第78話 自衛隊員の話③

ボウガンを手に走り寄ってくる大男。

自衛官の成瀬陸士長であった。


「おいおい、ワン公に誘われてこの歳で全力疾走させられたかと思えば、一体なんだこの騒ぎは」


少し遅れて、初老の男……佐々木陸佐もボウガンを手に現れた。

将吾が見たゾンビの顔から生えた棒の正体は、成瀬が放ったボウガンの矢だったのである。

将吾が地面に転がり動かないゾンビを見返す。ゾンビの右目から先程まで無かった屋がもう一本生えていることから、佐々木の放ったものが右目に当たり、貫通して脳を破壊して殺したのであろうことが伺えた。


「陸士長、右を!」


「了解でアリマス!」


自衛官二人は残ったそれぞれのゾンビに向かって駆け寄った。

将吾を襲っていたゾンビに対する狙撃は緊急性があったからだ。そうでなければ流石に将吾に当たる可能性もあるあの場面で狙撃するなんてことはできない。確かに佐々木と成瀬の腕前は流石のプロではあったが、この緊急の場面で初撃二発で沈黙させれたのは出来過ぎだった。本来は将吾からゾンビを多少でも引き離すことが目的だったのだから。


故に、佐々木と成瀬はボウガンを投げ捨てて肉弾戦を選択した。

矢を再装填してる暇はないのもある。とにかく、子供たちからゾンビを引き離すことが先決だ。佐々木は小銃を取り出してその銃床で、成瀬は飛び蹴り気味のケンカキックでそれぞれの自衛官ゾンビに襲い掛かった。


「なに!? よけただと!?」


「おお!? 十字ブロック!?」


結果、佐々木の銃床による攻撃は無難にかわされ、成瀬のケンカキックは腕を十文字にクロスし、胸に押し付けるようにしてしっかりと受け止められていた。


「そんなバカな!」


佐々木と成瀬は驚愕する。

ゾンビが防衛行動を行うとは、まったくの想定外だったからだ。

しかも、佐々木の銃床を避けたゾンビはただ避けただけではなく佐々木の腕を側面から拳で押して突進のベクトルを変えて対応するという高等技術であった。知恵の回らないゾンビらしからぬ動きである。

また、成瀬の蹴りをブロックしたゾンビもおかしい。十字受けは最も強固な防御手段のひとつでありそれを選択したことも驚きではある。しかしながら、大男の成瀬の全体重が走り込んだ勢いをも乗せて炸裂したのだ。痛みを知らないゾンビとは言え腕一本くらいはお釈迦になっていてもおかしくないのに、いまのゾンビの様子を見るにその影響は全く見られなかった。


「プロテクター装備ってところだろうが、それありきの選択ってことでアリマスか!」


「……陸士長、気をつけろ」


佐々木はゾンビとの間合いを測りつつ、先程ゾンビに押された腕を庇うようにしていた。


「コイツらのグローブ、恐らく鉛入りだ」


それは装着するだけで素人でも簡単に瓦を割れるようになる代物だ。

しかしながら、ただ攻撃をかわす為に押した程度の動作ではダメージとはならないはずだ。


……狙ってやったってことか。


「とんでもねえな」


腕を振り、手のひらをグーパーする佐々木。

うん、骨はなんとか大丈夫なようだ。戦える。


「そのゾンビたち、変でヤンス!」


「すごく強いし!」


「……そうみたいでアリマスな!」


何が起こっているのかは理解できないが、一筋縄では行かないという事は理解できた。


徒手格闘は危険だ。

佐々木は再び小銃を振り回してゾンビとの間合いを開けると、一瞬にして取り出したナイフを小銃の銃身に取り付ける。銃剣の状態だ。


「陸士長、銃剣ながもので対処しろ」


「了解でアリマス!」


「あと、もしもの時は発砲を許可する!」


「りょ、了解でアリマス!」


「ためらうなよ!」


成瀬は少々戸惑った。

確かにこのゾンビ達は異常ではあるが、発砲音により周囲からゾンビを引き寄せてしまうリスクを冒すまでのことだろうか。


「ただのゾンビと思うな。こいつら、特戦だ」


とくせん?

とくせん?、トクセン?、特選?、特……特、戦!?


「……は、はあっ!?」


成瀬は敬語どころか口癖すら忘れて素っ頓狂な声をあげた。

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