戦争嫌いの転生者

寺空 章

戦争嫌いの転生者

 私はそこそこ大きな悩みがある。疑問と言っても良いかも知れない。

 どう解決するか分からず、その力も恐らくは無い。

 いつ間違ったのか分からず、或いは初めからだったのかもしれない。

 だが、途轍もなく苦しいそれを、吐き出さずにはいられなかった。


 そして私には、所謂、前世の記憶というものがある。死に際で曖昧とした夢よりも淡い記憶。

 しかも、恐らくは今生きている地球とは、別の世界と思われる記憶。

 

 ***


 負け戦だったと思う。

 魔法による炎雷が飛び交い、至近では剣戟が響き、それらの隙間を矢が縫うように走る。

 私はある国の一兵士として、槍を携えて戦場そこに居た。我々を攻め立てる隣国と戦場だ。そこで地に伏して、人の殺し合いをただ、眺めていた。そして、私はそのまま死んだ。


 というのも、私はその歳まで農具しか握った事が無い、徴募兵であった。上官なる者にボコボコと殴られ続けた末に、人を殺す度胸なぞ持たず、戦場に放り込まれた元農民だったのだ。


 そんな者が戦場に立ったところで、どうなる筈もないのだ。

 右往左往している内に肩口を矢で貫かれ、突撃する騎兵に斬り伏せられた。

 そして、気が付けば仰向けに倒れ、余命あと幾許か。血が染みの様に広がり、命が抜けて行くのが分かる。


 罪など犯していない。麦を作っていただけだ。

 なぜ、こんな目に遭うのだ。おかしいではないか。

 戦など人殺しの好きな輩ですればいいではないか。

 なぜ、私は死ぬのだ。なぜ、死なねばならんのだ。

 もうすぐ死ぬ。そのやるせなさに呪詛を吐き、力の入らぬ手を握り込む。


 寒い。

 眠い。

 視界が遠のき、意識が溶けていく。

 死に際に閉じられていく瞼の隙間から、炸裂した魔法の爆炎が私を包むのが見えた。


 ***


 次に瞼を開けた時、私は赤子だった。

 ここで私は、今の私になった。

 その時、私は大きな混乱に見舞われ、赤子の我が身はその動揺に反応して大泣き。

 それを手慣れた様子で抱き上げる女性が、私に乳を含ませて優しく揺する。

 そして赤子が眠る。


 起きて、泣いて、乳を含み、また眠る。

 その繰り返しで育ち、乳から粥へと移った頃、およそ半年と言った所。

 その頃には混乱も随分と落ち着いて、自分以外の事にも目を向ける様になった。


 家の中は快適で清潔感があり、罅割れた土壁と煤けた竈、夜は寝るしかない前世とは、隔絶と言っても良いほどの文明を持つ世界だった。


 不自由なく育った私は、じきに学校に通うようになる。

 知らぬ事を学ぶとはとても面白い事で、授業というものに真剣に取り組んだ。


 その中でこの国の歴史を知った。

 世界大戦と、その末路だ。己の死に際を思い出し、寒気がした。


 そして次に知った事。

 不戦の誓い。

 それを見た時はとても感動した。

 己の感覚は間違っておらず、この国の人々も同じく思ったのだと。


 これは宝だと思った。

 平和を守り抜いて、戦争などという馬鹿げた理不尽から、人命を守らねばならぬと思った。そして人が手を取り合い発展すればいいと思った。

 ただ、子どもの身で出来る事は少なく、何をするのも出来なかった。


 瞬く間に成人となり、参政権というものを持った。

 これで、平和の為に声を上げる事が出来る様になった。


 ***


 ――自国民だけでなく、紛争地帯の人々も救わなければいけない――


 という法案があった。

 なるほど、道理だ。そう思った。


 平和とは自国一つで出来る筈はない。前世の様な理不尽に晒される人が、世界に居るのだから。その人達を救い、手を取り合う事こそ平和の為になる筈だ。


 法案を支持した。



 ――周りの国が強大だから、国を守る為、自衛隊を強化しなければいけない――


 という法案があった。

 なるほど、道理だ。そう思った。


 子供だった頃は、平和の為に軍なんて捨てろ、と思っていた。だが、そう簡単に行かないという事を知り、牽制の為に力を持つのは仕方ないと理解した。

 そして、近年周囲の国が軍備増強を推し進めている。ならば、それらの攻撃を跳ね返すだけの力を持たないといけない。国民を守り、国を脅かされないために。


 法案を支持した。



 ――自衛隊を強化する為、税制を見直した結果、増税する事とする――


 という法案があった。

 なるほど、道理だ。そう思った。


 増税など、ただでさえ余裕のない生活が圧迫される為、本来なら全く歓迎できない所である。

 それでも、敵に攻め込まれてしまえば、そんなことも言って居られなくなるのだ。それならば貧困に喘ごうとも我慢して、確実な防衛力を養う事の方が大事だろう。


 法案を支持した。



 ――世界の為に戦う同盟国に協力する為、一定の金額を譲渡する――



 世界の警察を自称し、大きな軍を持つ同盟国。軍事力トップに位置する彼の国に、思う所が無い訳ではない。

 しかし、紛争地帯に赴いて難民を助け、テロリスト共を滅し、平和を取り戻そうとする彼の国の兵士達。尊敬する彼らを助ける為には大事な事だと思った。


 法案を支持した。



 ――防衛の為に必要とされた時、一時的に土地や物を貸し出す――


 という法案があった。

 なるほど、道理だ。そう思った。


 地理的に最適な土地を求めるのは至極当然の事だ。不利な所でわざわざ戦うなんて愚かだ。物の提供というのも頷ける。一時的な事なら補給部隊が基地から運ぶより、近場の家から食料などを貰う方が効率的だ。

