本当の敵は分かりますか? いいえ、分かりません

第46話

     *


 カインがフェンリルを見た瞬間、部隊の全滅が脳裏に浮んだ。

 あれには勝てない。どれだけ力を出し切ろうが、仲間と協力しようが無理だ。

 天変地異の前に人が無力なのと同じように、目の前の黒狼を倒すことは不可能だと彼の優秀な細胞は理解した。

 なら、自分にできることは仲間が逃げる時間を稼ぐしかない。

 例え、その結果命を落としたとしてもだ。

 幸運にもここは岩山。岩石族であるゴーレムが扱える岩が豊富にある。

 メタルゴーレムは周囲の岩をミサイルが如く飛ばし、燃えたぎる肉体でフェンリルの凶刃を耐えた。

 だが戦いから五分が経ち、魔力が尽きると同時にメタルゴーレムの身体能力を特化させたマグマモードが終了する。

 それと同時にすんでの所で保っていた均衡はあっさりと崩れた。

 全ての魔力をマグマの鎧に変換するマグマモードが終われば、その後メタルゴーレムは魔力を使えない。

 岩を飛ばすこともできず、皮一枚で耐えていたフェンリルの猛攻に押し切られる形となった。

 それでも五分稼いだ。

 これが普通の憲兵ならものの数秒で吹き飛ばされていただろう。

 カインの判断力とメタルゴーレムの捨て身によって得たこの時間で仲間は負傷兵三人を助け出すことに成功したのだ。

 そのことにカインは安堵し、達成感を覚えた。

 だが、それと引き替えに受けた攻撃で一歩も動くことができない程のダメージを負っている。

 沈黙するゴーレムと岩に背を預けて座り、血を流して俯くカイン。

 その前に一人の少女が立っていた。

 低い身長に幼い顔立ち。黒い髪はぼさぼさで、服はボロボロの布を纏っているだけだ。

 月のような瞳には意志を感じられず、虚ろで不気味だった。

 まるで奴隷の証みたいに付けられた金色の首輪と、年齢と不釣り合いな大きな胸が目立つ。

 少女から禍々しさは消え、薄気味悪い沈黙を醸していた。

 カインにできるのは少女を睨むだけだった。

 少女は小さな口を開き、淡々と告げた。

「リルには分かりません。死ぬと分かっていてどうして挑むのですか?」

「………………うるせえ……殺すぞ……」

 それが虚勢であることは誰の目にも明らかだった。

 声を出すだけでもカインの体は軋んだ。

 しかしその魂だけは今も燃えたぎっている。

「俺は……、最強になる男だ……。戦う敵を選んでちゃなれるもんもなれねえだろ……」

「やはりリルには分かりません」

 せせらぎのようにさらりとリルは答えた。

「…………だろうな」

 カインはリルの首輪を見て不敵な笑みを浮かべた。

「今のてめえに満足してる奴に俺の崇高な言葉は理解できねえよ……」

「笑わせる」

 男の声が降ってきた。

 その男は山の上方から降りてくる。

 月の紋章があしらわれた軍服には数々の勲章が並んでいた。それが彼の地位が高いことを示していた。

 金髪碧眼の美男子がそこに立っている。歳は二十歳そこそこ。

 品の漂う佇まいに自信を窺わせる青い目。中肉中背だが肉体は引き締まっており、なにより彼にはオーラがあった。 

 サンタナ帝国南方司令部、魔物使い部隊特級兵。

 それが彼、リアス・ハルバードの肩書きだった。

「我を差し置いて崇高だと? ロナの猿めが! 分を弁えろ」

 リアスの傲慢な態度にカインは肩で息をしながら眉をぴくりと動かす。

「……誰に物言ってやがる。殺すぞ…………!」

 カインは大きく息を吐き、力を振り絞って立ち上がった。

 全身に痛みが走るのを歯を食いしばって耐えた。

「……来いよ。第二ラウンドだ」

 カインはどう見てもボロボロだった。立ち上がるのがやっとだ。

 頭から血を流し、片目が塞がっている。指先を動かすだけでも痛みを感じた。

 だが、彼のプライドが座って死ぬことを許さなかった。

 その姿を見てリアスの目が好奇に変わった。

「なるほど。猿にしては骨がある。気に入った。その心ごと折ってやろう。光栄に思え。相手をしてやるのは最強の魔物使い、リアス・ハルバードである!」

 リアスが高らかと『最強』を宣言する。

 それを聞いてカインはクククッと押し殺した笑い声を出した。

 笑われたリアスは歯ぎしりする。

「何が可笑しいッ!?」

「……いやな、俺の知り合いの糞雑魚も同じこと言いやがるんだ。最強の魔物使いになるんだって。それがあまりにも馬鹿馬鹿しくってな。だから一つ聞いとくよ」

 カインは歯を見せて笑った。

 すると沈黙していたメタルゴーレムが動き出す。砕かれた体が辺りの岩で修復されていく。

 赤いラインが薄暗がりに光ると真ん中の歯車が軋みながらも回り出した。

 カインはリアスを睨みつける。

「お前はあの雑魚より強いのか?」

 手負いの獣は体から発せられる痛みを無視して敵へと走り出した。

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