外伝2-15 反逆軍の守護者

 一方の明奈も戦闘中ではあった。

 それは戦いと呼べるものではなかったが。

 狼は明奈がデバイスによって作り出した鉄の棘にすべて貫かれて絶命している。

 人間に負けるはずがないという、黒木の弟が持つ不変の自信が崩れる最初の一手がそこからだった。地面から飛び出すその棘は、デバイスとテイルを使って具現したければ、それがまるで本当にそこにあるように、脳を錯覚させるほどの想像をしなければならない。

 明奈はそれを苦とせずに行い、敵の獣をまず無力化した。

 これにより黒木の弟は自身が持つ鎌で戦うしかなくなってしまった。彼の本来の戦い方は、獣で敵を追い詰めて、とどめを自分の鎌による攻撃で行うとうものだ。

 獣が封じられたことで残りは自身の鎌と射撃対策のシールドのみとなってしまったが、彼もそれなりに鎌の扱いには自信があったのでまだ何とかなると思っていた。

 しかし、さらに彼の脳裏に敗北を予期させる出来事が起こる。

「くそ、くそ!」

 ひたすらに鎌を振るう。

 しかし、それを明奈は自分のもつ片直刃の短刀で軽々しく防ぎ、少しずつ、少しずつ彼を斬って傷を負わせていく。

 差は歴然だった。そもそも〈人〉である自分が扱う武器ならば、人間の短刀ごとき何回かで折ることができるだろうと考えていた。もしくは、その前に致命傷を与えられると。

 実際は違った。明奈には一切の傷を与えられず、逆に自分が痛めつけられるばかり。銃使いのはずの少女と、武器の扱いの技量差は歴然だった。

 相手は短い刃で器用に彼の攻撃を防いで、そして自分の攻撃を通している。

「ああああああ!」

 思いっきり降った。

 今度もまた明奈は短剣でその攻撃を迎える。

 折れた。

 なんと鎌のほうが、白く光っている刃に当たった瞬間砕けた。

「あ……」

 武器を失い、そして銃口を向けられた彼にもはや勝ち目はない。

「くそ……人間、人間だよなお前……」

 明奈は心底軽蔑した目をしながら答える。

「戦場に〈人〉も人間も関係ない。あるのは生きるか死ぬかだけだ。恨むなら、己の傲慢を恨むんだな。召喚術に頼りっきりの稚拙な戦い方をした自分を」

 そして彼に銃口を向ける。

 殺される。

 そう思ったとき、彼の口は即座に動いていた。

「待ってくれ、殺さないで」

「……命乞いか」

 明奈は銃口を彼の頭につける。いつでもその頭を貫けるように。

 すぐに殺さなかったのは明奈にも殺さない理由があったからだ。歩家に所属している〈人〉しか知りえない情報を聞き出せると思ったからだ。

「私が質問する事項について私が満足する情報を3つ話せ。嘘と判断した時点で殺す。〈影〉がこの伊東領で暗躍しているという。お前が知っていることを話せ。奴らがいるかどうか、その居場所、何をしているか」

「言う。言うから。でも俺が知ってることなんて多くない。ただ、庄様が奴らを秘密裏に取引をしているという話は聞いた。何かを買っているとか」

「誰と?」

「それは知らない。俺は部下だ。あの人と同レベルの人とかなじゃいとその情報は共有されてない」

「いいことを訊けた。だが、情報が足りないな」

 明奈は銃の引き金に指を添える。

「ああ、ああ。あと、あと……あ、そうだ。そうだ。俺はこれを渡されてたんだ」

 彼の頭の中に、あるひらめきが発生した。

 彼からすれば、それは人間にとってはのどから手が出るほど、欲しいと思っているもの。

「庄様から1つだけ分けてもらっていた。なかなか強いお前なら、これをつければ、その、なあ」

「なんの話だ」

「手を動かしてもいいか?」

 明奈が何もしないのを確認し、彼は懐に隠していたその1つを取り出す。

 それは腕輪型のデバイスだった。

「これだ。これを買っていたらしいんだ。どうだ、知ってるか?」

 明奈は少し険しい表情にはなったが、納得したようにその腕輪を見る。

 これで2つ目の情報。

 そして3つ目は情報ではないが、まさにこの腕輪を使って取引をしようと考えた。

「お前、お前にこれをやる。つけてみろよ。そうすれば〈人〉に変われるらしい。なあ、どうだ。人間のお前がこちら側に来れるんだぞ。そうすれば今みたいに命を狙われる危険もないし、むしろ人間側を」

 しかしそれが地雷だった。

 彼女にそれは言ってはいけなかった。

 突如彼が感じたのは、底知れない殺意の感情。

「それは……私を侮辱しているのか……?」

「え、違……」

 当然だ。〈影〉とは明奈の師を殺した組織。彼女の長い旅は師を奪われたことへの復讐のため。その組織が作ったものを身につけろなどというのは、彼女の心の中にある、決して忘れられない怨念を馬鹿にしたことに他ならない。

