外伝2-43 今度はお前達の番だ

「なんだこれは」

 先ほどとは違い、恐ろしい形相で部屋の奥にいる妹を、歩庄は見た。

「なんということを。たとえ本家の人間でも許されませんよ。季里」

 そして秘書である真紀もまた、左腕につけた腕輪を輝かせながら、季里に対して報復措置を取ろうとしている。

 季里はそれを見ても、特に感情の揺れ動きはなかった。

「新参のお前に言われたくないわ。真紀さん」

「コントロールパネルは一部の者と本家の者しか動かせない。この状況を作ったのはお前しかない……裏切者が馴れ馴れしく俺の伴侶の名を呼ぶな」

 庄はご立腹で、空圧弾を大量展開して、もはや一片の譲歩もなく季里へ差し向けた。

 さすがに季里は兄の武器くらいどのように対処すればいいか知っている。見えない弾を的確に剣で迎撃した。しかしあまりに数が多く反撃に出ることはできない。

(……弾の中に余計な何かが混ざってる)

 その途中で真紀にも当然気を配っていたのだが、彼女の使ってくる武器のことはよく知らない。そもそも歩庄が彼女のことを大切にしており、戦場に出したことなど一度もないからだ。

(針だ)

 空中に青い円状の盾を想像によって作り出し、その針を受け止める。直後、その針から電気が発生し、電光がほとばしるのが見えた。

 それだけで危険なのが見て取れる。

 空圧弾が来る感覚を埋めるように、小さすぎて目視が難しい針が何本もやってくる。

 すぐにでも首をとってやろうと先ほどまで息巻いていたが、圧倒的手数を前に身を守ることで精いっぱいになってしまう。

「季里! お前は自分がしたことがどれほどの大罪か理解しているのか!」

 歩庄も妹が相手であれば、普段より感情的になっていた。

「歩家は、伊東家より、ここら一帯の管理を任されただけではない。本家の方々や、仁位の保高家の皆様の信頼があり智位でありながら〈発電所〉の所有を許可されている。今やそれが我ら歩家の大きな誇りとなっている。それを貴様は!」

「くだらない」

 兄の熱弁を季里は一蹴した。

「そう思うのは勝手だけれど、それは私の望みじゃない。歩家だって、結局は人間と同じだ」

「それ以上の愚論を庄様に聞かせないで!」

「黙れ女! 〈人〉になって強そうに見える男に傅いた愚物が語るな。私たち〈人〉は人間よりも上の存在だと自負があるのなら、なぜ支配されることを喜ぶ。強い者に縋って生きていくしかないのなら、それは人間と何も変わりはない!」

 庄がさらに怒りのボルテージを上昇させた。

「貴様! 挙句の果てに俺達を人間と同じだと言ったか! それは万死に値する失言だぞ! 季里!」

「私はそんなんで満足しない! 私は〈人〉だ。人間とは違う! 納得のいかない支配の中で生きるつもりはない。何の成長も望まない兄上とともに歩家にいても未来はない。私は! 私ができる本当のことを探す! その結末がたとえ地獄でも、私にはもっと違う可能性があると信じる! 今戦っているみんなのように、未来を受け入れるのではなく、選び取るような生き方をしたい!」

「思い上がるなぁ! お前が最も幸福に生きることができるのは、伊東家に全てを捧げ奉仕をすることだ! その分の対価をもらい穏やかに生きていくことだ! 貴様、随分と連中に毒されたようだな!」

 加速する怒りに伴って歩庄の攻撃は苛烈になっていく。

 季里も徐々に余裕がなくなっていき、遂には頬の隣を弾が掠めるところまで来た。防御が間に合ってない。

 いやらしいのが真紀が使う針だ。あまりに小さい針で見定めるのに集中力を要する。しかし、針にばかり集中していると空圧弾を見逃す可能性が高まる。

 そして、とうとう季里にとってまずい展開になった。

「二度と生意気を言えぬよう徹底的に躾けてやる。なあに体がだめになったら腕のいい人形師に頼んで、新しい体をあててやるさ」

 痛みをもって、という言葉が抜けているのは言うまでもないだろう。歩庄がついに、自分の召喚兵器である2体の髑髏を召喚する。怪しい紫の炎に包まれたその髑髏は、口を大きく開け視の宿るものと同じ火炎を放とうとしていた。

