第24話 noble assailants「夜間の襲撃」

「そろそろ、時間かしら。ありがとう付き合ってくれて」


 夜の闇の中で話し声はたった2つ。島の街の中心の大路から離れるほど、夜間は照明も少なく暗い。


「ええ。その用で安心」


 ――突如、静寂が破られた。遠くで爆炎が上がった。煌々と闇を燃やす炎は通常の赤ではない。黄色。それは明らかに事故では起こりえない異常な炎だ。


 あまりに突然なことで明奈は思考停止する。その一方で春はやはりこの手のアクシデントに慣れていた。


「襲撃かもしれない。明奈ちゃん。走るわ。しっかりついてきて」


 続けて、今度は運が悪いことに、すぐ近くで爆発が起こる。先ほどの静寂はどこへやら、耳に入り始める悲鳴と怒号。そして金属や何かの生物が吠える音まで聞こえはじめ、騒音がものすごい速さで大きくなる。


「襲撃者? 今までは暗殺に近い手法だったのにこんな!」


 春の後ろを走る明奈も春の慌てようは今まで見たことないレベルだった。


「閃様。いったい何が。……敵襲? でも結界はこの前見直したばかりです。ここまでくるともう内通者がいるとしか。はい、明奈ちゃんを戻し次第すぐに合流します。ご武運を」


 ご武運。その言葉は戦いが起こるという予兆だ。もとより煙は立っていた。今まで謎に包まれていた襲撃者が本格的に動き出した可能性は十分にある。


 徐々に爆発、そして何らかの戦いの音が明奈の耳に入ってくる。実戦というのはこんなにも突然に始まるのか、と明奈は驚きを隠せない。


 春の手に奨が使っているものと似た短剣が握られた。明奈には一目でそれだと分かる。なぜなら、明奈もまた、その短剣を訓練の時に使っているからだ。


「追われている。右に曲がるよ」


 曲がった直後自分が今まで立っていた場所を黄色の発光物体が通過する。


「麻痺弾。当たったら動けなくなる。必ずシールドで防いで!」


「はい!」


 それを了承したとして、いかに訓練を重ねているとしても、社会に出て1か月の子供に攻撃を防げと言うのは無理な要求だ。頭上から襲い掛かる麻痺光弾を、八角形の紫障壁で阻んだのは春だった。


「上も下も、油断は厳禁。走るわ」


 光弾での制圧が無理だと悟った敵が猛追。真っすぐ宿には向かわず、道を何度も曲がっているのは〈爆動〉による高速移動から身を守るため。真っすぐでは相手も高速移動をしやすく、追いつかれる可能性を上げてしまう。


(速い!)


 夜の街で耳を刺す轟音が断続する街を猛スピードで駆ける。視界の明度が足りない中でも迷わずぶつからず、行き止まりにもいかない。春がこの街を良く知り尽くしている証だった。


 敵は光弾で押さえられないと判断したのか、仲間に連絡をする。


 それが先回りだと気が付くのは、明人が留守番している宿へとあと100メートルへと差しかったところだった。


 空間を破る閃光。スタンガンではなく、相手を気絶させる電撃を放つ警棒を振りかぶり、曲がってすぐの春を待ち伏せしてた。


「〈影鎖スキアード〉!」


 春はそれに触れることはない。デバイスである腕輪が光り、壁から紫の鎖を3本呼び出すと、その鎖で手と動くための足を縛り上げ封じた。


 後ろから同様の武器を持って今にも追いつく2人。狙いは明奈。春は同じ方法で1人の動きを封じるが、もう1人はそれを器用に躱し、明奈へと襲い掛かる。


「あき――」


 遅い。最初に明奈が感じたのはそんな感想。これまでの訓練は彼女に力になっていたのだ。攻撃をかわし、自然な動きで距離をとる。


「偉い!」


 すかさず、春が明奈に襲い掛かった1人を縛り付ける。


 未だ脅威から逃れられたわけではない。深呼吸をするまでもなく、次の刺客が現れる。


 しかし春が対応するまでもなかった。光弾の雨、直後の剣舞で明奈たちを襲っていた敵を討伐し、源家の守衛が2人到着したのだ。


「春。平気か?」


 顔面をカバーする兜を装備しているため、体格から男女のペアという以外に、明奈にはどんな人かは分からない。


「ありがとう。護衛を頼みたい」


「その子を送り届けるのだろう。さっき連絡を聞いた。既にここらも襲撃が過激化している。行こう」


 どちらの声かは高さで聞き分けるしかない。男性の方が先ほどの達人芸を見せた兵士で剣を持っている。つまり女性のほうが光弾を放った兵士だということだ。


 襲撃の過激化。明奈は宿にいる明人が心配になる。表情に現れていたところを張るが鋭く察し、

「大丈夫。君の師匠は強い傭兵でしょ。すぐには死なないわ。行けば間に合う」

 明奈に声をかけた。


 弟子が師匠を信じないというのはもってのほか。明奈は春の意見に賛同し希望を捨てることはしなかった。


 戦場は残酷だ。その希望を打ち砕くかのようにして悲報が舞い込む。例えば、目の前の建物を貫いて、伸びる流動体の槍が守衛3人を貫いて現れる。目の前で起こっているような惨劇。


「ひっ」


 明奈が恐怖を感じ声を上げた。その槍はまるで朽ちたかのようにボロボロと崩れ、死体が地面に投げられる。それを受け止め、その手に噛みついているのが人型だとするならば、それは人間ではない。


