。悔しかどん、しかたなか」

「――そんなことはないと思いますよ。津島寺さんと津島寺さんのお兄さんを見ていたら、なんとなくですけど、そう感じます。津島寺さんの父さんも」


 歩兵科部門でも部隊チーム部門でも学年一位二位ワン・ツーを決めた両者は、自身よりも互いの実父を褒め合う。


「――豊継トヨツグでよか。おいもおはんのこつ勇吾ユウゴで呼ぶで」


 豊継トヨツグ闊達かったつに笑って勇吾ユウゴの肩を叩く。ただ、身長差が二桁に達するので、見上げながらである。豊継トヨツグの兄にいたっては、つま先立ちでないと手が届かないかもしれなない。


「――じゃっどん、早斬りの勇吾ユウゴとは最後まで対決できらんかったァ。そいが残念じゃ。やっぱい武術トーナメントでなかと、むずかしか」

「――もし一学期の武術トーナメントに出場していたら、豊継トヨツグさんが優勝していたかもしれませんね」

「――さァ、どうじゃろう。直接じかに手合わせせんと、ないとも言えん。感覚同調フィーリングリンクで疑似体験してんも、ピンと来ん」


 首を傾げる豊継トヨツグだが、


「――そん言えば、どげんしておいを戦闘不能リタイアにしたんじゃ?」


 リンに視線を転じて尋ねたのは、その直前まで覚えていた記憶が、その姿を最後に、途切れたからである。


「……………………」


 勇吾ユウゴの隣にいるリンは口を閉ざしたまま立ち尽くしている。

 こうべを垂直にうつむかせて。

 答える様子は、素粒子すらなかった。


「――どうしたのだ? リン。結果発表を受ける前から浮かない表情カオをして。工兵科部門でも断トツの全校一位を獲得したというのに」


 それを感じ取った蓬莱院キヨシも首を傾げるが、こちらの問いに対しても答える様子はなかった。

 それもそのはずである。

 セルフ記憶操作で消去した『禁句タブー』関連のそれが、演習終了後に受けた記憶復元治療で克明に思い出しては、是非もなかった。

 ふたたび究極の二者択一を迫られたリンに、大講堂ホールでの質疑応答は元より、両者の問いに答える余裕など、絶無である。

 ゆえに、外界に対して、まったくの無反応ノーリアクションなのも、至極当然であった。


「……………………」


 アイも。

 ちなみに有芽ユメは物理的な方法で自己の記憶を消去したので、元には戻らなかった。記憶復元治療の効果があるのは、記憶操作装置によって記憶操作された人のみなので。

 ユイにいたっては最初から択一していたので、記憶復元治療を受けても、リンアイのような心理状態にはならなかった。

 五円玉もどきのコインを使った催眠や、ゲシュタルト崩壊さながらの暗示も、しょせん素人のつけ焼刃やきば的な『洗脳行為』なので、記憶復元治療を受ける数日前からすでに解かれていた。


「――たぶん、リンさんにテレハックされたからではないでしょうか?」


 ユイが美氣功の呼吸法を練る模様を背後に、勇吾ユウゴが推論を述べる。

 テレハックの中には、対象者の様々な記憶媒体ストレージ内情報を盗み取るだけでなく、対象者の脳機能を乗っ取ることも可能だと、以前、リンから教えられたことがある。だが、防諜上のセキュリティ機能を兼ね備えたエスパーダの普及により、ただでさえ高度な技術を要するテレハックは、さらに高度な技術を要され、テレハックによる対象の乗っ取りは、事実上、不可能に等しかった。仮に成功しても、その処理能力リソースはすべてそれに回されるので、自身の身体操作や五感情報の入力も不可能になる。

 早い話、『精神体分身の術アストラル・アバター』と同じ欠点を抱えているのである。


「――ああァ~ッ。そいでかァ」


 それを聞いた豊継トヨツグは納得する。


「――そん言えば、あん時エスパーダばつけちょらんかったで、簡単に乗っ取られたちゅうわけか。そいじゃ、そんあと、おいの意思に関係なく、自害させらたんじゃな」

「――だと思います。その時の記憶がないのも、テレハックの影響でしょう。意識を乗っ取られた状態では、記憶復元装置でも戻らない場合があると、リンさんも言ってましたから」

