第143話 ぷーっ

「助けてあげるって言ってるの」


おっぱいちゃんの口から出たその言葉に、胸の奥がバクンッと弾けるのを感じた。心が一瞬で絶望から希望へと転化した”音”だ。

破裂したソレから漏れ出た何かは、脳と全身を急激に活性化させる。


「マジですか!」


僕は目の前に落とされたナイフを拾い上げようと手を伸ばす。

しかしながら、拾い上げる前に、おっぱいちゃんがそれをブーツの底で踏みつけた。


「……えっと?」


僕は意図を汲もうと恐る恐るおっぱいちゃんを見上げたところ、見つめ合うことになったのは彼女の目ではなく、ナイフの代わりに彼女の右手に握られた拳銃の銃口であった。

せっかく全身に行きわたっていたテンションが急激に下がっていくのを感じる。


「いい? 下手なマネはしないで。信用したワケじゃないのよ」


おっぱいちゃんはそう言うと、ひょいとブーツをナイフから離した。


「わ……、分かりました」


念押ししなくても、拳銃相手にどうこうしようなんて思いませんよ。。。

僕はナイフを拾い上げると、足首を拘束していた結束バンドを断ち切る。


「ゆっくり立って」


僕はおっぱいちゃんのその言葉に頷くと、ヨロヨロと立ち上がった。


「さて、これから僕はどうすればいいの? お嬢さん」


僕はプラプラと両手を振って「手ぶらなんですけど?(武器は持たせてくれないの?)」アピールをする。

拘束を解いてくれたのは良いけど、これからゾンビの大群を抜けなくてはならないのだ。持ってきた装備はおっぱいちゃんに取られてしまっているし、先ほど結束バンドを切るのに使った折り畳みナイフではゾンビ相手には役不足もいいところだ。

また、この辺りには都合よく武器になりそうなものが落ちてたりはしなかった。鉄パイプでも落ちてたらいいのだが……、よく思い出してみてくれ。人生において、日本の街中で鉄パイプなんて落ちてるところを見ることなんて、そうそうあるものじゃないのだ。


「そうね……、これを」


おっぱいちゃんはそう言うと、ひょいとこちらに棒状の物体を投げてよこした。

僕の元に持つのひとつである、防災斧だ。


「ちょっ! 危ないし」


思わず普通に受け取ってしまったが、刃物である。

重量と加速によって叩き割るという武器の性質上、ちょっと刃に触った程度では切れたりはしないだろうけど、だからと言って人に唐突に投げて良い代物ではない。


「丁度良かったわ。私にはちょっと重いかな、って思ってたの」


謝罪は無し。

……まあ、期待はしてなかったけどね!


相変わらず向けられている銃口。


「あ……ありがとうございます」


なんか納得できないんだけど!

ぐぬぬ……。しかし、問答をさせてもらえる気はしないし、もし許されたとしてもそんなことをしている時間がもったいない。刻一刻と、マズイ予感は高まるばかりだからだ。

僕は防災斧を胸の前で構えると、「フッ」と短く肺の中から空気を吐き出して気合を入れる。

さて、どう切り抜けるか。


「じゃあ、案内お願いね」


「……えっ?」


おっぱいちゃんの予想外の言葉に、僕は思わず彼女の顔をまじまじと見てしまう。


「案内って?」


おっぱいちゃんは呆れたような視線を僕に返す。


「ここ、あんたの街でしょ?」


正確には違う。それは隣町だ。

しかしながら、全く土地勘が無い訳ではないので、「そうだけど……」と返す。


「じゃあ、どう逃げたらいいか考えて」


「はあ……?」


「なによそれ」


「もしかして、付いてくるつもりなの?」


予想外だった。

そんなに僕のことを信用できないんだから、別行動するのかと思い込んでいた。

こちらとしても、防災斧しか無いとは言え、銃口を突きつけられているよりは単独行動したほうがマシと言うものだし。


「はあー? 何よソレ。その為に助けてあげたってのもあるのよ。あと、男ならレディを責任もって守りなさい!」


おっぱいちゃんの頬がぷーっと膨らむ。

……いや、銃口突き付けられたままそんな表情しても、可愛くないです。。。

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