第41話
結局僕ら五人と七体のモンスターで救援隊が組まれることになった。
出発の前、もしかしたら日を跨ぐかもしれないと村の一角の家を借りて装備の準備を始めた。
その途中、僕は急に心配し出した。
あの時は手を挙げたけど、本来なら僕が自分より強い人達を助けるなんてできるわけがない。
例えできたとしても、無事に済むかどうか……。
「……あの、ウィスプ……………」
「いやですよ。ここで待ってるなんて」
まだなにも言ってないのにウィスプは笑顔で答える。
僕の心は見事に見透かされていた。そりゃあそうか。もう一緒に暮らしてかなりの年月になるんだ。
「……でも危ないよ」
「それならアルフ様だってそうじゃないですか。アルフ様が行くなら私も行きます。だって」
ウィスプの手は震えていた。
「私達……パートナーじゃないですか……」
ウィスプは今にも泣きそうになって僕に体重を預ける。
僕はウィスプの肩にそっと手を乗せた。
「うん……。そうだね……。でもだからこそ心配なんだよ……」
「じゃあ村に帰りましょう? 怖いお仕事は他の強い人に任せればいいでしょう?」
ウィスプは涙を目に浮かべて訴えた。
それはきっと少し前の僕なら喜んで受け入れた提案だった。
「…………うん。でも、みんなの安全の為には僕らがいた方がいいんだ」
そう言うとウィスプも僕の視線に気付いた。
そこには普段と変わらず平然としたフレアとしずくが立っている。
「なんでウィスプは泣いてるの? お漏らししちゃったとか?」
「そこが不思議だわ。弱い人間がモンスターに襲われて負傷なんて珍しくもないでしょう?」
強大な力を持つ二人には事態の深刻さが分かってないらしい。
下手したら戦争になる。敵の軍隊と戦うかもしれないんだ。
「弱くなんてないよ。軍を持ってるのはセントラルだけ。だからすごいエリートの人が傷を負ったんだ。敵は普通のモンスターじゃない。それにもしかしたら山向こうにあるサンタナが攻めてきたのかもしれないし」
「戦争……ですか?」
ウィスプが怯えた顔で尋ねる。
「……かもしれない。だから、行くなら……、その、覚悟が必要になる……」
そう言いながらも僕にはそんな覚悟はなかった。
誰かを守る為に誰かを傷付ける。
言葉では分かった。
だけどそれが現実になるなんてことが僕にも理解できていなかった。
僕の説明を聞いてもフレアとしずくはやっぱり事の危険度が分からないらしい。
「戦争ってつまりは喧嘩でしょ? そんなのモンスターの間じゃしょっちゅうだよ」
「縄張り争いに負けて一族が滅ぶなんてこともね。でも仕方がないわ。だってそれが生きるということだもの。戦いが起きれば敗者が生まれ、大なり小なり奪われるわ」
「……だからって――――」
僕の言葉を遮るようにしてドアが開いた。カインは僕を見つけると睨み付ける。
「おいアルフ。お前じゃ無理だ。降りろ」
「……カイン。でも――」
「覚悟がねえ奴が行っても邪魔になる。お前は戻って花に水でもやってろ」
「だけど――――」
反論しようとする僕の胸ぐらを掴み、カインは壁に押しつけた。
「軍人が死にそうな程の大怪我負ってんだ。その意味が分かるだろ? お前じゃ無理だ」
諦めろ。そう言うとカインは手を放した。
僕は壁に体重を預け、うな垂れる。
二人の僕がいた。
行かないでいいなら行くなと安堵する僕。それと悔しくて歯噛みする僕だ。
いつもなら間違いなく前者が勝っている。
僕はどこにでもいる村人で、なんの取り柄も力もないんだ。
どこか遠くへ逃げてしまった方が安全に決まってる。
だけど自分でも驚いたけど、僕の中で悔しさが勝った。
僕はカインの腕を掴んだ。
「いやだ! 僕も行く! 皆を守るんだ! 僕がそう決めたんだ!」
僕が叫ぶとカインは驚いていた。
