外伝2-6 生かすか、それとも殺すか
「うわわ、痛い……うう」
「嘘だろおい」
季里はいきなり泣き出したことに、どうしても先ほどとのイメージの乖離が激しく困惑を隠せない昇。
「おい、お前」
「ひ……」
昇は今武装を解いている状態ではあるが、目つきが人より悪く、傷だらけの服から戦士として発展途上ながらも完成に近い肉体が垣間見せていれば、そんな男が迫ってくれば怯えるのも無理はない。
「お前」
「ひ、は、はい!」
「調子狂うな」
そう言いながらも実は昇はかなり接近の際に警戒をしていた。いつでもその場から離れられるように〈爆動〉の準備をしていた。季里のだまし討ちの可能性も考えて、彼女が地面に落としたままの剣にも同時に意識を向けたまま、昇は今の季里の状態を確かめるべく質問をする。
「……名前は?」
「馬鹿かお前」
「ぐ、やっぱそうなるよなぁ」
記憶喪失お決まりの質問だと昇も自覚はしていた。しかし後ろから明奈の指摘を受けるとやはり質問はもう少し考えてからするんだったと今さらながら後悔する。
確かにこの訊き方では、真に季里が記憶を失っているかどうかは判別できない。
「頭より先に体が動くお前に手本を見せてやる」
明奈は銃を少し上へと向けて光弾を一発放つ。狙いが逸れているため当然光弾はそのまま飛んでも季里には当たらない。
しかしそもそもこの世界での銃は、火薬と機械仕掛けによって手動よりも高速の弾丸を撃つことができる点で重宝された旧時代と利点が異なる。テイルを使えば光弾も実弾も弾速と射程はその人間の想像が及ぶ範囲まで保証される。故に銃だけが高速の射撃を可能にする時代は終わっているのだ。
射撃武器は主に用途によって使い分けられるようになった。
光弾を必要数宙に浮かせてそのまま放つ方法は、道具がいらない分、威力は落ちるものの弾丸のみをテイルで作れる点で低コスト。銃は、銃身を生み出すのに高コストだが、弾丸に特殊効果を添付できる点で相手の意表をつく戦い方が可能になる。そして弓矢は、弓をテイルで作るコストと連射が不可能なものの、溜めが長ければ長いほど、撃ちだす弾の威力と貫通力を上げられ、一撃ごとの威力が非常に高い傾向にある。
話を戻して、明奈が今使っているのは銃。彼女は自分の放つ弾丸に特殊な性質を撃ちだすことができるということ。例えば空中で弾丸の軌道を変えることくらいならテイルでは容易いことだ。
空中で急に方向転換した弾丸は、へたりこんでいる彼女の元へと向かって行く。
(嘘だろ……? 来ないよな? 殺す気かよ、下手したら俺に当たるんだが)
昇は明奈のブラックジョークだと信じていたようだが、残念ながら明奈は器用に冗談を言えるような性格ではない。
(マジやん!)
一向にまた方向転換する様子もない弾丸が2人の元へと迫っていく。
「え……あ、どうすれば」
季里は剣をとるようすもシールドを出す様子もない。ただ唐突に訪れた命の危険に恐怖からか体を動かせない状況だ。
先ほどまで命の奪い合いをしていた昇は、季里の動きを観察していて、先ほどよりも動きや判断が遅くなっているように感じ取った。
(マジかもしれないコレ!)
