外伝2-32 決戦準備(前)

 翌日。

 部屋で昇を起こしたのは明奈でも季里でもない。

「昇様?」

「……え?」

 自分がこの前殴り、失神させてしまった〈天使兵〉だ。以前と服装は違い、後ろに翼らしきものはなのが、昇はその顔をはっきりと覚えている。

(あ……俺死んだぁ)

 いつの間に敵に接近を許していたのか、昇はさっぱり分からない。季里や明奈のことが心配になったがそれももう時すでに遅し、と今の自分の状況を分析する。

「ああ。ここまでか」

 自分でも情けなさ過ぎて失笑してしまう最期だ、昇は静かに目を閉じ、覚悟を決める。

「昇!」

 季里の声が聞こえ再び目を覚ます。

「季里、無事なのか?」

「何言ってるの?」

「だって目の前に」

「その子、もう私の召喚兵だから。あなたに危害を加えないよ」

 昇は再び目の前にいる〈天使兵〉を見る。確かに武装はしていないことを確認。

(それに、俺を殺すなら名前を呼ぶ必要はないか……)

 自分の命がとりあえず安全そうだと分かったところで、頭の回転を開始したとき、

「え……どうやったんだよ……」

 〈天使兵〉を味方にするという荒業を成し遂げた、恐らく明奈の仕業だろうその行為に震える。

(マジでなんでもできるな、明奈は……)

 とりあえず不安そうに見守る〈天使兵〉の前でゆっくりと起き上がる。彼女が差し出したホットミルクを一口。

「マスターからの提供です」

「ああ。ありがと……ふう。朝からとんでもない恐怖体験をした……」

 昇は今日からとても頑張らなければ行けない数日となる。そんな朝から恐怖でビビらせられるのは季里に悪気はないとはいえ、昇にとってはあまり快くない朝となっただろう。季里の隣で笑いがこらえ切れていない明奈の様子を確認して、これが明奈が季里に指示した悪だくみであることがよくわかる。

 季里は〈そら〉と呼ぶことにして、敵の〈天使兵〉と区別をつけて呼ぶことにしている。反逆軍の井天いそらに影響されている名前に聞こえるが季里が決めた以上、反論する必要はない。

「昇、今日はどうするの?」

 まずは朝食をとるべくアジトの食堂に向かうため部屋を出る直前、季里は昇に尋ねた。

「今日は昇どうするの?」

「今日は1日ジオラマシミュレーションにこもって特訓と、作戦会議だな。そうだ、明奈にも手伝ってほしんだけど」

「それは無理だ」

「え?」

「お前の仕事にこれ以上首を突っ込むのはよくない。それに私、今日は季里と1日別の用事を済ませる」

 昇は天を見て、なるほど、と納得する。

「分かった。なら仕方ないか」

 昇は知る由もないが、天の調整は完璧だ。季里の従者としてしっかりと機能する。

 この後、季里と明奈が行うのは、季里の記憶回復処理だ。

 準備から処理まで今日1日をかけて行うらしい。人手として天もいるため、左手が動かない明奈の代わりを果たすことができる。

 万が一季里が牙をむくときのことを考え、明奈は昇を呼ばないことは決めていた。




 反逆軍とアジトリーダーは朝に会議を行っているという話は聞いていた。

 昇は呼ばれていない。主な議題は避難計画を、〈天使兵〉の出現によって変更する点について。天城の御曹司の協力が約束されている今、計画の変更も良い意味で行えるだろう。しかし方針は非難を優先する現行の作戦の立て直しなので、発電所に突撃したい昇が参加できるものではないのは明らかだ。

 ジオラマシミュレーションに潜って、発電所の前の大橋へと見学へと来ている。

 明奈に言われた通り、大橋での陽動と発電所への突撃。2つへの襲撃を同時に行って、片方からもう片方へ戦力が流れないようにする。大まかな作戦はそれでいい。

「さて……俺は突撃なのは当然だよな。でも、さすがに単身突撃はちょっと……なぁ。季里と明奈に手伝ってもらうとしても、もう少し戦力が欲しいところだ」

 昨日寝落ちをするまでに考えておきたい内容はある程度考えておいた。突撃への危険は自分たちが一気に請け負うとして、大橋での戦闘をどのように行うか、そして、もしも突撃した自分達が失敗したとき、撤退をどのように行うか。その具体的な方法を考える必要がある。

