外伝2-28 意外な援軍

 明奈は決して引き金を引いていない。

 しかし、弾は放たれた。

 その発射箇所を近衛の女が予想できないのは彼女の無能故ではない。その弾丸の存在を知らなければ、絶対に気づきようがないからだ。

 弾は今まで辿ってきた空中から放たれたかのように後ろから襲い掛かってきたのだ。

 接近に気がつくことはなく、彼女の体を明奈の光弾が貫いた。

「ぅあ……!」

 幸い頭や心臓には当たらずすぐに死ぬことはないが、いったいなぜ後ろから撃たれたのか想像がつかない。

 近衛は明奈を見る。すると地面で発光が起こり、そこから鎖を貫くように弾が発射されたのが見て取れる。

 まさか、と一瞬思ったがそれ以外に考えられなかった。

(弾を外していたのは、わざと、だったってこと……!)

 その予想は間違っていない。明奈が放った光弾は空中や地面から目標物に向かって放たれたのだ。

 明奈が弾に込めた特殊効果は〈停止〉と〈再発射〉。任意の場所で弾を停止させて、その後、その場所からまた任意の方向へと弾を放つことができる。

 空中戦をしている時を含め、先ほど外していた弾にはすべてこの特性を付与していた。劣勢で判断能力が落ちていたわけではなく、わざと弾を外していたのだ。

 つまり明奈は、まだ、そんな悪だくみを考えるくらいには余裕があったということだ。

「貴様……!」

 光弾によって鎖は外され、そして自由の身になった明奈は、銃口を近衛の女に向ける。

 全身に走る痛みを生き残るために無理矢理我慢した近衛の女は、明奈に向けてレーザーを放つ。明奈が鎖の絡まりから逃れるのが一瞬遅れレーザーが肩を掠めたものの、戦いの大局はもう覆らない。

 明奈は近衛の女の苦し紛れの攻撃を躱し、そして狙いを定めた。

(〈ペネトレイター〉……!)

 持っている弾の中で一番貫通力を有する弾を装填し近衛の女に狙いを定める。

 明奈は引き金を引いた。

 まるで大砲を使った時のような爆音と反動を発生させて、拳銃からとは思えない重い一撃を撃つ。

 近衛の女は魔法陣によるガードを何重にも重ねて防御したが。そのすべてを〈ペネトレイター〉は貫通して近衛の女が杖を持っている方、左腕の肩を貫いた。

 空の闇を一筋の光が貫いていく。

 武器である杖を失ってその場から墜落する近衛の女。無意識で〈抗衝〉、自身にかかる衝撃を緩和するデータを使い落下死は免れたものの、攻撃を受け過ぎた近衛の女は限界でこれ以上の抵抗はない。

 結果的に見れば、

「まあ、さすがに〈影〉の連中が相手のときよりは、怪我も少なく済んだな」

 明奈は無理をしているわけではなく、本当に勝算があったからこそ勝ったということだった。

「お前……仲間を逃がすために」

「なんだ、負けたのが気に入らないか?」

「ぐ……人間のくせに……、可愛くない本当に……自己犠牲じゃなかったわけ」

「当たり前だ。戦いとは勝算があって初めて成り立つものだ。勝算のないものを無謀や無駄な犠牲という」

 もっとも先輩からの受け売りだが、という一言を添えて、銃を再び近衛の女へと向ける。

 明奈にはやらなければいけないことがあった。その女が死ぬ前に。それは黒木の弟も彼女に見せた腕輪に関する情報を聞き出すことだ。

「貴様らのところで〈影〉の腕輪を手に入れている奴がいるはずだ」

「それが……何」

「答えたら生かしてやる。五体満足で解放してやるわけじゃないが」

「そんなことを訊いて、何に、なるの」

「意識を手放したら死ぬぞ。お前は、そいつの名前や役職やら、情報を口にするだけでいい。5秒数える。ここで死ぬつもりがないのならさっさと情報を吐け」

 5秒。

 その間、近衛の女が考えているのは、どのように状況を打破するか考える。

 しかし、それで沈黙してしまったのが良くなかった。

 明奈は3秒経過した時点で、体に1発弾丸を撃ちこんだ。絶妙に絶命しない場所を狙って。

「あくぁああああ! なんで」

「数えると言ったが待つとは言ってない。さて……」

 明奈は冷めた笑みを浮かべ。

「私も反省してるんだ。この前は侮辱された怒りですぐに殺してしまったからな。だから今度は死なないように、待つ。私もやたらに人殺しをするのは趣味じゃないから、早く言え」