「死ね」

 直後、彼は自分の召喚獣と同じ末路を辿ることとなった。

 目の前で自分で起こした所業を確認して、満足そうに笑みを浮かべた明奈はその場をすぐに離れようとした。

「あらあら、怖いこと」

 新たな人影を明奈は確認する。

 再び現れたのは〈人〉だった。その服には歩家のエムブレムがついている。

「次か」

「自分で言うのもなんだけど、私、強いわよ。だって、庄くんの近衛だからね?」

「確かに、自分で言うことじゃないな」

「もうあきらめなさい? ああ、あなたのことじゃないわ。あなたは彼を手伝っているんだろうけど、彼、もう死ぬから」

 明奈は最初、自分に向けられたその言葉の意味を理解しかねる。

 しかし、すぐにその言葉の真意を読み取り、すぐに昇に連絡をとった。

 彼は応答しなかった。




 完全な不意打ちだった。

 生き残っていたのはとっさに炎を全身に纏い少しでも防御力を上げていたからだ。

 しかし、それは完全な防御ではない。あくまで気休めだ。

「が……あ……」

 ダメージが積み重なり、今受けたすさまじい圧力を受けて、体が限界を迎え、自由に動かない。

 昇はいったい何があったのか、顔を上げて確認しようとしている。

 攻撃を受けたのはどうやら昇だけのようで、季里は驚きのあまり腰が引けているだけだった。

「生きているのか?」

 新しくこの場に男が現れたのが声でわかる。

「生きていいと誰が決めた? 誰が顔を上げることを許可した、人間!」

 重力が10倍になったのか。そう錯覚するほどに昇は上から圧を受けている。立ち上がれない、顔を上げることさえ許されなかった。

「あ……が……」

 肺がつぶれかけている。気管が狭くなっている。呼吸が満足にできなくなり、昇は徐々に苦しくなってきた。

「俺は不快だ。人間に部下がやられた事実が、そしてそいつが、俺の妹の姿を当たり前のように見ていることが」

 妹。

 その言葉を聞いたとき、昇は今自分が危機を迎えていることを自覚する。

 変装を簡単に見破り、季里を妹と呼称するのは、どう考えてもその兄だけだ。

 ここに来たのは、歩庄。歩家に名を刻む者だ。

「人間風情が牙をむくなど、そのような不敬な考えを持っているだけで虫唾が走る。お前らは嬉々としながら〈人〉に従うことが唯一の存在意義だろうに」

 気に入らない考え方だ。それを堂々と口にしたその男に昇は怒りを覚え立ち上がろうとする。

 しかし、体が動かない。

「季里、何をしている。この男を殺せ」

「え……」

 歩庄は妹である季里に命令をする。それは不自然なことではない。季里が記憶を失っていることをこの男は知らないのだから。

(まずい……)

 庄との出会いで、記憶が戻る可能性を昇は考えたが、

「え、その、やめて……」

 季里の態度を声から確認する限り、その心配はなさそうだった。

 一方、それはそれとしても、昇の危機は何ら変わりはしない。季里は声が震えていた。昇は今の季里がこの状況をどうにかできるとは思えなかった。

「何をしている季里。兄の命令が聞けぬと?」

「あ、ああ……うう……」

「……泣くか。らしくない、厄介なことになっているらしいな。ならば対処はあとにしよう」

 歩庄は一瞬で妹が今正常ではないことを察した。

「不愉快だが、この俺自らが手を下すしかないな」

 昇は、庄が再び攻撃を仕掛けようとしている、と直感する。しかし、そもそも今、自分は動けない。さらには自分を這いつくばらせた先ほどの攻撃を思い出すと、どこから攻撃をしてきたのかすら分からない。完全に透明な何かに襲われたはずだ。だからこそ、炎を全身に纏ってクッション代わりにするという方法しか取れなかったのだ。

(く……)

 万事休すか。

 あまりにも早すぎる終わり。せっかく歩家への反逆をようやく行動に移せたばかりなのに。

 思えば最初の戦いも今の戦いも、誰かの手助けを得てようやくつかんだ勝利だった。自分の力で勝ったことなどなかった。

 ゆえに、昇は今何よりも、やはり自分の無力が悔しかった。

「ぐぞぁああ!」

 立ち上がろうとする。

 無理だった。気合ではどうにもならない。

「死ね」

 庄が攻撃を仕掛ける。

 昇は終わる。

 ――はずだったのだが、攻撃は昇には届かなかった。

 何者かが、彼を守るように光の盾をテイルで展開していたのだ。

「……俺の攻撃を止めるとは、また不快なことだな。誰だ」

 昇ではない。そして季里も驚きの声をあげていたので違う。

 この場にまた乱入者が現れたのだ。

「こっわー。そうカリカリすんなって、おにーさん」

「……また人間か……! しかもその顔、見覚えがあるぞ」

「まじー? ならウチも結構人気ってことジャン? それはうれしー」

 庄はすでに俺に興味を無くしたように乱入者を見る。自分にかかる圧力も小さくなり、何とか新参の女性らしき声の主を見る。

「反逆軍の守護者とは、実に不快だ。まるでこのクソガキを助けに入ったような。俺を倒せると挑発しているようじゃないか。人間風情が」

 反逆軍。昇はその言葉に聞き覚えがある。

 昇のかつての友が、入りたがっていた、〈人〉に虐げられる人間を救う組織。俗の名を反逆軍。

「ま、否定はナイナイ。だってウチ、反逆軍の守護者だからね。人間で〈人〉を倒すプロフェッショナルだから」

 風船をもっている、金髪の女性。歳は18から24の間に見える。パッと見、チャラチャラしている印象を受ける外見だった。

 しかし地に伏している昇には分かる。その反逆軍の女性は、同じ圧力を受けているにも関わらず普通に立っていることが。

 彼女が只者ではないことが、昇にも十分理解できた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る