けどすぐに目つきをきつくして僕の手を払った。
「最弱アルフが調子に乗りやがって! 死ぬかもしれないんだぞ? お前は家に帰ってろ!」
「いつの話をしてるんだよっ!? 僕はもう最弱じゃない! 憲兵だ!」
僕はそのつもりがなかったけど喧嘩になりそうだった。
殴られたら殴り返そう。
そう思った矢先、僕らの隣に大男が現われてニコニコ笑っていた。
「よいぞよいぞ! さあやれ! 殴り合え! それが男という者だ! そうであろう?」
二メートルを超える身長に鍛えられた大きな筋肉。太い声に似合わない子供みたいな笑顔。
長い髪を後ろで括り、長い髭を生やした壮年の男が楽しげに僕らを観戦している。
すると後ろから団長がやって来た。
「どうした? もめ事か?」
団長を見るとカインは舌打ちをし、僕は苦笑を浮かべた。
「丁度集まってるな。アルフは初めてだったか。紹介しよう。こいつは俺のパートナーであるシールドジャイアントだ」
「がはは! よろしく頼むぞ皆の衆」
シールドジャイアントは鉄の鎧を着て、背中には二枚の盾を担いでいた。
モンスターの中でも最大クラスの大きさを誇る巨人族のジャイアント。それが味方にいてくれるならこれほど頼もしいことはない。
「こいつは守りが主体のモンスターだ。攻撃はできるが難しいことは不得手。魔法もほとんど使えん。だからお前達のサポートが必要となる。頼めるな?」
「うす」
「はーい。おまかせぇ」
カインが頷き、ミミネが手を挙げる。
「もし戦闘があったら俺とシールドジャイアントが先陣に立つ。その後ろにカインをリーダーとしたパーティーが。更に後方にアルフ達が陣取る。これが今回の配置だ。異議のある者はいるか?」
それを聞いてカインが僕に辞退しろと睨む。
さすがの僕もむっときていた。
「ありません」
僕がそう言うとカインはまた舌打ちする。
するとシーアが苦笑しながら弱々しく手を挙げた。
「あの……、すいません……。やっぱりあたし無理です。死ぬかもって思ったら、急に怖くなっちゃって……。ごめんねカイン君」
そう言うシーアは震えていた。それを隠すように右手で左腕をぎゅっと押さえる。
その様子を見てカインは珍しく微笑を浮かべる。
「……べつに謝ることじゃねえだろ。覚悟がない奴は来ない方がいい。そいつの為にも、チームの為にもな。臆病は悪いことじゃない。ミミネはどうする?」
「あたしぃ? あたしはお金くれるなら行くよ。どうせサポートだし。後ろの方でしょ? いざとなったら逃げるしね」
どうもこの子はいつでも気楽らしい。
団長は腕を組んで僕らを見た。
「すると回復役はカーバンクルとウィスプということになるな。キメラも使えるんだったか?」
しずくは僕を見て静かに答えた。
「この人がやれと言われればやるけど、果たしてそんな暇があるのかしらね」
先程からしずくだけはやけに冷めていた。
まるでこれから起こることに予想が立っているようだ。
それからいくつか説明があって、結局シーアを除く僕ら四人と六体で救援に向うことになった。
カインは最後まで僕が行くことに反対していたけど、そうなると僕もムキになる。
僕が行くならとウィスプも恐がりながら行く事を決めた。
フレアは遠足でも行くみたいに呑気に笑ってる。
しずくは乗り気じゃないけど仕方がないという様子だ。
僕はというと、まだこれが現実と思えないようなふわふわとした感覚に襲われていた。
もしかしたらこの中で一番場違いなのが僕じゃないのか?
僕のミスで誰かを傷付けたらどうしよう?
本当に僕は皆を守れるのだろうか?
そんな不安が拭えないまま僕らは出発の時間を迎えた。
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