「――おお、なっほどなっほど」


 しきりにうなずく豊継トヨツグ


「――せやならなんでエスパーダをつけへんかったんや?」


 ――に、イサオがただず。


「――あいをつけちょっと、精気を吸われちょる気がして好かんど。意識ば朦朧とすっし、いくさに支障ばきたすで、外したんじゃ。法度はっとに背いた工兵科ば斬り捨ててしもたこつもあいもて、改造や改良のしようがなかったんじゃ」

「――なるほど、それで素手で闘っていたというわけか」


 蓬莱院キヨシも納得する。ありとあらゆる超心理工学メタ・サイコロジニクス系の製品の中で、もっとも精神エネルギーの消耗が少ないエスパーダを、ただ装着しただけでその症状に見舞われるのでは、それよりも精神エネルギーの消耗が激しい光線剣レイ・ソード光線銃レイ・ガンなどの使用に耐えられるわけがない。使えば一瞬で精神エネルギーが切れ、即座に意識が喪失する。


「……想像を絶する精神エネルギー量の無さだ……」


 それはテレハックで豊継トヨツグの身体を乗っ取ったリンも同様だった。その上、肉体的仕様フィジカルスペックの差異が大きすぎるその身体では、アイ光線銃レイ・ガンを拾うだけでも一苦労であった。そして、なんとか拾い上げたそれの銃口を、豊継トヨツグのコメカミに当てようとして失敗。誤ってあさっての方角へ発砲した。しかも、その一発で豊継トヨツグの精神エネルギーは尽きたため、それに依存していたリンの意識も喪失したのだった。

 それで『自害』させるつもりだったリンにとっては、とんだ計算ちがいであった。

 その寸前でテレハックを解除するつもりだっだので。

 テレハックした本人からすれば、道連れにされたような感覚であった。

 本体の身体操作や五感情報の入力を不能にする危険まで犯したにも関わらず、まったくもって採算わりの合わない戦闘不能リタイアであった。

 だが、そこまでの顛末や思いは、さすがの勇吾ユウゴキヨシも洞察できなかったので、本人の口からその旨を知ったのは、その後の某日であった。


「……おいの兄者も、そいで学年最下位になってしもたでな。無念がってたど……」


 豊継トヨツグの表情にそれに似た表情が浮かぶ。

 豊継トヨツグの兄、津島寺影満カゲミツも、実弟や勇吾ユウゴのように、演習開始直後に即行し、対戦部隊チームのひとつと接敵すると、その勢いのまま奇襲をかけた。だが、それはその部隊チームの一隊員が、出合い頭にしかけたテレハックによって、あっさりと乗っ取られてしまった。隊長リーダー影満カゲミツは、自分の意思に関係なく、後続の自部隊員チームメンバーたちを素手で次々となぎ倒し、ついでに他の対戦部隊チームもすべてなぎ倒した。

 自分を乗っ取った部隊チーム以外を。

 そして、たった一人で全滅させた影満カゲミツは、そのあと、用済みとばかりに『自害』させられ、戦闘不能リタイアされた……。

 肉体的にも精神的にも実弟と同じ仕様スペックなのが、『超異変』レベルで災いした。

 佐味寺隊のような蛮行で、大きな減点を課せられた部隊チームが、その学年において一部隊チームも存在しなかった事実も加味されていた。

 いずれにしても、どちらも最悪の形でこうむった結果だった。

 テレハックで自身の身体を乗っ取られた影満カゲミツ個人の失態は、それほどの減点対象ではないのだが、それによってもたらされた『被害』があまりにも甚大すぎたために、無視できなかったのである。

 そして、一番迷惑こうむったのは、影満カゲミツ隊長リーダー部隊員チームメンバーであった。

 影満カゲミツの失態に足を引っ張られる形で、部隊部門での順位も最下位になったのだから、さもありなんである。

 一方、影満カゲミツを乗っ取った部隊チームの損害は、当然のことながらゼロ。戦果もすべてその部隊チームに帰し、しかもその対戦グループにおける演習時間はどのそれよりも最短で終了した。