「お、ようやく女がいるな」


 守衛は武器を構える。春はあくまで明奈を庇うように立ちはだかった。その背中で視界がふさがれないよう、明奈はほんの少しだけ顔を春の横に出す。


 それは傲慢さがにじみ出ているから感じ取れる。人間の敵である〈人〉だということを。


「雄は死ね、雌はもらってやる」


 ストレートにその〈人〉は、人間である源家の士官3人の逆鱗に触れる。


「殺す……!」


 〈人〉の後ろに巨大な鉄色の砂でできた塊が浮かび上がる。立方体のそれはやはり想像によって生み出された創造物。


 そこから蛇が生まれ出た。砂でできた蛇は頭を槍の矛先として、空中を泳ぎ、男の頭と心臓を、女に対しては足の付け根を目掛け突撃してくる。


 女性衛士は空中に光弾を生み出し発射した。エネルギーを保持する光球を宙に浮かせ放つこの射攻撃は、弓、銃に並びもっとも基礎的な射撃方法。先日、源流邸で華恋が行っていたのもこの攻撃方法の練習だ。


 衛士が放ったものは、明奈が源流邸で見たものよりはるかに弾速も速く、それぞれが違う狙いに向け放たれている分、訓練生とは歴然とした差を示すものだった。


 蛇の半数が弾によって砕け、砂となり地面に落ちる。残りの半分は守衛の男が全て切り落とし砕いた。


 〈人〉は笑う。それは勝利の笑み。


 落ちた砂は再び形を変え、大軍で襲い掛かってきた先ほど小ぶりの蛇よりも一回り大きな蛇となり、今度は頭をそのまま、衛士と後ろの春へと襲い掛かった。その数は15を超える。


「敵を撃て」


 命令を受け守衛の女性は敵を狙い続ける。隙を晒した女性に向け蛇が襲い掛かるものの、男の凄まじい剣戟と、彼が使った、斬撃を任意の場所に発生させる基礎剣技の1つ、〈写刃しゃじん〉で多くが斬られ、残りは春の鎖で止められた。


 女性が撃った射撃を〈人〉は砂でつくった壁で止めたが、女性は〈人〉を逃がすまいと圧をかけ続ける。


(すごい)


 これまでの経験から、明奈は〈人〉は傲慢だけでなく強大であることを理解していた。その相手にも一歩も引けを取らない姿は、さすが源家の守衛隊だ、と感心の意を隠せない。


 舌打ち。敵方の殺意が膨れ上がった。


 煙が一気に浮き上がり、拡散し、砂煙となって視界を奪う。互いの味方の場所も見えない。


 その中で唯一、敵である〈人〉は音もなく近づき、砂を固めて作った刃で女性守衛の足を切り落とそうとした。


 女性守衛は間一髪でそれを回避するものの次はない。春も目に砂が入ってしまったのかうまく鎖の狙いを定められない。


 女性守衛は悲鳴をあげなかった。なぜなら――既に次の手を打っているからだ。


 〈透化〉で姿を透明にし、〈忍歩〉で音を消す。テイルによる戦闘補助技をフルに使って、男の守衛が〈人〉の後ろに姿を現した。その剣の刃は既に敵の首に迫っている。


 そして決して逃がさまいと、女性守衛の撃った光弾が、敵へと挟み撃ちになるよう迫った。


 ふと、明奈は思い出す。油断と言うのは自分が優位になる状況で起こる、という師匠の格言を。

 

 まさにその油断を突いた一撃だった。剣は喉を斬り裂き、光の筋は体のいたるところを貫く。テイルでは体を強化できない。攻撃は当たれば殺せる。


「よし……」


 春が一言。


 ――異変はすぐに訪れた。手ごたえがない。そこに血は流れない。


 突如、2人の地面からさらに一回り大きい蛇が現れ、2人のももを噛みちぎった。


「が……!」

「ああ!」


 その場で崩れ落ちる守衛の2人。その奥で、ただ笑みを浮かべる〈人〉の姿が。


「腕はいい。工夫もある。戦える人間は生意気で好まないが、使いようがあるという点でマシな存在だ」


 それは嘲笑だった。


「だが俺は〈人〉なんでな。俺からすればお前らは弱すぎる」


 一瞬でひっくり返った。


 明奈は実感した。戦いというのは、残酷だと。先ほどの師匠の教えは、逆に味方を滅ぼした。この状況、先ほどようやく持てた希望はもはや粉々に砕け散っていた。


「さて……」


 息をのむ春の前に、今度は人間2人を容易く飲み込めるほどの大蛇が砂でつくられた。


「もう一度言う。抵抗するなよ。安心しろ、すぐに狂えばその後は不幸じゃなくなる」


 大蛇はこのまま春と明奈を飲み込むだろう。止められるものはもういない。


 あの大蛇を滅ぼすには〈人〉が持ちうる多大なテイルを使った高火力で消し去る必要がある。春にも明奈にもそれはないことは本人たちが自覚している。終わりだと。


「クソ……」


 邪魔が過ぎる。彼女なら何とでもなるし、ここでこれを使って消してしまおうか。


 すごく小さな声だったため、発言者が男か女かもわからなかったものの、明奈は確かにそう聞いた。


 次の瞬間。春はシールドを張る。直後、大蛇を貫く白い一筋の閃光が墜落。


 地を穿ち、その場の生命を灰へと変える勢いの爆炎が叫びをあげた。


 春と明奈視界を大きく奪ったがすぐにそれは晴れた。明奈は爆炎の中から現れたその男を知っている。


 源家の矛であり、次期源家の当主。


「春。ここは俺がやる。彼女を連れて、来た道をしばし戻り迂回しろ。他は全て済ませた」

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