第20話 Let's cooking「はじめての料理」

 宿に戻ってきた奨は、両手で10キロの米を持っていた。


「この国の人々の心といえば米だ。1週間に1回は食べないと死ぬ」


「死なねえよ。冗談教えるな」


 そんな奨と明人のやり取りから始まったのが料理の研修である。この研修が始まってから、奨の顔は剣術の時からは想像もできないほど、声が弾んでいる。


「まずは何から教えようか。やはり基本からいくのが良いだろう。そうしよう」


 とてもハイテンションになっている奨を見て、明奈はどのように反応すればいいか困惑する。明人もやれやれとため息をついていた。


 相方の呆れには目もくれない。いつもの大人びたすまし顔からはかけ離れ、年相応に弾ませた元気な声で明奈へしゃべっている。


「おにぎり?」


「炊いた米をだいたい三角形にするが、もちろん米を纏めるだけじゃなく、中に具を入れて、お米本来の甘味、旨味、感触とハーモニーを楽しむんだ」


「ハーモニーって、お前が言うと似合わないんだよなぁ……」


 目の前には釜が用意され、長屋にあらかじめ置いてあった調理コンロを用意する。精米はあまり研ぐ必要はなく、汚れをささっと洗い流す形で、後は米を水に浸け然るべきタイミングで火を入れるのだ。


「そうそう。うまいぞー明奈」


 剣術の訓練のときとあまりに変わって、明奈も最初のうちは困惑を隠せなかった。慣れてからようやく奨のアドバイスに耳をしっかり傾けられるようになった。


「海苔は最初にあぶるといい。食感が良くなるぞ。俺が手本を見せるからその後やってごらん」


「……あ、燃えちゃった」


「火傷はないか。もう少し、そう、一瞬でいい」


 顔は晴れやかで、明奈に良いところがあれば褒めまくる。適度な指導や注意はするが、別人じゃないかと思うくらいに態度が柔らかい。


 ちょうとお米は炊きあがり、御釜から白い煙がもくもくとあがる。


 食事の良さを既に知っている明奈はそれを見るだけで、少しドキドキしているのを感じた。鼻をくすぐる


「具も買ってある。よく見ておけ、おむすびは形がととのっていればよりうまいからな」


 奨の見様見真似で形をつくるが、やはり奨とは違い、歪みがところどころに見られる。


 それでも手先は十分器用なようで、明奈が握ったものは形は、初心者にしては十分及第点を与えられるものだった。


「1日の朝に美味いものを食い、1日の夜に美味いものを食う。古代の人々がずっとやっていたことを最近の人々は忘れている。もったいないとは思わないか?」


「はい。毎日、こんな幸せな気分になれるんですね」


 明奈が握った2つ目のおにぎりを明人がかじる。


「どうでしょうか……?」


「うん。いいな。最初からこれならそのうち奨のこともすぐ超えそうだなぁ」


「ありがとうございます!」


 お世辞ともとれるかもしれない。しかし、不思議と明奈はそう思ったうえで悪い気はしなかった。


(そうなんだ。自分が頑張ったことで誰かが喜んでくれるのって、嬉しいことなんだな)


 明人としてはそれに気が付かせるためではなく、本当に気持ちを述べただけだったが、明奈にとっては、大きな発見だった。


 これまで〈人〉に仕えることには失望的な思いしか抱いていなかったが、それを希望と捉えていた華恋や聡のことを思い出す。


(華恋や聡は初めからわかってたのかな……? この気持ちを)


 奨が明人に向けて目を大きく開き見つめて圧をかける。


「ほう……? 言ったな?」


「いやいやいや、マジになるなよぉ」


「俺ももっと修業しなくちゃな。弟子に負けてられん」


「負けず嫌いだなぁ。ったく」


 なんとない話をする2人は笑顔そのものだった。


 明奈は思う。きっとこれまでもそうなのだろうと。戦っていたり、誰かの前で何かを話す時とは違い、2人の時ははっちゃけている。


 自分もいつかこの輪の中に自然には入れる日が来るのだろうか。先輩が望んでいた未来は少なくとも一人前になってからだと、1人気合を入れる。






 次の日。


 主よりも早く起きようと、目覚まし時計をデバイスでつくり3時と4時にセットしていた明奈。


 しかし設定はいつの間にか6時に変更されていて、起きた時にはすでに奨は朝ご飯の支度を始めたところだった。なお明人は眠そうな顔で、自分のデバイスのメンテナンスをしていた。


「よく眠れたようだな」


「す、すみません! その……」


「十分な睡眠は、健康な体作りに必須だ。これから早くても起床は6時にしろ。今から朝ごはんを作るから手伝ってくれ」


「はい!」


 明奈はすぐに動き出した。


(うう、なんだか、先輩たちに甘えてばかりだな、私……)


〈人〉の主が相手だったら、主よりも遅く起きるなど笑止千万の行為だと、閃に激怒されることだろうと、明奈は考える。


 いち早く先輩の役に立ちたい。その思いを徐々に募らせる明奈は考え始めていた。


 必要条件は奨が先日述べていたとおり、まずは邪魔にならないこと。どうすればより早く自分を高め、一人前になって先輩たちと並ぶことができるか。


 朝ご飯の支度を手伝うという内容で、料理の研修の2回目を終えた明奈は食べ終わった後皿洗いを申し出るが、皿もテイルで作ったものなので消すだけで済むのは、テイル文化の良いところだ。


 その後1時間後に源流邸を借りての剣術訓練を行うと言われ、それまで明奈は、考えることにする。今の自分に何ができるか。


 考えた結果、やはりいち早く一人前になることが第一優先だと考え、そのために未熟ながらできることを行動に起こすことにした。


(日記をつけよう。日々の自分の至らなさと、先輩を見てそこから学んだことを書こう)





 その日から明奈は手記をつけることにしたのだ。日記なので、日々の明奈が何を感じていたのかもしっかりと記載されている。


 その中でも、記載された内容量が多い日は明奈にとって実りの多いだという証だ。

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