 一位トップの成績を収めたのは、言うまでもない。

 それも、『全学年』で、である。

 『学年』一位トップのアメリカ隊ですら、その足元に及ばなかった。


「――恐ろしかっ! テレハックッ!」


 恐怖や困惑の二文字とは無縁の豊継トヨツグは、それに重囲された表情で叫ぶ。佐味寺三兄弟の時や今回の演習でさえ浮かべなかった表情を、初めて見たような気がするイサオは、


「……こないなことで浮かべへんで欲しいなァ……」


 と、つぶやかずにはいられなかった。確かにテレハックは恐ろしいが、こういう形で思い知らされても、しょうもなさが先立って、とても深刻には感じられず、困るのだ。キャンペーンや一日警察署長などのイベントで、それに関する注意喚起や啓発を促している一警察官としては。


「――そいじゃ、おいはこいで――」


 そう言って背を向けた豊継トヨツグは、まばらになりつつある生徒の列に戻る。


「――そん気になったや、いつでん手合わせすっぜ」


 見送る勇吾ユウゴにその言葉を残して。


「――ホンマ、変わったやっちゃなァ……」


 同様に見送ったイサオは、なんとも言えぬ気分と感想を抱く。


「――でも、気持ちのいい人です。どこが変わっているかわかりませんけど」


 勇吾ユウゴは微笑を浮かべて応じる。

 その背後から、


「~~認めませんわよォ、わたくしはォ~~」


 上品だがうなるような声が聴こえて来た。

 二人は同時に身体ごと振り向くと、


「――ほう、なにを認めないというのだ?」


 蓬莱院キヨシが受け答えしていた。

 目の前にいる相手と。

 つやのあるストレートロングを、残暑のそよ風で軽くなびかせているその女子生徒は、


「……平崎院、タエ……」


 である。

 イサオにとって、あまり会いたくない相手である。

 特に、今回の兵科合同陸上演習が終了した直後は。


「~~言われませんとわかりませんのですかァ~~」


 押し殺した声で反問するタエに、キヨシは平然とした表情で直視する。


「――うむ、わからん。だからはっきりと言いたまえ」


 返答もあっけらかんとしている。


「――吾輩個人なのか、アメリカ隊われわれが挙げた成績なのか、それとも勇吾ユウゴの父君なのかを」


 キヨシから提示された三択に、タエは、


「全部ですわっ!」


 美声を荒げて三択とも選ぶ。

 リンに匹敵する美貌も怒りで引きつっている。

 才色兼備の華族子女とは思えぬ表情と声である。

 だが、『勇吾ユウゴ』自身という四択目を、キヨシは設けなかったので、それ込みだったタエの意図は、相手に伝えきれてないのだが、それを指摘する精神的な余裕は、当人にはなかった。

 そもそも、『全部』なのかどうかすら、当人でさえ判然としていない。

 それだけ思考の糸が複雑に絡み合い、的確な判断ができない状態だった。

 キヨシの尊大で不遜な態度が、それに輪をかけていた。

 タエの側背にいる悪邪鬼女アクジャキジョ三人衆が、心配そうな表情で見守るのも、無理もなかった。


「――で、吾輩はどうすればよいのかね?」


 ことさらに無知と無能を装って尋ねるキヨシ


「~~~~~~~~っ!」


 ――に、更なる怒りが、タエうちからこみ上げる。


「――もしかして、さっきの大講演ホールで上げた佐味寺三兄弟のような要求なら、無理というものだぞ。まさか、それではあるまい?]

