第51話 princess tell them to cooperate me「服従ではなく協力を」
光に案内され応接室に向かう途中、廊下で鳴り響く激昂。源家の従者の1人が、鋼の怒りの目の前に晒されていた。
「世話役の春もその命令を確かに聞いたと」
「ふざけるな! 兄もバカな命令を受けて今あのザマなんだぞ! そのうえでまだ野心を捨てきれないのか!」
傘下の家の問題はゆくゆくは上の家である八十葉家の問題にもなる。光が興味を持つのも仕方がない。光が2人のもとに行き事情聴取をするという寄り道に、明人は小言を自粛する。
「どうしたの?」
「光様。申し訳ありません、お見苦しいところを。父がまだ奨とあの反逆軍の鼠の使った武器に興味を示しているようで。私に無理矢理拉致するか、データだけでも盗んで来いと」
「ちょっと、当主にもすでに話はついているわよね。捕らえた者は八十葉家が管理を担うって」
「それは、世話役の春にも言えと言っていましたし、昨晩直接兄と父にも報告しました。それに偽りはありません」
「こないだお会いした時も変な様子には見られなかったけれど、自分が病気で焦りでもあるのかしらね。貴方は1度本家に戻って、八十葉家の監視が厳しくて実行は不可能に近いと言ってきなさい。もしこれ以上野心を見せるなら」
「その時は、俺が止めます。どうか光様はご心配なさらずに」
「ちょっと、そんなことすればあなた」
「誰かが諫めないといけませんから。では、夜の迎撃戦までには戻ってきます」
鋼は光に一礼して外へと出ていってしまった。従者も一礼し、光の前から姿を消した。光はしばらく黙ったまま鋼の背中を眺めていた。
「俺に恨みはないだの、当主を馬鹿呼ばわりだの。あいつ、本当に源家の人間か?」
「ちょっと奨くん。これから私は主様なのよ。光様って感じで敬いなさいよ」
「誠実な男だな。いい手下だ」
「無視するなー! まあ、ちょっと心配なのよね。鋼君、最近の源家のことをあまりよくは思ってないみたいで。それが今回の不祥事を受けてさらに浮彫りになっている感じ」
鋼の姿が見えなくなってから、光は再び歩き出す。明人は、奨の先ほどからの遠慮を知らない行為を見て、酔狂者はお前もだろう、と言いたい気持ちを必死に抑え続けている。
応接室につき、先客の3人が出迎える。
「お疲れさまでした、光様」
光の従者である華恋はいつも通りという顔で光に一礼、主を迎えるが、やや顔が熱っぽいのを光は見逃さなかった。
「お話は盛り上がったようね」
明奈と聡は奨達が部屋に入ってきたことで座っていた椅子から立ち上がり、席を譲る。明人は聡の座っていた席に遠慮なく座るが奨は明奈をもう一度その席に座らせる。
「先輩」
「いいから、俺はさっきまで寝かされてただけだからな」
「でも……」
「俺が疲れてるときに席を譲ってくれればいいよ」
明奈もあまり反抗するのは野暮だと思い厚意に甘えることにした。
「まあ、分かっていると思うけれど、貴方たちと話をするのは、これから八十葉家に属してもらうにあたって話しておきたいことがいっぱいあるからよ」
「なんだ、契約の話じゃないのか?」
「それはまだ契約書とかも準備していないし島から出てからね」
光は持参したカップの紅茶を飲み干す。華恋がおかわりが要るか尋ねたが、光はそれを遠慮し話を続ける。
デバイスを使い両面印刷の紙資料を作り出すと、奨達全員に配る。光は資料は電子画面ではなく紙面で行うことを好むのを、以前ボディーガードをしたときに把握している。
明奈にも資料が回ってきたので見てみる。内容は八十葉家、および八十葉領の運営方針が多く書かれていた。八十葉家に関する基本情報が載っている。もっとも機密情報ではなく、普通に公開している情報に限ってはいるが。
明奈がその資料を目に通した後見せた反応は驚きだった。
「八十葉家と御門家ってお仲間というわけではないのですね……」
「私と御門君が仲は個人的な友好関係だし家が絡めば対立も起きているわ。今は本格的に戦う理由がないから休戦状態」
