ラジコン
ある暑い夏の日のことだった。そこら中の木に止まったセミがうるさく鳴く中、ある街の精神科の病院に1人の男が訪ねてきた。大学生ぐらいだろうか。小柄で、落ち着いた服装をしているのにも関わらず、本人の動きには落ち着きがない。
「まあ、座ってください」
男は医師に勧められて椅子に腰を下ろしたが、なぜか不安そうに辺りの壁や天井をキョロキョロ見回している。
「今日はどうされたのですか?」
「実は、ある悩みが有って来たんです。
こんな事を言うと頭のおかしい人だと思われないか心配なんですが、…いや、現におかしくなっているのかもしれませんが……」
それを聞くと、医師は何か考えているのかしばらく黙り込んだ後、声音を優しくして言った。
「大丈夫です。私はこれまでに何人も患者さんを見てきました。馬鹿にしたりした事は無いですよ。それに、守秘義務というのもありますから、他の誰かに伝えたりするという事もありません。安心して下さい」
「本当ですか」
「ええ、もちろん。」
それを聞いて安心したのか、男はやがてポツポツと語りだした。
「……実は、頭の中を誰かに見られたり、勝手に手足を動かされたりしている気がするんです。この前も、歩いている時に、急に足が変な方に曲がったりもして……」
「それは、どれくらい前からですか?」
「だいたい2ヶ月くらい前からです。」
「なるほど。」
「あと、それだけじゃないんです。夢にピンク色をした変な生き物が現れて、こっちを見つめてくるんです。前は週に1回とかだったのに、最近は毎晩のように現れて。」
「それは確かに不気味ですね。…ちなみに、その他に、普段の生活面では何か悩みはありますか?」
「特にはありません。しいて言うなら大学はあまり良いところには行けませんでしたが、頭が悪いのは生まれつきなので諦めています。」
男は少し自嘲気味に話したが、別にそれほど辛そうなわけでもなかった。
ひとしきり男の話を聞いた医者は、治療を開始する事にした。
「では、そこで横になってください。」
男が病院に特有の固いベッドに仰向けになって寝転がると、医師はさっきと同じくゆっくりと優しい声で語りかけはじめた。
「では、目を瞑って。呼吸をだんだん、ゆっくり、ゆっくり……体がベッドに沈み込むイメージです。」
医師はやがて男の意識がもうろうとし始めたのを確認すると、語り掛けた。
「今、あなたは3ヶ月前の世界にいます。何が見えますか?」
「……大学の門の前に立っています……周りには人が騒いでいる人が大勢います」
「なるほど。それを見て、あなたは、自分はこんな所に来るような人間ではない、もっとレベルの高い所に行くべきだ。そうは考えていませんか?」
「……それは、まあ、…少しは…」
「あなたの身に起きた出来事の原因は、そこから無意識に溜まってしまったストレスです。現実を離れて、空想の世界に浸ろうとしているのでしょう。そうですね?」
「……そう言われてみれば、そんな気がしないようでも無いですが…」
「頭を覗かれたり、手足を動かされたりというのも、ただのあなたの妄想です。いいですね?」
「はい………」
「では、次に、あなたの目の前にはあなたの夢に出てきたというピンク色の生き物がいます。大きさはどれくらいですか?」
「………だいたい、私の倍ぐらいの背丈です、……体のバランスは、普通の人とあまり変わりませんが、手足が若干長い気がします…」
「どんな表情をしていますか?」
「……分かりません…ちょうど顔の辺りに、モヤがかかっているような感じで……」
「では、想像してみましょう。穏やかに笑っているような気がしませんか?」
「うぅん……そう言われれば、そんな風に見えるような気も……」
「そうです。そもそも、その生物は空想上の物ですし、例え、もしも、現実に居たとしても、危険はありません。」
「…し、しかし……」
「その生物に危険はありません。いいですね?分かりましたか?」
「…は、はい………」
こうして治療が終わると、医師は先程と逆の手順で男の意識をゆっくりと覚醒させていった。
「さあ、終わりました。どうですか、気分の方は。」
「気分は別に悪くも何ともありませんが…あれ、私は何のためにここに来たんでしょう」
男は戸惑っていた。
「ああ、どうやら記憶が曖昧になっているようですね。あなたは最近よく眠れず、勉強が手につかなくて困って私の所に来たのですよ。しかし、もう大丈夫です。私がしっかり治療をしておきましたから。」
「え、そうだったんですか。本当にありがとうございます、助かりました」
男は感激して、医師に繰り返しお礼を言って帰っていった。
男が診療室から出ていくと、部屋の奥から背丈が3m以上あるピンク色の肌をした生き物たちが現れた。手には鈍い銀色をした機械が握られている。
「ふう、何とか間に合ったか。しかし、地球人にも勘の鋭いやつが居たもんだ」
「ああ、全くだな。夢干渉の症状も出ていたらしい。近い内に、遠隔脳波操作器を新型に取替えた方がいいかもしれん」
「ああ、そうだな。しかし、念の為にこうして手を打っておいて良かった。頭の固いやつはすぐ乗っとれて助かるぜ」
そう言いながらそいつらはどこかへ去っていった。
1人残された医師はしばらく身動きせずに椅子に深く座っていたが、やがて動き出した。
「はて、私は何を……あっ、いけないいけない。ついぼーっとしてしまっていたようだ。
しかし、ここ最近なんだかこんな事が増えたような……」
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