 再び数を数え始めた。

 今度は1秒で引き金を引いた。

 近衛の女は、薄れ始める意識の中で、ようやく恐怖と危機を感じ始める。

 そして理性の制止を無視して、近衛の女は口を開いた。

「上の贈り物……伊東家じゃない、すこし下、保高家が、〈影〉と接触したと庄様が」

「……そうすると、少し遠いな……すぐに行くのは無理か」

 それだけ言うと、明奈は彼女のデバイスを回収してその場を後にする。

 しかし明奈は甘くない。自分の命を狙った敵は復讐の芽を潰すよう必ず殺せ、という師匠の教えを、弟子の明奈は、近衛の女の背後に爆弾を置くことで成し遂げた。

 そして全員にメッセージを送る。

『〈人〉は殺した。だが少し負傷している。先にここを離脱する』




 昇の称賛を聞いた、井天雨は、

「本当に知らないの?」

 と呆れたように尋ね、少年は可笑しかったのか失笑する。

「はははははは、お前面白いな。気に入ったぞ! 俺を助けるとか、強いなとか。ああ、フランクな態度のやつと話すのはアニキ以外だと久しぶりだ」

「もしかして有名人、お前?」

「有名人もなにも」

 少年は、堂々を名乗りを入れる。

「俺の名前は、天城来人てんじょうらいと。隣の天城家次期当主、天城正人てんじょうまさとの弟だよ」

「は……?」

「つまり俺は〈人〉だ」

 先ほどの強さも納得の言葉だ。

「マジで……? なんでここに?」

「まあ、そうなるよな」

 天城家の本家の存在といえばこんな荒れ地に来るような存在ではない。逃げ込もうとしている隣の天城家の領地のすべてを束ねている総本家の〈人〉だ。つまり華族のなかでも飛び切り高貴な華族の一員だ。

「まあ、いろいろ理由はあるけど。大きくは2つ。1つは本家の命令でお前達に大切なことを伝えに来た。まあそれだけなら適当な手下にそれを伝えに行かせればよかったんだけど、後はあれだ。隣で面白い戦いをしてるやつらがいるって聞いて、首を突っ込みたくなったってところだな」

「あんたね……!」

 井天雨が今の一言で大変不機嫌になりながら来人に迫る。

「こっちは遊びじゃないんですけど!」

「まあ、そう言うなよ。詳しくはお前達のアジトに行って話そう。例えば、現在隣のウチの傘下の領地と歩家領の国境に天使兵がうようよいるとか。相手の狙いが見えてきたこととか。俺だって遊びだけが目的であんたらを探してたわけじゃない。ああ、道案内はいらないよ。あそこは元々天城家ゆかりの廃墟だったんだ。場所は知ってる」

 来人はそう言うと、昇に興味深々に近づいてきた。

「お前、反逆軍じゃないな」

「まあ、そうだけど。なんでわかった?」

「戦い方の雰囲気が違うからな。それに、ここに来るまでに、廃街にいた少年が聞いたんだよ。少し怖いおにーちゃん1人とおねーちゃん2人が、歩家に反抗する悪い人らしい」

 思い浮かぶのは、廃街で出会い、裏道を通る危険性を教えてくれた少年だった。名前はド忘れしてしまったが、昇はしっかりと覚えている。

「あの子が」

「さっきの炎を宿した戦い方、ここに来るまでの廃校にも同じ炎による焼け跡があった。そこにあった情報と辿った道筋で概ね理解できる。俺の予想だけど、お前、かなり面白いことしてるな? 例えば、歩家を敵に回して、全員ぶっ殺そうとか企ててるだろ」

 そこまで昇は考えてはいなかったが、来人の言う通り、歩家全体を敵に回していることには違いない。

「天城本家にいても、貴族っぽく座っているだけでつまらないんだよ。俺の持っている力は戦いのためにある。だから、向こうで聞かせてくれよ。お前のこと」

「……それはいいけど、つまらないぞ〈人〉様にとっては」

「そう言うな。もしかすると、力になれるかもしれない。そう言ったら、話す価値はあるだろう?」

 来人はそう言うと、2人を差し置いて商業施設を出るため歩き出す。

「なんだか厄介なことになったかも……?」

 昇は歩き出した彼の背中を見ながら武器をしまう。するとデバイスにメッセージが流れてきていたことに気が付いた。

 その中には明奈の勝利宣言が書かれている。

「すごいねあの子。タイマンで勝ったんだ」

 今まで知識や思考で自分に力を貸していてくれた明奈の強さを垣間見れるメッセージ。昇は、

(明奈も強いなぁ……俺も、どんどん強くならないとなぁ)

 素直に明奈に感心して、明奈に遠隔通話を試みる。遠隔通話と言うが一般的には〈電話〉と呼ばれる。

「……昇か?」

「こっちも終わった。電話もかけていいぞ」

「そうか。……〈天使兵〉は」

「みんな倒した」

「殺したのか?」

「いや、1人まだ息はある。もう動けないだろうけどな」

「なら連れて帰って来い。解析するぞ」

「え?」

「お前が抱きかかえてくればいいだろう? よろしく」

 一方的に電話を切った明奈。

「なんだよぉ」

 パシりにされている感じが否めなかったが、明奈も自分以上頑張った後のはずなのでご褒美が必要だろうと自分を納得させ、自分が殴って失神させた〈天使兵〉を持ち上げる。

 体は人間の女の子なので、重いし、少し遠慮がちにもなるが、背負う形なたセーフと意味不明な独り言を呟き、井天雨の、

「なんで持って帰るの?」

 という不審な目に苦笑しながら、アジトへの帰路についた。

 〈天使兵〉迎撃戦は終結し任務完了である。

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