倭の統治と国防、国交の点から、徳位の12家は現在表向きには戦争を行ってはいない。その一方でそれぞれの家が理想とするものは違う。いずれ12家間で戦争が起き、天下統一を賭けた内乱が始まるというのはどの家でも共通の認識だった。
領の運営方針の違いは、友好関係な御門家と八十葉家でも大きく違う部分がある。
御門家の理想は、完全な人間と〈人〉の共存。人間に〈人〉に区別はなく、不当な差別もなく共に協力して繁栄を目指すのを理想としている。
対して八十葉家の基本的な姿勢は、領のことを管理するのは〈人〉だという社会構造を前提に人間に多くの活躍の場を与えるというもの。故に、京都のような人間の自治も認めない所存であり、政治に積極的に参加することも認めない方針だ。
「俺達はその中の、八十葉家に入れられて、一生を〈人〉様の奴隷として生きていくわけだ」
華恋がムッとした顔になったのは主への無礼であるからに他ならない。当の光は怒りを見せることはなかった。
「明人くん。私は人間を奴隷としては使ってないつもりよ? 契約書も出すし、人間に〈人〉を訴訟する権利も認めている。一般的には、御門家や八十葉家は好待遇だって好評なの。そこは結構自信あるんだけどな」
「待遇の差を言ってるんじゃない。俺は〈人〉が管理するという考え方が嫌いなだけだ」
「人間であるかぎりどこかの組織の旗印がなければ野を駆ける鹿やイノシシと同じ。狩られて食われても文句は言えない。今あなたたちが八十葉家に来ることは身を守ることにもつながるわ。それくらい分かっているでしょう?」
明奈も光の話に思い当たる節はある。宿にいた1か月で奨、明人、2人の従者の明奈も〈人〉に襲われたことが何度かあった。そのたびに、2人が返り討ちにしていたが、それもいつまで続くか分からない。
「俺には合わない。単純に気ままに旅できて楽しいだけなのさ」
「そうなの? 旅は辛いでしょう? このご時世じゃ」
「辛いこともあったけど、縛られない分楽しかったさ」
奨が一瞬悲し気な表情をするが、すぐに元通り。光に告げる。
「なんにせよ今日の話がこれだけなら俺達は失礼する。まだ契約書を書いていない以上、俺達はあんたの手下じゃない。俺達は規則正しい生活を心がけていてね。休憩のうちにお昼を済ませてしまいたいんだが」
奨の提案に光はまだ引き下がる様子はなかった。
「まあ、契約に関する話はまた追い追いね。それとは別に、ちょっと手伝ってほしいことがあって」
「なんだ?」
「知恵を貸してほしいの」
光は今度はあらかじめ持っていた別の資料のうち、近衛に渡すはずだった2部を奨と明人に手渡す。明奈もそれをのぞき込む形で資料の中身を見た。これまで捕えた襲撃者の使う武器、共通してみられる特徴等、襲撃者についての資料。
「なんで揃いも揃って何も記憶を持っていないのか。それにこの島を狙う意味も分からない。子供を攫いたければ、子供の育成をしている家、場所はいくらでもある。なのに、こんな〈人〉の一族が集まるこの時期のこの島を襲う?」
「確かに。それもそうだな」
奨の同意を得て、光の表情はパッと明るくなり、ご機嫌に話を続ける。
「あなたたちにもこれについて考えを聞かせてほしくて」
先ほどやや不機嫌そうに光に物申した明人もこれに反論する理由はない。
「分かった。少し考えますよ」
いつもの光に対する穏やかな口調に戻し、光の提案をのんだ。
この場はこれで解散となった。光は迎賓館から出ないようにという忠告と、1階の食事宴会室で自由に食べるようにと言いその部屋を後にする。華恋が次の予定を光に確認していたが、光は残りの休憩時間を昼寝に使うらしい。
「明人はどう思う?」
「食べながらにしようぜ。なんだか……疲れた」
奨も明人の意見に賛同し、食事へと赴くことに。当然明奈はそれについて行く。
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