第21話 diary 18-21「明奈の日記」

 日記。3月18日。


 剣術の訓練を引き続き行っているが未だ20球を超えない。上達しない自分に怒りを、そして丁寧にアドバイスを重ねてくれる先輩には申し訳なさを感じる。


 進歩が滞っているとみなされたのか、奨先輩がお手本を見せてくれた。弾を発射するのは明人先輩。


 一言でいえば真似できない領域だ。動きには一切の無駄はない。それどころか赤の球を明人先輩の方に弾き、

「あぶねえだろ!」

「うるせー避けろ」

 とまでできる余裕っぷり。


 明人先輩が足に球を当てられて転んだのは、失礼ながら少しおもしろかった。


 もちろん学ぶべきところは多かった。手の動かし方、振り方等、もっと力を節約して体をリラックスさせながら戦う方法があるのは明白だ。


 何か1つでも真似ができれば、もっとうまくなるだろうか。早速今夜行う素振りから、その動きを真似てみることにしよう。



 追記。


 夜1人で外で素振りをしていると、通行人がいきなり襲い掛かってきた。


 やはりと言うべきか、人間である私が1人夜中に歩いていたら襲い掛かってきたのは〈人〉が差し向けた刺客だった。


 訓練の成果が早くも出てきている。弾速の遅い麻痺弾を剣で防ぐことは容易かった。そして奨先輩が異変を察知したのか、ここに来てくれた。


「明奈。危なくなったら遠慮なく呼ぶんだ。いいな」


 そう言って私を庇うように立ってくれる。飛来する武器をすべて短剣で打ち落とし、一瞬で相手との距離を詰め、その短剣で止めをさした。美しささえ感じる剣舞から一瞬で片が付いた一連の動きは芸術的とさえ思えるほど。


「大丈夫だったか」


 先輩の体には傷一つない。やっぱり奨先輩は格好いい。いつかはあんな風になれるだろうか。


 いや、必ずなっていつか奨先輩のお手伝いをできるようになるんだ!




 日記。3月20日。


 今日はデバイスのメンテナンスの方法を教えてもらった。


 明人先輩から教本を譲られる。先輩はもうほとんどすべての内容が頭に入っているから、もういらないのだそうだ。


 教本の内容は300ページを超えている。その内容が全部頭に入っているとは、明人先輩はすごく勉強熱心だ。


 明人先輩は教本を渡すだけじゃなくて、わざわざ勉強用の教材まで全部用意してくれて、実際にデータの中身を見ながら、文字の説明や文法の説明をしてくれた。


 奨先輩もだけど、お2人はとても優しい。研修のために私用に勉強道具を用意して丁寧に教えてくれる。教育機関の教育係の講義の中では、春お姉ちゃんの話が一番わかりやすかったけれど、お2人の教え方はそれと同じくらい分かりやすい。


 少しやってみて、確かにこれが専門技能な理由がわかる。


 使われる文字や文法は倭の言葉の使い方と大きく異なる。そして他の国の言葉を覚えるのとも少し違う感覚だ。


「こればっかりは慣れるまで大変だよ。それまでの我慢ができなくて、デバイスのあれこれを人任せにする人も多い。でも、だからこそこの技能は手に入れさえすれば、価値のある技能だと思うよ。仕事にも困らないしな」


 キーボードを軽快に叩いて、素早くメンテナンスを終わらせる明人先輩は本当に凄い。毎日、私のものに加え、奨先輩のと自分のをやっているため、毎日寝るのが遅くなっているみたいだ。


 本当はこういうところでお手伝いができればいいなと思う。もっと勉強しなくちゃ。






 3月21日


 弟子になってから早くも1週間。


 今日は初めて包丁というものを使った。最初見た時は武器かなにかかと思ったけれど、実は調理に必要な切る作業を行うためのものらしい。


 左を指は丸めて切らないようにしながら食材をおさえ、包丁を垂直に下ろす。それだけの作業なのに、これが慣れていないと思うようにいかない。


 奨先輩を見ると、ものすごい速さで食材を切っている。やはりこれも練習と経験の差なのだろう。


「何事も練習をすればそれなりになるもんだよ。俺は料理の才能はなかったみたいでね。それでも莉愛先生に2年教わって、その後1年修業してまともになった。そしたら、あそこでぐーぐー寝てる愚か者に料理を振る舞って喜んでもらえる」 


 何事も完璧そうな奨先輩が料理の才能がないというのは意外だった。今の奨先輩からはそんな様子は欠片も感じられない。


 努力。


 先輩は3年努力してこうして大成した。なら私も3年は努力してみよう。努力が報われなくても報われなくても、何か成し遂げたければそれくらいはやらないといけないということ。


 頑張らなければ。それくらい努力すれば、先輩たちを自信をもって支えられるようになっているだろうか。


 今は、とても楽しい。学校で友達と一緒に苦労したときよりも。


 本来、私たち源家の子供は、こんなにも丁寧に何かを教えてもらえないだろう、こんなにも主から与えられないだろう。


 こんなふうにご飯を作ってもらえることはないはずだ。こんなふうに丁寧に教えてもらえていないはずだ。


 本来、源家の子供は人の利益のために使われる道具。主が必要とする時に使われるモノだ。


 確かに八十葉家のように初期研修等を丁寧に行う例もあるだろう。でも普通は、卒業式の夜に見たようにテイルを食われるためだけに使われたり、源流邸で光に殺された人々のように、命令のままに命を賭けさせられるだけ。


 こんなふうに、隣に立ってご飯をつくる手伝いをするだけで、

「明奈、今日も手伝いありがとうな」

 と言ってくれる優しい主は、きっとこの人たちだけだろう。


「おれピーマン嫌いー。奨にあげるな」


「は? 後輩であり弟子である愛しの彼女が作った料理が食えないというのか。クズめ」


「明奈もピーマン嫌いかもよ。苦いの嫌か」


「え、いえ、その……」


「否定されてるぞ先輩、諦めて食え」


 どうしてこんなに優しくしてくれるのだろうか。


 ご飯を前に挨拶をし、箸を持つ。


「そういえば奨、結局どうするんだ。まだ春に会える算段はついてないだろう?」


「まだ源家領土は封鎖されているからこの島からは出られない。だから時間はまだかけられるさ」


「襲撃者の話は解決してないのか」


「ああ。それどころか、人間が誘拐されている数も死傷者も増える一方らしいな」


 源家の子供を狙って、招待客の人が襲撃される事件は未だ進展を見せていないらしい。


 元同級生の被害者は既に15人を超えているという話も聞く。


 私としてはそれだけが今の生活の中で唯一不安なことだ。

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