第38話 mercenary and prince「太刀川奨 VS 源閃」

 人類では到達しえないはずの速さの世界で、自分達を走って追ってくる源閃の姿が映る。


 そんな馬鹿な、と奨ですら一瞬思った。しかし、見覚えのある剣を片手に、不敵に笑みを浮かべながら迫ってくるのは間違いなく、遥か後方に置き去りにしたはずの源家次期当主だった。


 己の足とテイルのみで、走りながら時速180キロメートルのバイクとの距離を詰めてきている。その事実から、閃は時速200キロメートル弱で奨を追いかけているとうことは明らかだった。


 閃は源家、冠位の中でも仁家という高い位にいる男。奨は舐めていたと反省する。〈人〉を人間と同じ尺度で測ってはいけなかったと。


「奨! もっと速く!」


「無理だ! これが最高速だ!」


 追跡の魔の手は口論の猶予すら許さない。速度を全く落とさないまま、剣を地面と水平に構えると。ビリヤードの球を撃ちだすように、白く輝く剣から己の走る速度の2倍の速さを持つ光線を撃ちだす。


 あの速度でありながら操る剣技に衰えはない。雷の如き速さで伸びる白糸は、間違いなく奨のバイクを貫こうと向かってくる。ハンドルを左にきり辛うじて躱したが、奨は源閃の評価をさらに上方修正せざるを得ない。


(地面が溶けてる……!)


 恐ろしい熱量を擁する攻撃を、次は2発連続で撃ちだしてきた。やはりその動作で追ってくる速度が落ちた気配はない。徐々に追跡者の姿は大きくなっていく。このままではいずれ追いつかれる。


 追ってくる二閃目。これは一寸横を通過する。奨は顔をしかめた。


「動きが読まれている! もう逃げられん! 飛び降りるから〈抗衝〉で身を守れ! 明人、明奈を死ぬ気で守れよ!」


「やる気なのか!」


「それしかない! 俺から離れるな!」


 合図は必要ない。ここからは最速で動いた。明人は明奈を抱え、3人は飛び降りた。直後、バイクを光線が貫き大きな爆発を発生させる。


 轟音。そして爆炎と多量の煙が巻き起こった。飛び降りの衝撃を綺麗に相殺できたのは、並外れた2人の傭兵のとしての経験とセンスが光った瞬間と言える。


 敵の狙いはその着地の瞬間。源家次期当主の刃は一直線に明奈を狙いさらに加速。地と平行に走る隕石となって標的へ追突する。


 もはや勝利以外に自身が望む道は歩めない。奨は短剣を実体化させ、明奈に迫った剣戟を力づくで何とか弾き飛ばした。


 爆発と2振りの得物の激突音が重なり轟音が届く。耳をつい両の手でふさぐ明奈の目の先には向かい合う2人。


(先輩……! 死なないで……!)


 この先どちらかが敗北し跪くまでこの戦いは終わらない。明奈はただ祈るしかできなかった。


 閃は奨がようやくやる気になったことに狂喜。目を大きく開き、白い歯を見せ、口の端が裂けてしまったかのような悪魔の笑みは、明人と明奈を震え上がらせた。剣を向ける。


「人質がいるとやりにくいだろう?」


「貴様がそうしたんだだろう」


「当然だ。俺は手加減と慢心はしない」


 ――剣戟の応酬が幕を開けた。音のない夜の街、空気が2人の剣戟の起こす空気の振動で震える。


 示し合わせたかのようなタイミングで、爆発が各地で起こり始めた。街に出た戦闘員が襲撃者と戦闘を始めた音だ。


 彼らは中央の道路で起こった爆発もその1つだと割り切り、特に気にすることはないだろう。そこで行われている戦いが決して襲撃者との戦いではないことを知る者はいない。


 突を躱し、薙ぎを捌き、迎え撃つ傭兵は手に持つ短剣で確実に敵の腕を狙う。


 対する高貴なる剣士は、その細身の剣の動きに制限はなく、自在に動き刃を持ってその攻撃を止め、命を狙う敵に再び挑みかかる。


 高速で放たれた3回の剣戟。短剣が器用に弾く。間髪入れず細剣による2回の刺突を躱し、今度は奨による猛撃。閃はすべて剣で弾き切った。


 明奈は初めて見た。それはあまりに人間離れしている剣技と体術のぶつかり合いだったから。


 短剣を使う太刀川奨、そして細身の剣を使う源閃。2人の剣技はほぼ互角。10秒に15回以上の剣の激突音が鼓膜を震わせ、明奈の頭と心を震わせる。


 明人は初めて見た。奨がここまで苦戦する姿を。これまでの旅の中で圧倒的な力を持つ〈人〉は何人もいたが、ただ単純に剣技と身のこなしで相手を制せないことはなかった。それが奨の武器だったのだから。


 2人がただ見ることしかできないのは、介入しようとしても動きが速すぎてできないからだ。下手に援護を加えれば、自分達を庇っている奨に被害が及ぶかもしれない。


 互いは、より速く、より強く、より鋭く速攻で相手を倒すために剣を振るったものの互いにまだ生きている。


 先に動いたのは閃。剣に光を宿した。先ほどの光線と同じ色だが、今度はビームを放つ様子はない。


「〈砕刃〉……!」


 奨の剣に対し、閃が持つ剣が放つ白い光なのだが使っている中身は違う。名を〈白閃〉。その効果は剣の振り方によって変わる。刺突と共にレーザーを放つこともあれば、斬撃の場合は、斬撃の威力と剣速をさらに跳ね上げることができる。


