第39話 cruel flower「受け継いだ『惨華』」
深い森に囲まれている源家本家の木々と通り抜けると、5つある施設のどれかにつく。
中央の源家本家。広大な土地に門前の大きな庭と本家を囲む高い塀、そして荘厳な門が招待客を畏怖させる。本家から一番近くには研究施設がありそこでは源家が公にできない数々のテイルに関する実験がされている。
そして東、西、北に存在している施設。その中でも東にある戦闘演習場は、源家の戦士が激しい大規模戦闘の訓練をする地であり、障害物のない平らな強化装甲を施した地面のみが広がっている。
ここが最後の地。閃は一気に加速し、その地に追い詰められた奨に接近して斬りかかる。
数回の剣戟。その後、一蹴りから〈爆動〉を使用し相手を吹き飛ばす。
「ぐ……」
「先輩!」
明奈からも見て分かる。あれほど強かった先輩が追い詰められていると。そして、閃が3人とも逃がさないようにしながらも執拗に奨を狙うのは、それだけが自分の障害だから。
何とかここまで致命傷を受けずに済んでいた奨も、すでに息が上がり、体がこれ以上の戦闘継続困難を訴え始めている状況。それでも明奈は何も言わなかった。明人と同じように奨を最後まで信じると決めている。
「ここまでだな。癪だが、剣技を含め戦闘力は目を見張るものがあると認めよう」
一方で閃の方は疲労は全く見せない。体に傷は全くと言っていいほど入っていない状況で相手をからかう余裕がある。人間と〈人〉は体のつくりが違う。そこは上位種である〈人〉が圧倒的に優れていて、体の運動機能も例外ではない。
奨の闘志は未だ消えてはいない。しかし、闘志だけで覆るような状況ではない。
このままでは、デバイスの戦闘支援データをすべて使っても、奨は閃を倒すことはできないだろう。
源家の次期当主、そしてその弟の話は島国の倭本土でも有名だ。八十葉の右腕にして領内最強の剣と槍。〈人〉の社会の中でも畏怖されている。
故に、いくら傭兵として腕を磨いてきた奨でも、苦戦は当然だった。
(このままじゃ守れない。使うしかない。腕輪を)
奨の体に一瞬悪寒が走る。以前味わった体の変調、体の内部を一つ一つ強引に改造されているような気持ち悪さと痛みが襲い3日ほど動けなかったことを思い出す。
しかし今この命は1人だけのものではないことは自覚していた。だからこそ、今まで外ではずっと見せなかった右腕を開放する。
腕についているもう一つのデバイスに意識を集中した。明人がかけていた封印を解除した。
奨は何かを呟き、想像すると戦闘訓練場を囲むようにして透明度の高い結界が張られる。それは訓練場の外からの敵の侵入を防ぎ中からの逃亡を許さない、穴のない完全結界だった。
閃は一瞬で異変に気付く。
(結界……この状況で、俺と正面衝突で戦うつもりか?)
そしてさらに重要なことに気が付いた。そちらは驚きのあまり声に出ていたが。
「待て、訓練場を囲うほどの結界、テイルが1万は必要だぞ……?」
奨を見る。そこで、閃は気が付いた。奨の腕、いつの間にか長袖の上着は脱ぎ捨てられ、肌が露わになっている腕に、見覚えのある腕輪がつけられていることに。
それは襲撃者がつけていたのと同じ人間を〈人〉に変える魔器。
発動したら体質を〈人〉のものに変え、テイルの粒子数を〈人〉と同等に増やすことができる力。奨の腕に装備された銀色の腕輪は夜闇を祓うかのうように煌めいている。
「貴様……それは!」
「勘違いするなよ? これは襲撃者のものとは違う。故郷で死んだ莉愛先生の形見。お前ら〈人〉と戦う兵器でもある」
奨が持っていたはずの短剣は、その姿を消し、
「借りるぞ。〈惨華〉」
その手に一振りの美しい打刀が握られた。
閃はその名を聞き、脳の奥底に眠っているある書物の記述を思い出した。
6年前、関東近辺を支配していた北条家の当主、北条時臣を殺したのは1人の女性の傭兵であり、その者が扱った妖刀が〈惨華〉よ呼ばれる武器だったと。
「お前ぇえ!」
閃の表情は余裕を見せていた今までと一変し、すぐに奨を止めるべく行動を起こした。〈白閃〉を使用して、刺突による光線で、奨を貫くため撃ちだす。
奨はただその刀を光線を受け止めるために前に差し出しただけ。しかし、いままで猛威を振るっていたはずの〈白閃〉による破壊光線は、その刀にぶつかるだけで2つに割れ、奨に当たることなく拡散した。
「な……!」
その様子を見る奨の目は異様だった。今まで黒が多くを占めていた瞳は、澄んだブルーのグラデーションを瞳から広がるように描いている。