 しかし、大橋前の戦闘については警備兵の陣容がどれほどのものかが分からないとその話を考えることも難しい。

 橋の目の前に来てその真実に気が付いてしまった昇は、ため息をつく。本来は来る前に気が付くべきことだが、残念ながらそこまで頭は回らなかった。

「明奈にどやされるなぁ……」

 ははは、と笑った直後、繁華街を再現した後ろの方で爆発が起こる。明奈が怒り狂ってこちらに攻撃してきたか、と一瞬馬鹿なことも考えなくはなかったが、当然そんなことはない。

 繁華街のところで誰かが戦っている。当然ジオラマシミュレーションの中なので敵ということはない。

 誰が戦っているのか。それは上の方で稲妻が何度も発生しているのを見て、そしてそれを追うように壮志郎が高速移動をしているのを見て明らかだった。

 やや遠くからそちらの方を覗いてみると、反逆軍8人を相手に天城来人が戦っていた。昨日言っていた、天城来人の実力を試す行為なのだとすぐに理解できる。

 しかし、昇からすると信じられない光景がそこにあった。

 歩庄を圧倒した夢原を含めて、3人の隊長をおよそ30秒で片付けて、壮志郎の得意とする高速移動よりも速いスピードで移動して敵の攻撃を許さず、内也の武器の高性能シールドのフルパワーを一撃で破壊して貫通。反逆軍の強者たちが完全に劣勢だった。

 ジオラマシミュレーションなので、ここで殺されても、自分を再現した人形が破壊されるだけだ。人形はまた作ればここに復帰できる。

「いったんここまでにするか? もう十分だろ?」

「ああ。そうだな……」

 バテバテの東堂隊長が終了を宣言する。

「まったく歯が立たなかったな。俺達は3回も復活してるのに、お前に傷一つ与えられない」

「そうか。俺はむしろお前達の実力に驚いたよ。人間たった8人を相手にここまで楽しめるとは思ってなかった」

「くそ、上から目線が腹立たしいな」

「まあ、格上だからな」

 天城来人は反逆軍8人を相手取って、全員を3回殺したうえで無傷ということ。昇は自分との実力の差に圧倒される。

(すげえな……)

 同時に自分に力を貸してくれるとは心強い味方だと思った。 

 突如、遠くに見えていた来人が消えた。

「あり?」

「のぞき見とはつまらないことしてるな? せっかくなら参戦すればよかったのに」

「え?」

 来人が自分の背後に瞬間移動してきたのだ。

「ビビった……」

「お前、ジオラマシミュレーションに来て何してたんだよ」

「ああ、作戦を練ろうかと思ってたんだけど……」

「お、いいな。ならばこの後の訓練、お前も付き合え。東堂と刈谷と西、そしてレオンと有志のアジトメンバーが訓練を行う予定なんだ。俺が持ってきた新しいデータを含めてな」

「でも、そんなんやってる暇あるかな……?」

「そう言うなよ。天城家が歩家に潜ませているスパイから手に入れた。発電所の外部防衛のデータだぜ?」

「何……? なんでそんなものを……!」

 それは今昇が一番欲しているものだった。

「俺は天才だからな。ここに来てどう転ぶことがあっても損しないように、いろいろな準備をしてきてるんだよ。たとえ歩家と全面戦争になっちゃったとしても対処できるようにね」

 来人は昇をなぜか担ぎ上げる。

「お前にはせいぜい派手に活躍して、俺を楽しませてもらわないといけない。投資はいくらでもしてやるさ」

「おい何を」

「さ、橋の前に行くぞ! 〈抗衝〉用意しとけよ!」

「アアアアアアア!」

 猛スピードで運搬されることになった。

 瞬間移動の先、大橋の前ではすでに東堂隊長と壮志郎と内也、そしてレオンとそのた有志30人余りが集まっていた。有志メンバーは以前の訓練で昇とともに戦ったメンバーが多い。