 紫の炎は一度当たればその生物を燃やし続け、体が焼けるような熱を与え続けても体を溶かすことなく、そして消えることのない呪いの一種。

 何より厄介なのが、この炎はシールドにまとわりつき、飲み込み、そのまま止まることなく進んでくることだ。相殺する方法は限られていて、強い風を起こすか、その紫の炎よりも強い力でかき消すかくらいしかない。

「庄様、よろしいので……?」

「構わん。いかに妹と言えど、我ら歩家に仇為す思想は許さん。その愚かな考え事、その脳もろとも燃やし尽くしてやる。なあに、殺しはしない。俺に許しを乞い、もう二度愚かなことを考えないようにするだけだ」

 髑髏が炎を集め始める。その間も季里には引き続き攻撃が襲い対処するだけの時間がない。

(まずい……! 天、まだなの?)

 自分の〈天使兵〉に何とかしてもらう予定だったが、まだ到着していないため季里が何とかするしかないのだ。

 ないのだが。季里にがその、何とかできるだけの手が今なかった。

「愚かね季里。私あなたはもっとも賢い子だと思ってたわ?」

 冷めた目でこちらを見る真紀。それに季里はたいそう腹立たしかった。

「死ね……!」

 髑髏が口を開く。

 季里は目を細め、今にも閉じてしまいそうだった。

 最後に見たのは、見覚えのある煌々と燃える明るい炎。

 赤い炎――。

 季里は目を開けた。

 髑髏に凄まじい勢いで突っ込んだその炎は、季里に放たれようとしていた火炎弾に直撃して大きな爆発を起こす。

「なんだ……?」

 この場の誰もが、その炎の発生源と思われる方向を見る。

「……なんで、昇!」

 季里が叫んだ。もちろん嘘はない。逃げたはずの昇がまた戻ってきたのだ。

「言ったろ。俺はお前の願いに応えてやることしかできないって」

「でも……私は」

「結局は歩家だからお前に助けられる道理はない。とか言うなよ。結局誰も悪くないんだから。それはお前ら〈人〉の正しい生き方なんだろう。だけどお前は、そんな生き方から変わりたいと、俺に、言ったんだ。なら、俺はそれに応えてやる」