「っ?!」

「――だとしたら、貴殿もさして変わらぬな。醜悪な同士討ちが原因で、全学年最下位になったその兄弟の部隊チームと」


 ――同類に思われた《タエ》妙は、


 ブチン


 キれた。

 屈辱と恥辱の極致というべき見解に。

 迅速に取り出した光線剣レイ・ソードを、一ノ寺いちのじ恵美エミが止める。

 二伊寺にいでら代美ヨミ三木寺みきでら由美ユミも、身を乗り出して襲い掛かろうとするタエ華奢きゃしゃな身体を、懸命に押さえる。


「やめろヤメロっ! 蓬莱院弟っ!」


 その間に、イサオが慌てて割って入る。


「こう見えて、あの海音寺よりもキレやすいんやっ! この華族子女はっ! 頼むから挑発せいへんでくれいっ!」


 武術トーナメントでの対戦で、身をもってそれを思い知らされたイサオも、懸命にキヨシを説得する。


「――挑発?」


 その言葉に、キヨシはきょとんとした表情を浮かべる。


「――今、吾輩が言ったのが?」

「せやァッ!」

「――ふぅ~っ。やれやれ」


 キヨシは肩をすくめる。


「――吾輩はそのつもりで言ったのではないのだが、そのように誤解するとは、よほど気にしているのだなァ。戦果ゼロだったとはいえ、交戦不能で降伏したその判断が評価されたことで、なんとか中の上の成績に収まった結果を」

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

「――それに、吾輩が挑発だと意識して実行したのは、この前、リンに対して行ったアレだと、吾輩は認識しているのだが……」

「二度とすなっ! リン以外にはっ! ひとつしかあらへん命を惜しゅう思うんならっ!」


 必死に説得を続けるイサオに、キヨシは腑に落ちない表情ながらも、小さくうなずいて見せた。


「……ふぅ……」


 なんとか説得に成功したイサオは、深い一息を吐く。

 だが、


「~~なにをおっしゃっているのかしらァ~~」


 今度はタエキヨシに対して挑発を始める。

 相変わらず怒りで声を震わせている。


「~~結局、貴方自身は最後まで生き残れずに戦闘不能リタイアしてしまったではありませんかァ。仮にも隊長リーダーだというのにィ。したり顔でわたくしを評しても、滑稽なだけですわァ~ッ」


 痛烈な皮肉を突き刺したつもりのタエであったが、


「――それでも勝ち残れなかったことに変わりはないがな。部隊チームとして。隊長リーダーだけ生き残っても、部隊チームとして敗北しては、意味はないぞ」


 逆に突き刺し返される。

 『隊長リーダーだけ生き残っても、部隊チームとして敗北した』タエに。


「――それは勇吾ユウゴの父君も暗に述べていたというのに、その程度の理解や見識も及ばぬと――言っても、たしか、認めてなかったのだな。勇吾ユウゴの父君を。では、これ以上の議論は無意味だな」


 『隊長リーダー戦闘不能リタイアしても、部隊チームとしては勝利した』キヨシは、トドメの皮肉を突き刺すと、踵を返して立ち去る。

 ようやく胸をなでおろしたイサオもそれに続くと、勇吾ユウゴを始めとする他の六人もその後を追い、さらにまばらとなった生徒の列に、全員が戻る。


「~~~~~~~~~~~~~~~~っ」


 それを無言で見送ったタエは、三人の女子生徒を振りほどくと、やり場のない大きな怒りを抱いたまま、その場に立ち尽くす。

 残暑のそよ風がふたたびつやのあるストレートロングをなびかせる。

 だが、所有者の心は、なびくどころか、更に硬化させる。

 負の感情をエネルギー源にした硬氣功のように。

 握られた量の拳も、それにともなっていた。


「――やれやれ。タエですらアレでは、海音寺に至っては推して知るべしだな。なんせ、全学年においてワースト二位では、さもありなんというものだ」


 キヨシは頭を振りながら肩をすくめると、


「――本人は元より、離散した隊員メンバーたちも、模擬市街地の民需物資に手をつけてしまいましたからね」


 勇吾ユウゴが残念そうな表情で応じる。


「――とんでもないことだワン」


 憤慨する犬飼釧都クントに、


「おまいだって手をつけたやろがっ!」


 イサオがすかさずツッコミを入れる。


「――でも、勇吾ユウゴたんの父たんが教員側こちらの不手際を認めて減点にしニャかったニャッ! だからクンたんを責めニャいでェッ!!」


 有芽ユメが演習中に取ったユイさながらな行為で犬派の彼氏をイサオからかばう。

 そのユイは、美氣功で超絶美少女に相応しい美貌に変更チェンジしたが、その直後にリミッターが作動して気を失い、現在は釧都クントに背負わされている。

 最後まで豊継トヨツグに気づいてもらえず、血の涙を流している『ゾンビ顔』が、何時にも増して正視に堪えない。

 豊継トヨツグに関する個人情報の未消去も、教員側の不手際として減点はされなかったが、そんなものでユイの心が晴れないのは、アメリカ隊なら誰もが承知しているので、それを慰めのネタにする愚は犯さなかった。