このままでは弾丸に季里が貫かれる。昇は季里をかばうように立ち、テイルを原料に半透明の青いひし形の盾を空中に浮かせた。季里に迫っていた光弾はそれに阻まれる。
「あ、ありがとうございます……」
「お前。何やってるんだよ。デバイスを使えって」
「デバイス……?」
季里は自分とその周りを捜して、近くに剣を見つけると、
「アレのことでしょうか?」
と昇に丁寧な言葉づかいで尋ねる。
「マジかよ……」
季里のデバイスは本来、今も右手にはめている歩家特注の指輪型のものだ。デバイスの形はいろいろなものがあるが、多くは運動を阻害しないような装飾品や小道具にその機能をつけたり、体に埋め込んでしまっていたりする。
もちろん英国の騎士が治める区域では剣や鎧にその機能をつけていたり、倭でも領によっては呪符と呼ばれる特殊な紙や帯刀にその機能をつけたりという例外はある。
しかし伊東家にはそのような慣習はなく、この辺りは一般的な傾向に沿っていると考えて問題はないはずだ。
伊東家の直下である歩家の令嬢がそのような常識を知らないはずがない。さらに、
「ああ、でもこれは私のではありませんよね……。申し訳ございません、あの、その、私のものみたいな言い方。このような危ないものを振るえるはずがありませんもの……お返しいたします」
なんと季里は武器を拾って、そして昇に躊躇いなく渡したのだ。武器とはその人間が想像力の修業を行った証であり、その使い手を勝利へと導く機能を持つ媒体だ。敵にネタ晴らしをすればそれは自身の敗北、すなわち死に直結する。
とりあえず昇は差し出されたものを拒まずに受け取ってしまったが、その後、すっかり変わってしまった季里の様子にどうすればいいか分からない昇。
「やっぱり馬鹿、いや慎重という言葉を知らないのか」
「なんでだよ」
明奈は呆れ、目を細め彼に教導するように語る。
「もしそれに何らかの罠、例えば爆弾が仕掛けられていたらお前はそこで死んでいたぞ」
「は? なら言えよ」
「それくらい自分で考えてもらわないと困る。私は協力者だがお前の面倒を何から何まで見るつもりはない。それに今は私も、その季里はおそらく大丈夫だろうと判断したからな」
昇は、明奈の協力者とは思えない遠慮ない『お前は馬鹿だな』という趣旨の発言が気に入らないわけでが、今の自分がいるのが敵の領地であり、明奈の言う通り警戒が足りなかったのも事実。
結局何も反論が思い浮かばず心の中で悔しがるしかない。
その苛立ちを季里に向けるのがただの八つ当たりになってしまうことは自覚していたので、しばらくはこの悔しさを胸に秘めることにした。
昇は一度深呼吸をして、季里に尋ねる。
「あんた名前は?」
しばらく思い出そうと空に視線を向けたきりだったが首を横に振る。
「どこが出身だか分かるか?」
「この国では?」
「違う違う、どこ領かって話」
季里はまたも首を横に振る。
「俺がどう見える?」
「……不良、ヤンキー? という生物に似ていると」
「な……!」
明奈が失笑する。昇は記憶喪失の季里にすら悪く言われ心底面白くない。
しかし、今はそれどころではない。声とトーンと、内容的に記憶喪失でもかなり重度の喪失が見られることが明らかだ。
昇も身を守るためとはまさかここまでダメージを負わせてしまうとは思ってもいなかった。このような状況に出くわした時、どうするかを昇は知り得ない。
「どうする?」
昇は明奈の方を見て季里の処遇を決める。
明奈もすぐには答えは出なかったが、3秒ほど思考を巡らせていくつかの行動案を昇に提示した。
明奈のこれからの基本的なスタンスは、昇をサポートだ。具体的には相談役になって提案をしたり彼が望ましくない行動や思考に陥ったときには指摘したりしていく。助けると決めた以上、片手間ではなく本気で行うつもりだ。
「とりあえず頭の中を視る」
「そんなことできるのか?」
「さっきエンジニアと言っただろう。私は何も武器専門じゃない」
「エンジニアかぁ……?」
季里も聞き覚えがないのか、エンジニアが何たるかさっぱり理解できていない顔をしている。そして昇もまた同様の顔になった。
明奈はその2人の阿呆な表情にため息をつく。