「来たな」

 壮志郎が、超高速移動にビビっている昇を歓迎する。

「訓練をやるってどんな……?」

 昇が尋ねると、東堂が応える。

「当然、大橋警備の突破の訓練をするためだろ?」

「へ? でも」

 反逆軍は大橋を使わない道筋を使うという話だったはず。そう思っていた昇にとっては反逆軍の3人がこの訓練をする意図を測りかねる。

 その意図を東堂は明らかにする。

「お前がやると言ったからには本気でやるタイプなのは今までの態度からよく分かった。もしもお前が俺達を納得させるような、策を出したからには、俺達はやるつもりだからな。あらかじめ訓練を積んでおく必要はあるだろう?」

「え……」

「俺達は反逆軍だ。夢原も言っていたが、我々の貢献は多くの人間の救済によって報われる。元々自分の命など二の次、人間を救うため英雄となるのが俺達だ。自分で言うのもなんだが」

 壮志郎がうんうんと頷く。

「だから、お前が人間を救おうとしているのに。俺達が最初から怖気づくわけにはいかないだろう?」

 東堂は初めて昇に笑って見せた。

 昇は、反逆軍のその志に素直に感心して、

「なら期待してくださいよ。俺は必ずやりますから」

 と、堂々と宣言した。

 ジオラマシミュレーションのメリットは、致命傷を恐れず実戦ばりの戦いができることなので、訓練はさっそく実戦形式。

 来人が持ってきたデータを反映した大橋の外部の守衛兵。その特徴を来人は簡単に解説する。

「守衛兵の多くは前衛を召喚兵に任せて後衛で援護射撃をする敵が大半を占める。近接が得意な兵は、その大半を超えた時に対応する後衛とみていい。だが、さっき戦った感じ、恐らく問題なく突破できるはずだ。なので問題は2つ。数多くの前衛の攻撃を凌ぎ突破する方法、そして、当日守衛兵と共に、誰か近衛レベルの〈人〉がいるかどうかだ」

 しかし2つ目の問題に関しては、良い知らせもある。歩家の中で遠距離攻撃を最も得意とする近衛はすでに明奈が排除している。

「歩庄が大橋を守護していることは考えにくい。居るとしたらおそらく中だ」

「中……か」

 以前手も足も出なかった記憶が、昇の頭によみがえる。

 しかし、これは昇自身が超えるべき壁だ。昇は気合を入れた。

「昇は中だろう? 大変だな」

 レオンが昇に話しかける。

「そういえば、レオンはなんでここに?」

 反逆軍はともかく、本来アジトの避難民であるレオンがなぜここにいるのか予想はつかない。昇は素直に訊く。

 レオンはしばらく言うかどうか迷う。

「言いたくなければいいんだけど」

「いや。まあ、恥ずかしい話だが。朝の会議を聞く限り、来人さんが居れば何とかなりそうだという話にはなった。なら、俺がアジトのみんなのことを考える必要はなくなる」

「危険だぞ」

「お前が言うのか昇。その、前に言ったよな。俺にも奪われた友が居ると。俺も、お前と同じように、間に合ううちに頑張ろうとって思ったんだ。……こんなことを言うと、虚構の話のヒーローを見て真似したくなる子供みたいな理由だけどな」

「死ぬかもしれないぜ。俺はお勧めしないぞ」

「それもお前が言うのか昇。どのみちアジトを出たらやることは決まってないんだ。なら命を賭けて今を全力でやろうと思ってな」

「それは嬉しいような、俺が責任重大になってしまったから嬉しくないような」

「なあに、こっちが勝手に思っただけだ。気にすることはないさ。頑張ろう、昇」

 昇は味方が増えたような気がして嬉しい反面、

(この後やりたいことか……)

 実は自分も、すべてがうまくいったあとのことを考えていないことに気づき、少しもやっとした気持ちになった。

「さあ、再現データの守衛兵を突破できるよう、早速実戦訓練と行こう」




「終わったぞ」

 季里に対して処置の終了を宣言する。

 目覚めた後、季里が最初に言った一言は。

「……なにか埋めたな。明奈」

 やや強めの口調になった季里からの一言だ。

「申し訳ないがそれは接着剤の役割だ。外せば記憶は消えるぞ」

「そうか。……いや、これを訊くのはやめておこう」

「どうする? 季里」

「昇のところに行く」

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