『……………………』


 アイリンは相変わらず『究極の二者択一』に激しく苦しんでいる。

 そのため、豊継トヨツグたえとの会話に、どれも最後まで参加しなかった。


『……………………』


 むろん、こちらも下手な慰めはしなかった。

 したら最後、無残な末路をたどるのは、すでに体験済みのイサオと、その有様を至近で目撃した勇吾ユウゴが、一番よく知っている。


「――とにかく、祝杯を上げようではないかっ! 我がアメリカ隊の勝利をっ!」


 微妙な空気に変わりつつあるそれを感じ取ったキヨシは、それを振り払うかのように宣言する。


「――そうだワンッ! 祝杯だワンッ!」


 釧都クントも吠え立てるように喜ぶ。


「――どこか、祝杯に向いた店はないか?」


 キヨシに尋ねられたイサオは、


「――せやなァ。ワイらが行きつけの『ハーフムーン』でええんとちゃうか?」


 有芽ユメに判断を振ると、


「――うん。その店でいいニャ」


 同意を得る。

 だが、


「――待ってください」


 勇吾ユウゴは同意しなかった。


「――そこよりもいいところを、僕は知ってますよ。だからそこにしませんか?」


 代案を提示が、それに続く。


「――うむ。リンに次ぐ功労者の意見だ。そのリンがこの有様ではどうしようもないからな。よし、そこにしよう」


 キヨシが彼らしい即断ぶりで即決する。


「――うん。わかった」


 勇吾ユウゴは嬉しそうにうなずく。


「――なんちゅう店や?」


 イサオがいぶかしげな表情で尋ねる。


「――いえ、名前はありませよ」


 奇異な返答を受ける。


「――そもそも店でもありませんし」


 つけ加えたそれも、奇異な印象をさらに深めさせる。


『……………………』


 イサオ有芽ユメは無言で顔を見合わせる。

 そして、あることに気づく。

 イヤな予感を付随させて。


「……それ、なんちゅうところなんや?」


 イサオは恐る恐る問いかける。


「野外実験場です」


 勇吾ユウゴははっきりと答える。

「――今回の演習で学年一位トップを取ったら、戦勝祝いを上げるために、みんなに内緒で建てていたプレパブ会場なのです。演習の準備の合間を縫って。そこで僕が手料理を振舞って差し上げます」

「――ほう。なかなかどうして。まるで最初から勝利を信じて疑ってないような手回し振りであるな、勇吾ユウゴよ。穏やかな顔に反して、なかなかやるではないか」


 キヨシが感銘を受ける。

 意外さを交えた笑みで。


「――ドックフードはあるかワン」


「……いえ、ありませんけど、取り寄せることなら、テレ管のテレ運で……」

「――なら行くワン。勇吾ユウゴワンの会場に」


 釧都クントは即座に同意する。


「――なぜ野外実験場に建てたのかはわからぬが、まァいい。では行くぞ。諸く……」


 一同を振り返ったキヨシは、その人数が減っている事実に、ややあってから気づく。

 八人だったそれが、六人に。

 残りの二人が、姿を消した。

 空間転移テレポートしたかのように、忽然こつぜんと。

 それもそのはずである。

 事実、それで逃走したのだから。

 イヤな予感を抱いた時から、テレポート交通管制センターにテレタクを要請し、空間転移テレポートさせてもらったのである。

 ここではないどこかへ。

 むろん、密かに、かつ、迅速に、である。

 それが終えたのは、キヨシが一同に振り向く、まさに直前であった。

 早い話、見捨てたのである。

 友達ダチと彼氏を。

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