あなたが落としたのは金のドラゴンですか? それとも銀のグリフォンですか?
歌舞伎ねこ
力はありますか? いいえ、ありません。
第1話
ロナ公国の外れにある人口百人にも満たないマズーロ村。
最近隣国のサンタナ帝国とのいざこざが絶えないロナ公国だけど、ここはまだ平和だった。
村の外れに建てた小さな小屋に僕、アルフ・フォードは一人で住んでいる。
いや、一人と言うのは違うかな。僕には魔物のパートナー、ウィスプがいるから。
パートナーというのはこの世界とは違う次元に住むという女神様に誓いを立てることで成立する関係だ。
人と契りを交わしたモンスターは人智を越える力によって人の姿を手に入れる。
つまりモンスターと人の姿を行き来できるってわけだ。昔は差別もあったけど、今となっては当たり前になり、人の世界にも溶け込んでいる。
ウィスプは魔物の中で最も非力な存在の一つだ。普段は丸い光がぷかぷか宙に浮いているだけで、ちょっかいをかけない限り無害。魔力はあるけど魔法は弱いものしか使えないから、戦闘訓練を積んだ大人なら倒せるほどの力しかない。
スライムのライバルという悲しいレッテルを貼られた魔物。それがウィスプだった。
僕らは来たるサンタナ帝国との戦争に備え、自衛団である町の憲兵隊に加入する為、近くにある女神の森深くでトレーニングを積んでいたんだけど・・・・・・。
「アルフ様ぁー! 助けてくださーい!」
目の前ではウィスプが湖で溺れていた。
好物のアプリカという果物が湖に浮んでいたらしく、取ろうとして水の中に落ちたらしい。
「ど、どうしよう・・・・・・。僕、泳げないのに・・・・・・」
僕はあわあわと慌てながら、どうにかしないといけないと思って辺りを見回す。すると良い感じの枝を見つけた。
「ちょっと待ってて。良い感じの枝を見つけたから!」
「良い感じですか?」
「良い感じだよ。ほら!」
僕はその良い感じの枝を拾って見せた。それを見たウィスプは溺れながらも頷いた。
「良いですね! そう言えばうちの箒にヒビが入っていたのでそれを使いましょう」
「そうだねー。いやーそれにしても良い感じの枝だなー」
僕は曲がりがなく、太くも細くもない枝を見つめて感心していた。
「はっ! 見とれてる暇なんてなかった。早くウィスプを助けないと――――」
僕が湖を見ると、そこにウィスプの姿はなかった。
「ウィスプゥゥゥゥゥゥーーーーーッッッッ!」
僕は目に涙を浮かべ、怒りのあまり持っていた枝を膝蹴りの要領で叩き折った。
「こんな枝があるからッ!」
ボキッと音がして枝は折れ、僕はそれを湖に投げようとした。
その時だった。
湖から神々しい光が溢れ出て、その中から綺麗な女神様が現われた。
出るとこは出て引っ込むところは引っ込んだ女神様は白い布を一枚だけ纏って、聖母のような微笑みを浮かべ、そしてなぜか片手に一人ずつ、女の子の首根っこを掴んでいた。
「あなたが落としたのは金のドラゴンですか? それとも銀のグリフォンですか?」
女神様は透き通った声で金髪で目つきがきついの日焼けした美少女と、銀髪で色白の肌と静かな瞳を持った大人びた美少女を交互に持ち上げた。二人共生まれたままの姿だ。
金髪の少女には小さな牙と尻尾が生え、銀髪の少女は背中に小ぶりな白い羽が見える。
魔物違いも良いところだ。どちらも僕が落としたウィスプじゃなかった。
僕は正直に答えた。
「いいえ。僕が落としたのは普通のウィスプです」
すると女神様はニコリと優しく笑った。
まるでその答えを待っていたような笑顔に、僕はなんだかハメられた気さえしてしまった。
「あなたは正直者ですね。ついでにこの子達をあげましょう」
「ついでにっ!?」
驚く僕に女神様はポイポイっと二人を投げつけた。
「ちょっと待って! そんなゴミ箱にゴミを捨てるみたいに、わぶっ!」
僕は降ってきた二人の女の子の下敷きになった。
見た目は軽い彼女達だけど、ずっしりと重かった。
「ほな」
そう言うと女神様は軽く手を振り、湖の中に戻っていった。
残されたのは僕と二人の美少女だけだ。
昼下がりの森はしんとしていた。
小鳥の鳴き声とそよ風が草を撫でる音しかしない。
木漏れ日の中、キラキラと光る水面を見ながら、世界は静まりかえった。
しばらくの静寂のあと、僕はハッとして叫んだ。
「ウィスプはっ!?」
返事はなかった。
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