「後で詳しく説明する。今は彼女の処遇を決めるのが先だ。どのみちお前、今の服と体の状態じゃすぐ出発とはいかないだろう。今日まではこの廃校に泊まる」
「彼女はどうする」
「リスクを恐れるなら殺しておけ」
殺す。
ナチュラルに出てきたからこそ本気を感じるその言葉に、季里は自身の死を予感し身震いする。
昇はその様子はばっちりと見ていた。
それは先ほど鬼気迫る表情だった〈人〉の戦士といより、自分と同じ1人のちっぽけな生物のように昇には映ったのだ。
「だが、昇。お前が殺したくないというのなら、私にも別の考えがある」
今の季里はおそらく、自分の命を奪いに来た季里ではない。
昇はそんな季里を殺すのは。何か違うな、と頭に浮かび、明奈に2択の答えをすぐ返した。
「今は殺さない。利用はできるかもしれないし、何より、この状態のこいつを殺すのはなんか、嫌だ」
「嫌だとか子供か」
「いいだろ。俺は自分の直観と欲望で突き進むタイプだ」
「先が思いやられる。だが、まあ心が弱いよりははるかに好ましい。いいだろう、なら彼女の面倒はお前が見ろ」
「えー! 普通そこは女子どうしって感じなるんじゃないのか?」
「お前か生かすと決めたんだろう。ならお前が責任を持て。ああ、でも余計な情報は吹き込むなよ。まだな」
明奈は昇に自身の考えた方針の一部を伝えると、すでに廃校に向かって歩き出していた。
昇は、
「マイペースな横暴者だなぁ」
と人に言われると腹が立つくせに、明奈にはそのような印象を抱く。
そして責任を持てと言われて、季里も自分をじっと見つめてくる。
これでも前は人生を共にすると誓った彼女がいたので、女性の扱いにはそれほど怖気づかない。
自分がこれからどうなるのか不安だと顔に書いている季里に、何とか少しでも話やすいようになってもらえるよう、コミュニケーションを積極的に図って行こうと考えた。
「まあ、お互いまだ何も知らない身だけど、外でってのもなんだからさ。とりあえず、これからどうするかさっぱりなら俺についてきてくれ」
「は、はい」
「歩けるか?」
「大丈夫です」
昇は季里の様子をちらちらと確認しながら、明奈が行ってしまった廃校へと歩き始める。
季里は自分の前を歩く昇を見て、自分がこれから何をされるのだろうか、という不安が大きかった。それでもついて行くと決めた理由は、赤の他人の自分を殺さないと明言してくれたたった1つの安心な要素からだった。
もしもの時はなぜか服の中にあるナイフで後ろから刺して逃げようと思っていたのだ。
「あの」
「なあに」
「私の名前、貴方はご存知なんでしょうか」
「知ってるよ」
「私とあなたは、どのような関係だったのでしょう」
昇は唐突に訪れた、とても返答内容に困る質問にしばらく眉間にしわを寄せて答えを探す。
敵同士、などと今は口が裂けても言えない。立場を悪くするだけだ。
しかし、嘘をつくのも昇はあまり得意ではないし、好きでもなかった。
なので、昇はこんなことを彼女に言ったのだ。
「俺は戦士。おまえも戦士。お互い戦いの中に生きてきた。俺とお前は今日偶然ここで出会って、一緒に戦ってたんだよ」
この時は昇の頭は冴えていた。嘘は行っていない。すべて事実だ。親しい仲ではないことも敵同士という印象を与えずにそれとなく伝えることができた。
「私が……戦士?」
「ああ。そうだぜ。覚えてないだろうけどめっちゃ強かったんだよな。あんただって自分が記憶がないという自覚はあるはずだろ?」
「……そうですね。赤ちゃんじゃないのにこうして記憶がないということはそういうことなんだと思います」
「はは……、後でちょっと俺のあんたに対しての印象を言うよ。今のあんたはめっちゃビビると思うぜ?」
季里は苦笑ながらも感情豊かに自然な笑みを浮かべた昇に、怪しさを感じることはなかった。
「あの……私、つい話しかけてしまったのですが……」
「あ、ああ。いやいいんだよ。むしろ黙られているとこっちも感じ悪いし。何かあったら言ってくれ」
「ありがとう」
「礼を言われることじゃない」
この会話は昇と季里が会話を自然にできるようになるきっかけになったのは間違いなかった。
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