外伝2-29 天城来人(前)

 救出予定だった人間、そもそも人間ではなく〈人〉だった。それも逃げ込もうとしている天城家領の総本家の御曹司。

〈天使兵〉の調査に赴いていた東堂、夢原、吉里の3人、そして昨夜寝ずの巡回任務を終えて仮眠をとっていたため今回は出撃できなかった吉里のチームメイトも、それを聞けば驚くに決まっている。

 しかし、当の御曹司は疲れた様子を見せて、

「俺は今日はもう難しい話はしたくない……すぐには事態は動かないだろうし、話は明日にしてほしいのだが?」

 という申し出をした。昇たちも、そして別行動をした夢原たちも〈天使兵〉との戦いの後で疲れ切っていったので、御曹司の申し出を受理して明日早朝に会議を行うことに。

 そうなるのも必然だ。昇たちも全員が〈天使兵〉と交戦したうえ、隊長3人に至っては、東堂14体、夢原18体、吉里10体と討伐している。

 テイルは、今回の遠征のためにたっぷり持っていった〈電池〉で賄って、本人たちのテイルはまだ十分残っているものの、〈電池〉は疲労までは肩代わりしてくれない。

 そのため皆、すぐに何かをしようという気にはならなかった。

 御曹司は夢原が部屋へと案内したため、昇たちは自室へと戻り、待機していた季里と再会する。

「明奈は?」

「ああ、用があるってデバイス研究室に行っちゃったな」

 会議室で再会はしたものの、明奈は出撃前に比べてかなり元気がなかったような気はしていた。しかし明奈が真剣な眼差しで〈天使兵〉を昇から取り上げ、すぐにデバイス研究室に向かったのを見て、何か必要なことがあるのだろうと思い止めはしなかった。

「そうなんだ……」

 季里は少し考えてから、ぐったりと座り込んだ昇に尋ねる。

「大変だった?」

「俺はまあまあ、死にかけただけだしな」

「死にかけただけって……大変だったんじゃん」

「でも、俺はすぐに終わったから。壮志郎と西さんとか反逆軍の連中はかなりしんどかったと思う。俺なんかより」

「強かった?」

「ああ。タイマンで戦って勝ったのは奇跡だった」

「怖気づいた? 歩家と戦うの」

 昇はいつも以上に食い気味に質問をぶつけてくる季里の落ち着きのなさに追及する。

「どうした……? なんか、怖い顔してるぞ、お前」

「あ……」

 季里は俯き、言うべきか言わざるべきか悩んだ末、昇に今の自分の気持ちを打ち明けることにする。

「だって、怖かった……」

「怖い?」

「最初は待ってようと思ってたけど、〈天使兵〉は強いって話は聞いていたから、待ってるうちに心配になっちゃって。もしも、みんなが帰ってきて、昇や明奈は死んだとか言われたら……嫌だった」

「そうか」

 昇は自分を顧みると、自分は待たされる立場になったことはないことに気が付く。故に同情はできないものの、そういうこともあるのだと季里に気づかされた。

 しかし、気持ちを察することができない代わりに、昇は季里のその態度を見て嬉しかったのは違いない。

「俺や明奈のこと、心配してくれたんだな」

「そりゃ……その。2人は初めての仲間だから、心配して当然でしょ」

「ああ、記憶を失ってからの」

 季里はそこでは一応頷いたものの、季里には違和感があった。記憶を失ったからこそ思うのだろうと思っていたが、真に初めての仲間だと、昇と明奈のことを思えている。やっていることは命がけの戦争ながら、同じ目標へと向かってともに苦労や喜びを本当の意味で共有する。そんな関係になったのは初めてだったと、本気で錯覚している。

 昇も迷いのない目で訴える季里の目を見て、思うところがあった。

(もしかしたら、俺が知っている歩家令嬢としての季里は表向きの厳格な態度であって、本当はこんな、優しい奴なのかもな……)

 昇としては季里が記憶を取り戻してしまうのは怖いことだ。そうなればもう殺しあうしかない。最初は人質に使ったり洗脳して自分に都合よく使うことも、気に入らないけど、いざとなったらやるしかない、と思っていたが今はそれができるか悩む。

 季里のいろいろな面を見てきて、本当の彼女を知った今、本当に非情な手段を選べるのか。昇は少し悩みつつある。

(やらなきゃいけないならやる。俺にとっての最大の目的は仲間を救うことだ。でも……な)

 今の心配を抱える季里に、良いことも悪いことも、何も言い切れない自分の態度が、昇にとってはもどかしかった。

「心配かけてごめん」

「……次は私も行く。あなたがどうしようとも」

「危険だ。死ぬぞ?」

「もういいの。前の私はともかく、今の私は、君が何か成し遂げる手伝いをしたいと思っている。そのたった1つのことだけは、私にもやらせてよ。私も頑張るから」

「……分かった。俺も最大限配慮するよ」

 そう言うと季里は立ち上がった。

「私、1つ明奈にお願いがあったの。明奈のところに行くね」

 季里が立ち上がることで、話に一段落着いたこのタイミングで昇は思考を切り替える。その影響なのかお腹が減っていることに気が付き、

「なら、俺もついてくよ。先に食堂行かないか?」

「なら私も先にそっち寄る。明奈もたぶん同じでしょ?」

「そうだなぁ……」

 2人は個室を後にして先に食堂に向かうことにした。




 食堂には同じことを思った同士が意外と多かった。

 夢原、東堂、吉里、そしてアジトリーダーのレオン、天城の御曹司が話をしている。傍から聞く限りこれまでの流れを来人が聞いている様子だった。明日の会議で知識の差がないように情報を集めているようだ。