 〈白閃〉を伴った高速の連続斬撃。〈砕刃〉で増大した短剣の力と〈白閃〉で剣に宿った威力は同等で、どちらかの武器が衝突により壊れることはなかったが、奨はその攻撃を無傷で受けきるほど速くは動けない。


 3撃打ち合った時点で体が追いつかないと判断した奨は方針を一瞬で変える。致命傷になる剣戟だけ弾き、肌を斬り裂く程度の斬撃はできるだけ傷が浅くなるよう体を動かし、受ける損傷を最低限にした。


 〈白閃〉の効力はそれだけではなかった。連続斬撃と同時に剣先で描いた印が斬撃の直後空中に浮かび上がる。


 その印は発光と共に爆散し、白い炎と共に、この地に大きな破壊の痕を穿った。


 爆発に巻き込まれた奨は白の炎と煙の立つ中へと姿を消す。


 油断はしないという言葉は本当で、仕留めたかをレーダー画面を空中に展開して確認。まだ目の前に生命反応がある。その反応はすさまじい速さでこの場から距離を取っている。行き先は真っすぐ。


「まだ生きてるか」


 閃は、〈爆動〉を使い、高速で逃げる逃亡者を追う。






 源流邸。源家本領の入り口に近いこの場所に3人は逃げ入ってきた。


 後ろから〈白閃〉を使われ、さらに曲がり角を壁でふさがれたから、真っすぐ言った突き当りのここに入るしかなかった。何度か目撃する限りでは、並みの品質のシールドで遮断することは不可能、奨はその威力をそう予想している。


 高台にある源流邸は、長い階段を上った先。およそ100段の階段を〈爆動〉を器用に使い高速で登ってきた奨だったが、それでも閃から逃げ切るには遅すぎる。


「はぁ、はぁ」


「明人! 油断するな、上だ!」


 上。気配を感じた時にはもう遅い。空中から、剣を奨に向け墜落してくる閃。階段100段分の高さを軽く超え跳躍して来た。当然墜落に付き合うつもりはなく、奨たちは閃の突撃から逃げる。


「明人、お前はとにかく閃と距離をとれ!」


 墜落した閃は止まることなく、容赦なく追撃を掛けてくる。剣は白く光っているのを見て、奨も再び〈砕刃〉を起動し、威力負けでの武器破壊を予防しながら、自ら率先して相手をする。


 初めの刺突を躱し、2回の剣戟を弾き、その後の攻撃も凌ぎながらさらに後ろへと飛んで躱す奨。


 源流邸を後ろにすることで、〈白閃〉の光線を撃たせないようにすることを考える。


 しかし、閃は迷いなく距離をとった奨に向けて白き破滅を放ってきた。光線は綺麗に建物貫き、中のものを貫き、熱により爆発と火災を発生させる。


 源流邸から逃れようにも、白い光の壁が行く手を遮り、閃から逃れようとする奨達3人は結果的に源流邸に裏から続く本家敷地内へと誘導されていく。


 敷地内は人工林がしばらく続いている。昼まであれば木々特有の心地よい香りを楽しめる場所だろうが、日の沈んだ今は地獄への入り口であることを示唆するかのように、葉が動き騒いでいる。


 真っ暗な夜の林や森の中を走っても、これで何かにぶつかるという恐れない。(色視)を使用しているからだ。目の近くにテイルのフィルターを張り、自分の視界の空気以外のものに色を付け見やすくしている。


 閃は〈白閃〉を使用し、木々の幹を溶かし、葉を燃え上がらせてなお後ろから猛追をかける。


 侵入者を知らせるサイレン。


「俺が追っている。すぐに消せ」


 閃の命令により、サイレンはすぐに消え、閃がそのまま追ってくる。多くの兵がいると予想される本家まで追いつめられるわけにはいかない。奨はもはやどこかで正面衝突で閃を倒すしかない。


「明人。あの手で行くぞ」


「通じるか?」


「このままではいずれ追いつかれる。やるしかない」


 奨は(撃月)を使用。閃と周りの木々を見境なく、追ってくる閃の進路を塞ぐように木を切断した。


 閃は木に当たらないようにするため、やや遠回りをするしかない。一瞬で木に阻まれても追跡が可能な道を判断。もうすぐ見えなくなる奨を逃がさまいとすぐにまた走り出した。


 木が倒れ、その衝撃で落ちている葉や小さな枝が宙を舞い、閃の視界を塞ぐ。


 先ほどまで捕えていたはずの奨が消え、一発の発砲音が人工林の暗闇を貫いた。


(銃撃か)


 閃はすぐさま弾がどの方角から来るかを察知する。しかし、それとは別にもう1つ、音もなく物が迫っていた。


 それは短剣。白く光っている。銃撃が前方から来る閃の後ろ、上の方向から飛んできたのだ。閃はそれにも気づくが一瞬遅い。刃は閃の10センチメートル以内に接近していた。


 短剣は確実に、閃の背中に刺さる。銃撃との挟み撃ち。


 ――はずだった。


 短剣は何かに弾かれるように別の方向へと飛んでいった。対装甲車ライフル弾と同等の光弾も同じ不可解な挙動をしたせいで、閃は何もせず無傷だったのだ。


 閃は止まり、短剣が飛んできた方向へと向き直る。太い木の枝の上に捕まっていた奨に向け賛辞を贈った。


「いい作戦だったな。だが悪いな。俺に生半可な飛び道具は通じない。加護を身に着けているんでね」


 奨と明人が再び姿を現す。しかしその足取りは慌てて走り出したおぼつかない足取りだった。


(この先は本家戦闘演習場か。そこで王手だ)


 閃は戦いの詰めをそこで行うことに決め、再び奨を追い出した。

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