メイドカフェで告白

 秋葉原の昔は電気店か楽器店が入っていたであろうビルのその3階のメイドカフェだった。


「お帰りなさいませ、お嬢様〜」


 入り口付近にいたメイドも別のテーブルで接客中のメイドも紫涼しすずたちが店に入ると同時に元気よく声を出した。四人の中でひとり紫涼だけがびくっ、と表情を変え残りの三人はメイドのいないカフェに来店したような自然な挙動で案内を受けた。

因みに紫涼以外は東京在住者だった。


「お嬢様、どちらまで行っておられましたかぁ?」

「え。昨日上京したんですけど、それって?」

「え〜。お嬢様は一番美味しいレモネードを探す旅にお出かけになって、わたしたちはずうっと吉報をお待ちしてたんですよぉ。お望みのレモネードは見つかりましたかぁ?」

「うん、見つかったよ」


 紫涼が脳では理解しながらも体が反応しないでいるとショートの『エンリ』が代わりに応対した。


「一番美味しいレモネードはねえ、『チェリッシュ』の『酸っぱさが切なくてハチミツがとろける甘さのレモネード』!」

「お嬢様、素敵です〜!青い鳥みたいです〜!」


 四人が訪れたメイドカフェ、『チェリッシュ』はメイドへの教育が徹底しており来店客に幸福を感じてもらうことをメイド一人一人が心からの喜びとするぐらいのきめ細やかで暖かな接客を実現していた。ただ、そういうことに慣れていないお客にとっては気恥ずかしさを解消できないまま席を立ってしまうケースもあるのではないかと紫涼は火照る自分の顔を手の甲で冷やそうとした。ロングの『クルトン』が紫涼を気遣った。


「紫涼さんの街にはメイドカフェってないの?」

「えーと。一軒だけあるけど行ったことない。クルトンちゃんもエンリちゃんも東京だからしょっちゅう行ってるんだ?」

「うーん。月1ぐらいかな」

「わ。エンリちゃんすごい。わたしは今までで2〜3回かな」


 エンリとクルトンがそう答えると紫暖が割って入った。


「わたしは会社の子たちと先週も来たよ」


 社会人ってすごい! と高校生三人で盛り上がっているとオーダーした品物をメイドがお給仕してくれた。


「にゃーゴロ猫舌冷製グリンぴスープでございま〜す♡」

「はーい♡」


 エンリ。


「ちょこちょこチョコのせわんピーパフェで〜す♡」

「はい♡」


 クルトン。


「ワラビーのわらび餅 with きな粉っちゃんでございま〜す♡」

「はいはーい♡」


 紫暖。


「乙女のためのザッハ・トルテ失恋編でございま〜す♠︎」

「はいっ・・・♠︎」


 紫涼。


「えー? なんでー?」

「紫涼ちゃん、失恋したの?」

「う、ううん。そもそも恋愛なんてしたことないし」

「じゃ、なんで?」

「いやー。純文学的にはこっちの方かな、って思って」

「紫涼。面白いっ!」


 ものすごい人気店だけれどもメイドたちは決してひとりひとりのお客さんを飽きさせることなく明るく優しく応対してくれた。ただ土曜の夕方だということもあってか店内の人口密度はMAXになっているらしく四六時中テーブル脇にメイドが張り付くというほどまではいかなかった。だから四人は話す時間ができた。


「紫暖さん、お仕事大変ですか? 本を読んだりして勉強もしなくちゃいけないでしょうし」

「うーん。まあ大変といえば大変だけど。あ、でね、『勉強』じゃないんだよね。覚えなきゃいけないことがあったとしても覚える作業とそれを使って仕事する作業を並行させなきゃいけないから。下準備、っていう言い方が正解かな」

「本を読むのもですか?」

「そうだよー、エンリちゃん。だからね、読書の仕方が変わったかな。なんていうか作者と対峙しよう、っていう感じになったかな」

「作者と対峙、ですか?」

「うん。バトルする、って言ってもいいかな」

「それってどういう」

「おー。紫涼ー。わたし紫涼に肝心なことレクチャーしてなかったね。あのね。作者が書いていることを鵜呑みにしないでね、自分ならどうするか、っていうことを常に考えながら読むのよ」

「自分なら? どうするか?」

「そう。経営者のギリギリの窮境局面も描かれてたりしてさ。『眠れない毎日を過ごした』って書いてあった時、経営者に共感して大変さを思いやることも必要ではあるけど、そもそも自分ならどうやったら眠れるかを考えるけどな、とかね」

「うーん」

「そうやって目の前に本当に経営者がいて相手と一緒に組織が進むべき道を激論するのよ。脳内妄想で。それこそアナタたちが昨日からやってたバトルみたいにね」

「なるほどー」


 三人が声を揃え、そこで話は終わりかと三人ともが思っていた時に、けれども紫暖は話をやめなかった。


「エンリちゃん。ちょっと一言いいかしら」

「は、はい」

「異世界転生を描いた小説は多勢の人に読まれてるよね。とても素晴らしい作品もたくさんあるわよね」

「はい」

「絶対数としてね」

「?」

「異世界転生の小説は余りにも玉石混交すぎないかな?」

「ああ・・・そういうことですか。でもそれってメジャースポーツと同じ論理じゃないですか?」

「どういう論理かな」

「プレーしてる人間の母数が多ければ適性を欠く選手の絶対数も大きくなりますよね? だったら異世界転生もつまりはそれを書こうとする人たちにとってのメジャーなジャンルなので大勢の人が志すわけでしょうから」

「そこだよ、エンリちゃん」

「え」

「異世界転生小説のこころざしってなに?」

「え・・・まあ、人生の苦悩にぶつかる人、例えば自殺したいほどに人生に絶望してる人のシェルターになるっていうか」

「じゃあそのシェルターが閉じたあとは」

「え」

「たとえばエンリちゃんが学校から帰って異世界転生の小説を読んで救われた気持ちのままパタンとページを閉じて寝て・・・それで朝起きた時もその救われたままの安らかな気持ちでいられる?」

「・・・いえ」

「その時はどうするの? 朝、もう一回昨日と同じページを読み返してみるの?」

「いいえ・・・『ああ死にたい』って思ってます・・・」


 紫涼とクルトンはエンリを、『え』という表情で見る。

 意外だったからだ。

 エンリは異世界転生の小説そのものを愛していてそれを純粋にエンターテイメントとして楽しんでいると思っていたからだ。けれどもエンリにとってそれは切実に救いを求める相手だったという事実に紫涼とクルトンはとても切ない気持ちになった。


「会ったばかりだけど、もし良かったら話して?」


 クルトンと紫涼は泣きそうになっているエンリに昔からの友達になり切ったつもりで二人揃ってそれぞれにエンリの手に手を置いた。エンリはそっと語ってくれた。


「高1の秋ぐらいからそれまで友達だった子たちにずっと無視されてて」


 エンリは涙を一雫スープの皿の淵あたりに落下させた。


「毎朝つらい。誰かがわたしを攻撃するわけじゃないけど庇護もしてくれない。通学の電車の中でも、教室に着いても、休み時間も、お昼も放課後の帰り道も、ずっと異世界の本を読んでる。誰とも一言も言葉を交わさずに。中身は知られたくないからブックカバーでくるんで」


 そこまで言ってからエンリは二人の指先を、きゅん、と握った。


「逃げたい」

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