その瞳に見られた瞬間、閃は体に異常が起こるの感じる。まるで足がしびれ、動かなくなったような錯覚。
(錯覚……だ。瞳を見るだけで影響を及ぼすなどというものは、魔眼の呪いの類だ。テイルは元々肉体として完成している目の性質を変える力はないはず)
しかし、足は動かない。閃が自身に起こった説明し難い現象に混乱する間に、奨は刀を構え、そして閃に近づくことなく振り上げる。
予想されるのは、刀を用いた斬撃を飛ばす〈撃月〉を例とする遠距離攻撃。しかし、それ等の攻撃はシールドを簡単に割る力は持っていても、閃の剣を割る力は持ってない。
閃の使用する剣は完全オリジナルの一級品であり、さらにそれに〈白閃〉を乗せることにより高威力の斬撃を出すことのできる武器。
閃は奨の放った斬撃を迎え撃つため白く輝かせた剣を構える。
奨の攻撃は様子がおかしかった。〈撃月〉の類であれば飛ばされた斬撃が風を切る音がするはずで〈発刃〉であれば相手が斬るのと同時に斬撃が発生する。しかし、どちらの条件にも当てはまらない。
そんな違和感を閃が感じた直後、彼の目の前で急に、色のない何かが大気を割る音を目の前で響かせ始める。
「な……」
それは間違いなく飛ばされた斬撃だった。しかし、すぐ近くになるまで閃は飛んできた気配に気が付かなかった。
そして驚くべきはその威力。〈白閃〉を使用した斬撃をもってしても斬り裂くことも弾くことも叶わず、衝撃波は徐々に閃を斬り裂こうと、閃の抑えの剣を押し込んでくる。
先ほどの撃ちだした直後の静寂が嘘のように、エネルギーの拡散よる暴風と耳を貫く轟音を伴い、閃を追い詰めていく。
「ぐ……おぉ……」
奨の一撃の威力に負け、徐々に押し込まれ、弾くことすら不可能と悟った閃は横に跳んで躱した。斬撃は閃と通り抜けて奥まで。森の木々を容赦なく、斬撃に籠められたエネルギーが霧散しきるまで両断し続けた。
(あの〈惨華〉から放たれる斬撃、あれは危険だ……!)
奨の奥の手。それが凄まじい斬撃波を放つ日本刀。これにより閃が力負けで敗北する確率は大いに高まった。
先ほどまで呼吸が荒かった奨は、腕輪を使ってから、呼吸は整い再び臨戦態勢に入っている。
奨は再び剣を構えた。そして閃を見る。その顔に閃は恐怖する。ただ目の前のを斬るだけ、閃を敵ではなくモノとしてしか見ていない冷酷な目。
「ぐっ……!」
再び足に襲い掛かる凄まじい痺れ、これで閃はまた奨が仕掛けるだろう攻撃を、受けざるを得ない状態に追い込まれる。
「ならば……!」
閃は奥義となる戦闘データを使用する決意をした。〈白閃〉を使う際に比べ、10倍ものテイルを使用する。
剣はまるで封印を解かれた竜の咆哮とでも形容すべきな咆哮を上げ、閃の剣は光るに止まらず白の雷を纏い、雷がほとばしった先を強固な戦闘場の地面を焼き焦がしていく。これが撃ちだす準備で剣にエネルギーを宿している状態。
源家次期当主の全力。次に放たれる白き裁きは着弾して爆発を起こせば、島の8分の1を吹き飛ばす大爆発を起こせるほどの火力がある。
閃は己の最大火力を引き出すその戦闘支援データの名は〈白閃〉の進化体として、〈白源閃光〉と名付けられている。
奨は逃げない。あくまで剣を構え、攻撃を続行する気だった。
(奴ごとあの剣は、葬り去るべきだ。ここで!)
閃は剣を突き出すため、腕に力を込めた。
瞬間。
「なに……?」
こちらを向き、剣を構えていたはずの奨が姿を消していたのに気づく。
奨はその時、閃の背中を超え、後ろに居た。
閃は慌てて振り返る。
その時、源家次期当主を自負するまでの男が正気を失いかける出来事が起こる。
右腕が体の動きについてこなかったのだ。まるで、胴体から腕が切り離されたかのように。
――比喩ではないと気が付くのに時間は要さなかった。
源閃は勘違いしていた。
奨が腕輪の力を使い、〈惨華〉を振るうときの本当の脅威を。
確かにその刀は閃を圧倒するほどの攻撃力を有する。
しかし〈惨華〉は本来、剣の振りや戦闘中の移動などの、使用者の速さを飛躍的に上げる妖刀。
奨が初めに力を誇示したのも、腕輪の力で変質した目で行う、テイル消費の激しい威圧の邪視を使って動きを封じたのも、閃を力の比べ合いに誘導するため。
多少の隙を覚悟でエネルギーの集約が必要な攻撃を選んだ閃のその隙を狙い、奨は妖刀により得た速さで接近、右腕を狙ったのだ。
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