第77話 退治屋の話⑧


「……なにっ!」


信じられないことが起こっていた。

自衛隊ゾンビは右の手のひらで、ナイフの刃の部分を握りしめる形で攻撃を止めたのだ。想定外のゾンビの行動に、将吾は驚きを隠せずにいた。


「は、放しやがれ!」


それでも現実はは現実だ。

将吾は一瞬で気を取り直すと、ナイフをゾンビの手から解放しようと必死に力を込めて引き抜きにかかる。


「な、なんだコイツ……」


このナイフは切れ味抜群の本物のサバイバルナイフである。

いくらゾンビに痛覚が無いと思われるとは言え、すぐにグローブごと指を切り裂いて戻ってくるものと思っていたのだ。それどころか、ゾンビは更に力を入れて握ってきて、そして……


パキンッ!!


「……ッ!?」


突然、将吾が勢いよく尻餅をつく。


(なんだ? 何が起こったんだ?)


その理由は、ゾンビが握っていた右手を開いたことによって判明することになる。


カラカラ……


地面で踊る銀色の物体。


「……!!」


「マジでヤンスか!」


「信じられないし……!」


将吾は信じられないと右手のナイフを確認する。

間違いない。地面で踊る銀色は、このナイフの根本から折れた刀身だったのだ。


「そ、そんなバカな……」


更に驚くべきは、ゾンビは全くの無傷であったことだ。

血が出ているどころか、グローブすら一筋の傷も入っていない。


もし軍隊武器マニアの勝やんが無事であったならこう言ったであろう。

「タクティカルグローブや……」と。

将吾たちが知る由もないが、タクティカルグローブの中には防刃タイプのものがあり、ゾンビが装備しているものがその機能があるものだったのである。

更に悪いことに、このグローブにはまだ色々な機能が備わっているのだが……


「あ……、あ……」


丸腰。

この高い戦闘力の得体の知れないゾンビを前にして。

その事実に将吾は恐怖し、腰が砕けている状態だった。


ゾンビは右手を振り上げ、そして……


バキッ!!


「おごぶっ……っ!?」


「キャーッ!!」


「将吾君!!」


吹き飛ぶ将吾。

ゾンビが将吾の顔面をおもむろに殴ったのである。


「ああっ……、あぁーーっ!!」


中島や美鈴から見て、そんなに力を込めたパンチではなかったと思った。

しかしながら、いまの将吾のダメージは深刻だと思える。

鼻はまがり、頬は陥没し、歯が折れ、口からは血が大量に出ている状態で地面をのたうち回っている。

これも将吾たちが知る由も無いのだが、ゾンビの装備しているタクティカルグローブの機能のひとつに鉛を仕込むことによる防御力と打撃力アップというものがあったからの威力であった。将吾は末端である頭部への攻撃により吹き飛ばされたことによってまだ威力が殺せたからその程度で済んでいるとも言え、もし腹部等に食らっていたら骨は砕けて内臓が破壊されていても不思議ではない代物なのだ。


(こ、殺される)


始めて感じる目前の死の予感。

真の恐怖が将吾の心を支配する。


(逃げなきゃ、逃げなきゃ)


足が言うことを聞かない。恐怖でのパニック状態な上に、軽い脳震盪を起こしているからであった。


「将吾クン!!」


「将吾君!!」


「ヤバいし! 助けなきゃ!」


美鈴と中島は焦る。


「そんなこと言っても、でヤンスけどねえ!」


そう。こっちはこっちで、他のゾンビと相対しているのだ。

とても将吾を助ける余裕などない。もしあるなら、とっくのとうに助太刀に入っている。


「た、たしゅけて」


ゾンビの感情のない真っ赤な目で見降ろされ、将吾の下半身が熱く湿る。

たちまち立ち込めるアンモニア臭。相手が人間ならば多少は引いてくれるかもしれないが、ゾンビはそんなことはお構いなしであろう。


将吾の運命は決まったかに思えた、その時であった。


「「へっ?」」


将吾と美鈴がマヌケな声をあげる。


「どうしたんでヤンスかっ!? ……って、あれ?」


続けて振り向いた中島もマヌケな声を出した。


将吾から見たら、目前に迫ったゾンビが目の前から消えたと思えた。

一瞬の後に左手よりドウッと何かが倒れるような音がしたので見てみれば、何故かゾンビは地面に横たわっていたのだった。


そのゾンビはぐぐっと上半身を起こす。


(あれ? コイツって顔にこんなの生えてたっけ)


呆然とゾンビを眺める将吾がゾンビの頬あたりから生えている棒を認識したその瞬間、ゾンビは弾けるように再び地面に倒れた。


「……オマエらっ!! こんな所で何をやってるのでアリマスか!!」


ワンッ!


「「「……へっ?」」」


三人は再びマヌケな声をあげることになった。

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