「お、クソガキじゃん」

「お前に言われたくねえよ。多分年上だぞ」

「弱いならクソガキなんだよ。天江。そして隣が歩家の娘か」

 来人は一緒に来た季里をみてその正体を普通に宣言する。

(ヤバイ! 反逆軍の前で言いやがった! てかなんで知ってんだよ! えええドウシヨ)

 昇は急に後ろめたいことを追求されフリーズしてしまうが、東堂も、夢原も、吉里もそれほど驚いていない。

「別にいいですよ。知ってますから」

「へ? なんで?」

「明奈っちが、事情を全部事情をメッセージで送ってくれたのよ。まあ、それがなくても察しては居たんだけど。歩家は一般兵は雑魚だけど幹部と近衛と本家の人間は伊東家にも一目置かれる精鋭集団。顔はしっかりとチェックをしてたし。似てるなーって」

 隠し事が苦手な昇でもそれだけは最大限努力して隠そうとしていたのだが、それも無駄だったようで、自分の虚しい気遣いにため息をつく。

「まあ、座ってくれよ。天江昇、お前の話も聞きたいんだ」

 天城正人が指さした席に、デバイスでコップが創られる。一番近い吉里が2人分のお茶を注いだため、誘導通り昇と季里はその場に座る。

「で、俺お前に自分の名前言ったっけ?」

「いいや。でもお前の名前は知ってる。途中で寄った廃校にお前に似た男が写った写真と名前を見たからな。俺は一度見た名前は、なんでも1日は覚えているんだ。天才だから」

「てか、勝手に寺子屋の中を見たのか」

「誰も使ってなかったからちょっとそこで休憩をしてたんだよ。廃街だともう歩家のテリトリーだからリラックスできないからな。だから驚いたぞ。そこで見てもう死んでるだろう男が〈天使兵〉と戦ってたんだから」

「驚いてたのかよお前」

「態度には見せる必要がないから見せなかったまで。その後のことはこの人たちに聞いたよ。なかなかの問題児だな。歩季里を記憶喪失にしちゃったから何かに使おうという強かなことを考えている割には、たいして強くないからそのタイミングまで生き残れない雑魚。なのに夢は大きく無謀な」

 メッタメタに侮られさすがの昇もいい気分ではない。さらには季里を何かに使おうという本人に言えない後ろめたい意図を明らかにされて、立場も悪くさせられそうだ。

 昇は季里の様子を窺う。季里は意外にも、

「私の命も武器にしてもらっても文句はない。私は人質である自覚は正直ある」

「マジか……」

 何もかも隠しきれていない昇、自身の情報隠匿能力の低さを自覚させられうなだれた。

「でも、悪くない。記憶もないから、自分の立場が悪い自覚はないし、天江昇という男を見られて飽きないので」

「ほう。よほど面白い捕虜生活だったようだ」

 季里は頷く。

 3人の隊長もクスっと失笑した。

「様子を見る限り、嘘をついているようでもない。どうやら季里さんについては心配いらないみたいですね」

「記憶がないままだったらな」

 とりあえずこの場で季里をどうにかされることはないと一安心。昇は安堵して息を吐いた

 来人はそれを見て、ますます昇に興味を持ち、いよいよ来人は天江に対する本来の目的である問答を始める。

「弱いのは自覚しているくせに、無謀だと思っているくせに、お前の蛮勇を支える原動力はなんなんだ?」

 昇に向けて前のめりに来人は顔を寄せてプレッシャーをかける。

「答えろ。何が望みで、そこまでできる?」

「馬鹿な答えだぞ」

「構わん。俺は知りたい。死ぬと分かっているのなら逃げるのが生物的に普通だ。俺は天城家でもそう教わった。だからこそ、死ぬだろうこの戦いに、お前は何を見出して命を賭ける? これまで何をやったかはどうでもいい。お前の原動力に俺はとても興味がある」

 これまでとは違い、来人がすこし真剣に訊いていることを察して、昇も真剣に答える決意をする。

「仲間を救うためだ」

「ほう? 救世主気取りか? それとも正義の心でもあると?」

「……否定はしない。助けたいのは事実だ。けどそれだけじゃない」

「というと?」

「俺は、負けず嫌いなんだよ。俺は故郷を破壊したあいつらに負けたままなのが許せなかったんだ。だから、仲間を奪い返してやるんだ。今度はあいつらに、奪われる苦しみと悔しさを味あわせてやりたかった。人間はお前らの奴隷なことが、当たり前じゃないって」

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