外伝2-33 決戦準備(中)
大橋での戦闘は訓練用のデータでも、攻略は困難を極めた。
守衛兵の数は500を超えて、その中の100人ほどが〈人〉だ。そして〈天使兵〉が配備されている可能性は無いと東堂も来人も判断している。〈天使兵〉は味方に配慮なく敵を排除することに特化した兵器のため、万が一敵が〈発電所〉の方に見えた場合躊躇なく〈発電所〉へと攻撃を始め、結局損害を出すことになるため、〈天使兵〉は繁華街の方へ配備される可能性が高い。
攻略について、〈人〉が召喚した黒い狼や紫の人型の前衛兵の突撃を壮志郎と内也、東堂隊長の3人で受け持ち、その間レオンたちの持つ反逆軍から支給された突撃銃による特殊追尾弾を用いた上からの射撃によって、相手の兵を削っていくという戦術で対する方針を決めた。
――はずだったのだが、問題は多い。当然相手もシールドでこちらの攻撃を防御するため、今レオンが連れてきていた30人だけでは攻撃が続かない。
さらに前衛も3人だと不安定。少なくともあと2人は必要だろうという予測がついた。
一方昇の方も、〈発電所〉の裏口を攻略して〈発電所〉内部に向かうためのシミュレーションを行う。
一番小さな橋を渡り裏口から侵入するルート。本来は〈発電所〉の幹部しか知らない秘密の出入り口であるため護衛ができる者も限られ、基本的には橋を守衛兵がその橋の重要度を知らされないまま守り、出入口付近は幹部が一名が基本的に守っているという情報が、天城の御曹司から与えられた。
内部への侵入を試みる昇は、幹部を歩庄と仮定して訓練を行った。歩庄の代わりに来人が空圧弾とほぼ同じ攻撃と以前みせた髑髏に似た召喚獣を想像して創り出して昇の相手をする。
「仮にお前が歩庄に挑むのなら十中八九死ぬだろう。お前が地力で弱いのは事実だ。だけど、弱いなりに対策を練れば勝ち目がないわけじゃない」
来人は歩庄との戦いに必要な戦いの技術を1つ1つ昇に教えていった。
昇を動けなくした体にかかる圧力は、自分とその周りに圧力を相殺するための力場があることを想像することで相殺できる。
庄の展開する圧力場は自分の攻撃も墜としてしまうため、相手に効果がないと分かれば場を作り続けるわけではない。ここまで来てようやく戦いが始まる。
空圧弾は真正面から受けると凄まじい威力だが、自分の攻撃を中心から少し外して当てれば、小さな負荷でその攻撃の軌道を逸らして凌ぐことは可能である。
しかし拳や鳥を使っても大量に放たれる空圧弾を凌ぐのは難しい。それについては光弾を直接生成、射撃することで手数を間に合わせる方針だ。拳を使って弾くのは最小限にすることになる。
「でも見えないしなぁ」
「……お前〈白視〉は知ってるか?」
「え、知らない……」
「あのな……常識だぞ。〈白視〉はテイルによって生成されたもの、操作されたものがすべて白、それ以外のものがすべて黒の濃淡で描かれるように見えるようになる。いいかすべてだ」
「すべてってことは、あの透明なやつも……!」
「こればかりはいきなり想像するのは難しいからな。〈白視〉のデータをお前のデバイスに入れる。それを使え」
ありがたい支給品を遠慮なく受け取り、訓練を始めることになった。
然し、言うは易し行うは難し、といったところで、そもそも昇が射撃武器を本格的に使うのは初めてなので、迫ってくる圧力弾に正確に当てるのに苦労して、さらに拳で弾くときもどうしても真正面から攻撃してしまうことも多く、理想的な動きには程遠い。
5時間ほどやってようやくすこし形になり始めて来た程度だ。形にするにはあと1週間は必要だろう。
初日の訓練はこれで終わりになり、今後も反逆軍の3人やレオン達を含めて、訓練を続けていくことを決定。
訓練の終わりに、天城来人は大橋の下へ、反逆軍とレオンと昇を案内する。
「実は、守衛兵のデータの他にもう1つ、入れたデータがあるんだ」
大橋の真下、来人がそこを攻撃すると、そこには謎の通路が。
「まさかこれ、アジトに通じているのか?」
「天城家の隠し通路だよ。当時の担当者が設計したらしい。この通路は当然現実にもある。使わない手はない。この通路を使えば、〈発電所〉に一気に攻撃ができるんだからな。これは大きい、繁華街までの道のりについてのリスクをすべて無視できる。大橋と〈発電所〉の攻略だけ考えればいい」
ありがたい朗報。
昇はこれで何とか考えてみようと、訓練から考える時間へと移行する。
訓練室を出たとき、隣のトレーニングルームに季里が入っていくのを昇は確認した。
トレーニングルームは本来武器や戦い方の研究に使う場所なので、今の戦えない状態のはずの季里には不要な場所、そう思い昇は気になったのだ。
レオンに軽食の誘いを受けたものの、それを断って、トレーニングルームへと足を運ぶ。
そこには。
見覚えのある剣を、ぎこちなさなく、廃校で戦ったときと同じ精度で扱っている季里の姿があった。
紅蓮に煌めく刃を奮い、刃が通った場所は、剣の魔晄によって一瞬塗りつぶされる。外見、当たったらまずいと言える。
「……昇」
季里がトレーニングルームに入ってきた昇に気が付く。