「昇……」

 季里は自然に柔らかな笑みを浮かべた。自分に迫る危機を助けてくれたことが素直に嬉しかったから。

「助け損ねたダチを、取り戻しに来たぜ」

 自信たっぷりに叫んだ昇は、次に何故動けているのか理解に苦しんでいる真紀を指さす。

「てめえ……よくも裏切ってくれたな……」

「なんでよ、裏切ったのはあなたじゃない」

「はぁ?」

「私を愛してるなら、黙って死んで、庄様のために全部捧げなさいよ!」

「え……そう言われるのは予想外だ。だけど、それは断る。お前が何をしようと、何を言おうと、俺は最後までやるとも」

 歩庄がこの場新しく現れた人間に凄まじい殺気を向けた。

「おい……なんで立っている。俺は今機嫌が悪い。その上で、なぜ人間の分際でたてつく」

 息が荒くなっているのは、怒りが抑えられないからだった。

「跪け!」

 あの日、昇を押さえつけて地面にたたき伏せた強力な圧力が上からかかった。

 しかし、今日の昇は違う。

 決して倒れない。膝もつかない。その場に堂々と立っていた。それは、アジトでやった訓練の成果といえる。

「何……?」

「もう俺は潰されねえよ。俺がつぶれるとしたら、命乞いをする時だけだろうな」

「不愉快だ。実に不愉快だ。人間、この俺を前に堂々とその醜い姿を見せるか」

「ああ、見せるとも。そして俺はお前にこう言うぜ。戦えよ、俺と、タイマンで」

「今は特に不愉快だというのに、この俺に向けて戦え? この俺が? お前のような言葉を交わすことすら能わぬお前と。笑止千万の不敬、万死に値する!」

 空圧弾の数々が、昇に向けられて、そして放たれた。

 以前、炎の拳を使うだけでの昇では決して防ぎようのない数の弾の数々。

 今の昇は訓練通り想像する。

 直接空中に十分な光弾を生成して、それを放ち、空圧弾の核を破壊するその様子を。

 デバイスはそれに応え、そのイメージを現実のものとした。

「な……! 俺の攻撃を」

 さすがにそれには驚いたようで、歩庄は昇に対して初めて、不愉快以外の感情を示した。

「驚くことじゃない。これが人間の戦い方だ。しっかり準備して、対策して、それで必死に戦って勝利をつかみ取る。非道でも、ずるをしてでも、勝つ。俺も正々堂々は好みだが、さすがに実際の戦場に来てまでそんなことは言わねえよ」

「人間風情が……俺の攻撃を拒否するだと。ふざけるのも大概にしろよ! この俺に素直に殺される栄誉すら拒むというのか」

「だったらお前が処刑しろよ。1階下は、アジトの人間を収容するための予定地だったんだろ? まだ水槽もないただの広い空間だ。そこでタイマンで俺を殺せばいい。それとも……」

 昇があえて趣味の悪い笑みを浮かべて、庄を挑発した。

「偉大な〈人〉様は、俺1人を殺すのにも2人がかりでやるつもりか?」

「く……ふふ、ははは、ははははは!」

 急に笑い出した歩庄を不気味感じた真紀は、その真意を訪ねる。

「え、庄様……?」

「これは……怒りを通り越して呆れて笑えて来るぞ。この程度の芸当ができたからこの俺と戦おうなぞ、戯けめ。不愉快この上ないが、この世の中で最も愚かな馬鹿を演じるというのなら一興だ」

 庄は昇の方に向けて歩き出す。決して負けることはないだろうという、慢心と侮りに満ちた表情で。

「真紀、髑髏を貸す。季里をこの部屋に止めておけ。俺は、あの人間に身の程を教えてくる」

「本気ですか……?」

「すぐに終わらせてくる。心配するな」

 真紀の頭を庄は撫で、それに嬉しそうに反応する真紀。

 それを見た昇は一瞬、眉間にしわを寄せたが、すぐに元通りになった。

 歩庄は圧力弾を床へと向けて一気に放つ。床はその衝撃に負けて崩壊して、更なる地下、先ほど昇が言った今は何もない、第2の水槽部屋予定地への道をひらく。

 現在は本当にただ広い空間だ。水槽があった先ほどのフロアに比べて、広さも高さも遥かに勝っている。おそらく球技の競技場の広さを超えているだろう。

 落下する形でそのフロアにたどり着いたわけだが〈抗衝〉を使うことで自分にかかる衝撃を相殺することで、落下による負傷はない。

「ここがあの500人を入れようとした部屋か。もう叶わないな」

「まだ戯言を言う余裕があるとは、見上げた根性だ。安心しろ。お前は入ることはない。ここで死ぬからな」

「……どうかな」

 昇はグローブに炎を灯す。一度深呼吸をして拳に力を入れて気合を入れなおした。

「死ぬのはお前だ。歩家のクソ野郎。俺の寺子屋のすべてを破壊したお前らは、今度はその報復にすべてを失う。終わる覚悟はできてるか?」

 歩庄はいまだ余裕の表情を崩さないまま答えた。

「思い上がるのもそこまでだ。死ね」

 そして歩庄の頭上に50以上の空圧弾の素が生成され、それが次々に昇に向けて放たれた。

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