第25話 she wants the hero「先輩助けて」

 源閃は目の前の敵に興味を示さなかった。述べたのはただ一言、それも明奈に向けてだ。


「いい勉強になったな。40……いや、明奈といったか。これが戦争だ。宣戦布告などない。自然災害のように人間や〈人〉の命を奪っていく。お前の主もまたこんな戦争をする蛮勇な職に就いているということだ」


「先輩を蛮勇……?」


「人間では〈人〉には勝てん。どうあっても。今不快だという顔をしているな。これは事実だ。お前の先輩は、ただ運よく生き残ってきただけだろうさ」


 そのつもりはなかった。明奈はすぐに謝ろうとするが、

「謝る必要はない。主の悪口を言われその顔になることは正しい。その点は誇るがいい」

 閃は明奈の返しの言葉も待たずに敵と向かい合う。


「俺を舐めているのか。源家のお坊ちゃま?」


「雑兵風情が吠えるな。源家の人間を数人始末した程度で、思い上がりも甚だしい」


「へえ、なら、すぐに俺の前に無様を晒すことになるな」


「なに?」


「砂ってのは、固まっていれば見えやすいが粒だけでは見づらい。空気中に漂っている粒を少しずつお前の体内に入れれば、体内で、俺の砂は刃となり、腹を掻っ切る」


 こういうふうにな! とは言わなかったものの、目を見開き今にもそう叫ぶのではないかと言うくらいに自信たっぷりな顔で、手で印を書く。


 何も起こらない。


「何……?」


「なんだ、大道芸は失敗か。呆れて物も言えんな」


「なぜ?」


「所詮は人間と共存するなどという戯言を並べる八十葉家の家臣、だと甘く見ていたのならここで死ね。無礼者」


 閃が持っていた剣が白の光を帯びる。


 明奈が見えたのはそこまでだ。春に連れられ、戦場となったその道を去った。その直後、凄まじい爆発が数度起こり、30秒ほどで騒ぎは収まる。


 源閃の勝利を、春も、明奈も疑わなかった。


(源家が、戦場になるなんて……)


 先ほどまでは危機的状況に置かれていて感じ取りにくかったにおいと音。煙は焼け焦げたものを運んできていて、それが鼻につくと肺まで腐りそうな汚染の匂いが漂う。爆音と人々の悲鳴は自分が被害者でなくても恐怖を掻き立てる。


「怖い?」


「いいえ。大丈夫です」


「ふふ、強くなったね。本当に、奨がいい師匠なんて考えづらいなぁ」


 春はこの緊急事態に似つかわしくない笑みを浮かべる。


 源閃の言う通りに被害のない迂回路を通る中、道中にはしばしば倒れている敵の死骸があり、明奈に戦場の残酷さをまざまざと見せつける。


 虫の死骸ではきっとそれほどの感想を抱かない。しかし人間の屍というだけでそれはあまりにも悲惨なものだ。すれ違い、明奈の頭には、ふと、考えがよぎった。


(〈人〉にとって、虫の死骸のようにしか見えないんだ。これが。普段も同じ。だからこうやって人間と少し〈人〉が共同生活をしていても、巣を少し踏み荒らしたとしか思わない)


 八十葉家や源家がどうかは置いておくにしても、自分たちは虫の分際で〈人〉に仕えようとしているということ。


 それはあまりにも無謀なこと。過去に一度だけ学校生活のことを先輩に詳しく訊かれたことがあり、その時に明奈は明人が英才教育だと断じていた。


 この人間には〈人〉にとって利用価値があるのだと証明し続けなければ、死ぬしかない。


 それは人間という生き物ではない。モノだ。人間はそんな世界で生きることが決定されている世の中で生きていかなければならないのだ。


 絶望が蘇ってくる。


 だからこそ希望が潰えていてほしくなかった。春の後ろをついて行きながらただ明人と奨が無事でいてほしいと思ったのだ。


 大通りを曲がりいよいよ細道に差し掛かろうとしていた。もう少しすれば、また宿の近くへとたどり着く。幸運にも建物を破壊するような攻撃は先ほどの〈人〉のみが行っていて、物質的な被害はほぼない。


「ここまででいいです。後は宿はすぐそこなので」


「ダメよ。最後まで送らせて。今は特に危ない状況なんだから」


 そう言いながら、明奈を最後まで送ろうと、前を見る。


 行く先に一人の影。


 それもフードで顔を隠し、目を仮面で隠すという徹底ぶり。これを見て怪しくないという人間はいないだろう。


「人間狩りのお膳立てをしてあげたのにあいつは失敗したのか。こう見つかっては陽動の意味がない」


 次の瞬間。


 その男は一瞬で距離を詰めた。明奈が、〈爆動〉を使ったんだ、と考えた時にはもう遅い。明奈を庇うために前に出た春が蹴り飛ばされる。


 防御は間に合わず、その一蹴をまともに受ける春。横に飛ばされ、建物の壁に叩きつけられる。


 何とか意識は失わなかったものの、立ち上がろうとしてもうまくいっていない様子。明らかに体に大きなダメージが入っているということ。


「明奈、逃げて!」


 ここで明奈の未熟さが明るみに出る。体が咄嗟に動かなかった。


「すまないね。一緒に来てもらう」


 明奈の腕を力強くつかむ左手には腕輪型のデバイスが銀色に輝いていた。


「いや!」


「そうはいかない。君を連れていくのが任務なのでね」


 襲撃者だ。それも源家の招待客を遅い、源家教育機関の卒業生狙うという、件の犯人の首謀者。


 その手が明奈に迫る。手の親指と人差し指の間に、電気が閃いている。スタンガンの代わりで、直撃すれば失神することは目に見えている。


「明奈!」


 春の叫び。それでも明奈は恐怖から動けない。意識はしても体が硬直したままだった。


 もうだめだ。明奈は覚悟する。


 その時。炸裂音が夜の闇を斬り裂くように響き渡った。


 襲撃者は徐に飛び上がり明奈から距離を取る。その一瞬後、地面に強力な光エネルギーが衝突し、火花を散らす。


 春の代わりに、その男に立ちはだかったのは、指だしグローブを着用しやや大きい装填自動式光弾銃を持つ男だった。


「明人先輩……!」


 明奈の目からは自然と涙がこぼれ始める。心の中では救いを求めていたのだ。それが叶ったことへの喜びが溢れる。


「怖かったろ?」


 明奈に目を向けないのは未だこの場に残る敵を見据えてのこと。わずかに息があがっているのは、ここまで急いで来た証拠だった。


「君は必ず守る」


 正体不明の襲撃者は何も言わず、今度は武器を構える。細身の黒い刃の剣、それを右手と左手に一本ずつ。衝突は避けられない。

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