今までの弱弱しい目ではない。今の季里はかつて、廃校で殺しあったときと同じ、人間殺しを容易く行える〈人〉の目をしていた。
ならば、昇には1つ確かめなければならないことがある。
「記憶が戻ったのか?」
「……私は歩家の長女。歩季里。歩家を名乗る以上は、お前のような人間と慣れ合いなどしない高貴な〈人〉という存在」
「そうか。思い出したんだな。で、どうする? 俺を見て不快だろう」
「そうね……殺したくてたまらないわ。でもここであなたを殺してもいいことにはならないわ。その後手練れに殺されちゃうし。だから、私はあなたを発電所に連れていって、その後にお前を捕まえることにするわ」
今から昇がやろうとしていることは、何をどう言いつくろっても、季里からすれば実家の歩家を失墜させようとする行為だ。
季里からすれば、今からその主犯である昇や、手を貸そうとしている人間、さらには、自分の領地でコソコソと隠れ動いている人間どもを皆殺しにするのが当然の行動だ。
しかし、それは実現不可能だろう。そもそも歩庄、自分の兄と同等の戦力として数えられる戦力、反逆軍守護者がアジトには2人いるし、吉里も同等の戦力と言っていい。それに天城の御曹司を前に、季里はここで何かしらの行動を起こすことは不可能だ。
昇と行動するというのなら、それは歩家の施設へと帰る
しかし。昇が今の季里にかけた言葉はこうだ。
「お前を信じるよ。季里」
「は?」
「俺を捕まえたきゃ捕まえればいい。殺したければ殺せばいい。それは、利用されようとしたお前に許された権利だ。もちろん俺にも自分の命を守る権利はあるからな。好きにしろ。でも、俺はお前を信じる」
季里は悩む様子すら見せなかった目の前の人間の正気を疑った。
「馬鹿なの? 頭イカれてるの?」
「いいや。気に入らないなら、ここで殺しに来いよ。俺のことを」
「思いあがらないで。天江昇。お前のことなんて殺せる。持ち手が分かっている今なら、本気を出すまでもない」
「そうか」
昇は少し、唇の端を吊り上げた。
「……やっぱり俺はお前のことを信じるよ。もちろん警戒はするけど。ぶっちゃけ今の前がどっちに寄ってるのか知らんし」
昇の真意を理解できない季里に、昇はさらに言葉を追加した。
「でも、俺を襲うなら、俺が発電所に行ってからの方がいいんじゃないか。その方が、お前もスムーズにもとに戻れる。例えば俺が誰かと戦ってるときに裏から襲ってみるとか?」
「……は……?」
「なんか自分で言ってて本当になると怖い話だな」
昇は失笑、その後一呼吸おいて真面目な顔に戻ると、そのまま彼女に宣言する。
「まあ、これはお前のことだ。俺は勝手に最後まで信じる。お前も、自分がしたいようにすればいい」
季里は昇から目を逸らしながら、部屋を後にする。
昇はしばらく考え込む。
季里の記憶が戻った。少々意外だったのは、すぐに殺し合いにならなかったことだが、ここで問題を起こせば自分よりも強い敵が飛んでくるのだから、理にはかなっている。
(……不思議だよな。前にはすぐにでも殺してやろうと思ったのに。今はそんな気は全然していないんだから)
昇も元々この部屋に用があったわけではない。
部屋を出ようとした時、
「昇」
待っていただろうレオンと目があった。
「あ。今の。聞いてたか」
「ああ。もちろん」
「……お前はあまりいい気分じゃないよな」
「俺は、お前が悪い奴じゃないことは分かってる。そんなお前が決めたことに口を挟むつもりはない。彼女が俺達の敵であっても」
「ありがとな」
「気にするな。さあ、飯行くぞ飯。人手不足も分かったし、作戦の練り直しと行こう」
「ノリノリだなお前……」
レオンと共に、昇は食堂へと向かっていった。
東都反逆軍、吉里小隊の早坂は隠密行動を得意とすることから敵兵の偵察を主に行っている。
そんな彼女が連日と同じく、外で〈天使兵〉の動きを偵察していると、これまでと違った動きをしていることが観測された。
今までは各関所に配備されていた〈天使兵〉が半減し、再び廃街の近くに集結し始めている。
そして天使兵は全員、遥か上空から廃街を見下ろして、何かを呟いている。
早坂は〈天使兵〉同士の意思疎通を傍聴することに。耳を澄ませ〈強聴〉を使って遠くの声を拾う。
「第4から11までで突入」
「結構は深夜3時。庄様からのご命令です」
「敵アジト、地下15階相当に位置。〈レイヴァート〉の連続放射によって、その地点まで貫通させます」
「現在〈レイヴァート〉装填、24パーセント、明日午前2時47分。装填完了予定」
「人間は不殺。可能な限り捉える効率的なルートを検索。10000通りの中から、全個体シミュレート開始。解析と検討終了は同時刻に決議予定」
アジトの場所がバレている。
(なぜ……?)
早坂は焦りを隠せない。
(思い当たるのは、救出作戦終了後……誰かが、〈天使兵〉をここへ招いてしまったか、それとも、スパイがいるか?」
しばらく考えたが、それよりも重大な優先事項を思い出す。
まずは報告。早坂はすぐに偵察任務を中断し、アジトへ帰還することを決めた。
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