 どちらも貸し出すだけだから有事が過ぎれば、お礼のお金や物品と共にちゃんと返ってくる。


 法案を支持した。



 ――特殊技能を持つ専門職は、有事の際、自衛隊に協力しなければいけない――


 という法案があった。

 なるほど、道理だ。そう思った。


 みんなを守るために戦う兵士に、余分な時間を割かせるのは良くない。

 だから、兵士たちがその特殊技能を習得する時間を省略して、専門技能を持つ人に安全な任務を変わってもらうのは、理に適っている。

 そしてその時間を使って兵士は訓練を積めば、自衛隊がより強くなり守る事が容易になる筈だ。


 法案を支持した。



 ――国を守る為、敵国のスパイと思われる人物を即座に逮捕する事が出来る――



 情報というのは大事だろう。朧げな記憶だが前世の負け戦は、確か軍の中に裏切った奴が居て、それで瓦解したという話だった筈だ。

 スパイを全て捕まえて情報が敵に渡らないようにすれば、敵は自衛隊の戦力が分からなくなる。それで戦争を止めてくれるなら最高だが、もし駄目でも戦力を誤魔化して油断した敵を倒す事が出来るかも知れない。


 法案を支持した。



 ――国民は有事の際に防衛の為に、一定の訓練をしなければいけない――


 という法案があった。

 なるほど、道理だ。そう思った。


 国を守る為に戦う兵士達も無限に居る訳では無い。むしろ、同盟国や周りの国に比べれば、心許ないと言える。

 もし万が一戦争になった時に自衛隊だけで守り切る事が出来ない可能性もあるのだ。その時、自分たちの身を敵から守れるかどうかは大きな差になるだろう。


 法案を支持した。



 ――甚大は被害を及ぼす可能性に対し、例外的に先制攻撃を可能とする――


 という法案があった。

 なるほど、道理だ。そう思った。


 幾ら私達の国が専守防衛を掲げて戦争をしないと言っても、事実、隣の国は大量破壊兵器の開発に手を出している。私達や同盟国の彼ら、それに世界中の皆がどこまで説得してもそれを止めず、何度も私たちの国へミサイルを飛ばしてきている。

 もしかしたら、宇宙開発と偽ってミサイルを飛ばし、それをワザと私たちの国に落として、失敗しただけ、といって攻撃し続けるかも知れない。許せることではない。


 法案を支持した。



 ――世界の平和の為、それを乱す国やテロリストに対し、攻撃できる――


 という法案があった。

 なるほど、道理だ。そう思った。


 私達の国だけが平和を訴えても、今まで何も変わらなかった。依然、大量破壊兵器を作る国、訳の分からない事を言って罪のない人を撃ち殺す人殺し共。

 そんな奴らを徹底的に潰してしまえば、戦争しようなんて思わない善良な人々で平和な世界を作る事が出来る筈だ。

 私達だけでは無理でも同盟国の彼らや、平和を願う国々の皆と協力すれば実現できるだろう。


 法案を支持した。



 ***


 そして、三度目の世界大戦が起こり、私達の国もそれに参加する事となった。

 私たちの国は戦争を始める事となった。



 私は平和の為に自分なりに良いと思う選択をして来た……して来た筈だ。

 私達の国が世界平和の為、貢献できるような選択をして来た、はずだ。

 美しく優しい未来の為に、私は選択して来た筈だった。

 だが私は、私達の国は、何処で間違ってしまったのだろう。

 何処かで何かを間違ってしまったのだろう、が……これが分からない。



 どうして、私はまた、戦場ここに立っているのだろう。



 有り得ない程に色が深い蒼穹に、酷く乾いた熱風が砂塵を巻き上げる、岩だらけの黄色い大地に私は立っている。

 岩を削り出して築き上げた美しい建造物が、刻一刻と銃弾に削られ、砲弾に砕かれ、爆弾に吹き飛ばされていく。その瓦礫の合間を縫うように私達歩兵が走り、小銃を撃ち鳴らし手榴弾を放り投げ、敵を殺していく。


 私が、私達が機械の様に人を殺し、尊い命を破壊していく。

 私は人を殺している。私が人殺しになっている。

 嫌っていたはずの人殺しに私はなっている。


 私達の部隊の上を鋼鉄の猛禽が音速で行き過ぎ、その際に翼下から双円錐状の物体を切り離した。


 爆弾だ。逃げなければ。

 そう考える間に爆弾は部隊の真ん中に突き刺さる。爆弾の弾殻が膨らんでいく様に見えた。


 不戦の誓いに感動して、平和の為に、ただ声を上げていた筈なのに。

 私達の国は、戦争をしないと固く誓った筈なのに。

 そして、平和の為に尽力してきた筈なのに。


 なのに。


 なぜ、私は銃を持っているのだろう。

 なぜ、私は人を殺しているのだろう。


 ――なぜ、私は、戦争をしているのだろう。


 本当に、何処で、何を、間違ったのだろう。あれほど平和を想っていたのに、あんなに人殺しを嫌っていたのに。

 どういう訳か、また戦場に徴募兵として立ち、槍の代わりに銃を手に敵を殺している。


 そして、また――


 混乱と悔悟に顔を覆う私を、炸裂した爆轟が吹き飛ばした。

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戦争嫌いの転生者 寺空 章 @teraaki-syo

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