第3章 札幌コミュニティ
第63話 防衛大臣の話
「お揃いの様ですね。では、札幌コミュニティの班代表定例会を始めたいと思います」
4月29日AM11時ジャスト。
雪も完全に溶けた札幌のとある学校施設の会議室において、10人の男女が膝を付き合わせていた。
ここは札幌コミュニティ発足の地であり、生存者約10,000人という比較的大きなコミュニティになった今においても……いや、大きくなったからこそ、各地区の代表者はここに集まって情報交換や方針等を擦り合わせるために定期的に集まっているのだ。
皆、一様に厳しい表情をしている。
北海道の冬は今年も厳しかった。
しかし、暖を取る為の燃料に不足は無かった。暖が必要な生存者に対し、備蓄していた燃料は供給過多とも言える状況だったからだ。来年以降は燃料が経年劣化し使えなくなってくる問題もあるのだが、また冬が来る前に燃料用の木材等を用意しておけば問題はないであろうと考えられている。
食料事情もいまの所は問題ない。
レトルト食品や缶詰も十分行きわたっているのもあるが、生き残りの酪農家が協力しあって機能をなんとか維持している牧場もあるらしく、肉類も贅沢を望まなければ手に入るようになるだろう。
ちなみに、生き残りの政治家や官僚、知識人を寄せ集めた暫定政府も文化と技術保全を最優先事項として掲げているのもあり、酪農についてもわざわざ自衛隊員数人をゾンビ対策として農場に派遣しているという話だったりする。
にも拘わらず、何故皆は厳しい表情なのか。
「ゾンビの被害が、また多く報告されているらしいじゃねぇか」
老年だが、非常にエネルギッシュな目をした男がギロリと睨みをきかせて、白髭混じりの豊かな髭を開いた。
「まあ、雪が無くなったってことは天然の防壁も無くなったということだからな」
「そうだね。初めは十数人から始まったこのコミュニティも、あっと言う間に10,000人オーバー。どうしても対応が遅くなる部分は出てくるね」
「かと言って山田君、仕方がないでは済まないぜ」
「斎藤さん、そうは言いましてもねぇ。僕の本職は医者であって……」
山田がそこまで言ったところで、斎藤と呼ばれた老人が手で言葉を制する。
「だが、いまは君がこのコミュニティの創始者であり、代表だ」
山田はハハッと軽く笑いを漏らしたあと、そのお調子者っぽい表情から厳しい表情に変わり言葉を続けた。
「代表と言っても、成り行きです。
斎藤がやれやれと天を仰ぎいだ。
この斎藤という老人。防衛大臣の肩書きはあだ名とかではなく、”あの日”までは本物の国会議員であり防衛大臣を務めていた男なのだ。
”あの日”以降の全国的な大混乱期、感染者になってしまった
「だがな、わしだって成り行きだぜ。今はただのジジイだ」
「解任された訳でもないでしょう? じゃ、現役ですね」
「ハッ! 言うね
斎藤はドンと机に拳を落とし、眉間に皺を寄せて山田を睨みつけた。
流石は重鎮の政治家、その迫力は老人のそれではない。山田だけではなく周囲も気圧されそうになる。
「……どっちでもいいざますけど、何とかしてくれないものかしら」
そんな状況にも拘わらず、50代くらいの小奇麗で気の強そうなザマス眼鏡の女性が割って入ってくる。女ながら、なかなかの度胸である。
しかしながら、フォローどころか火に油を注ぐ結果になったようだ。元々厳しい雰囲気から入った集会だったのだが、ここに来て厳しいを超えて一触即発の不穏な空気が流れ始めた。
その時である。
「にゃ~ん……」
皆の目が床……声の主に注がれる。
時間が止まった気がした。
そして、一瞬の間の後、斎藤が動いた。
「お……おお、黒之介よ。どうちたんでちゅかぁ~?」
斎藤は黒之介と呼ばれた黒猫を足元から抱き上げると、目を細め、その豊かな髭からゾリゾリという擬音が聞こえてきそうな勢いで頬ずりを始めた。
黒之介は「にぎゃ」と小さな声を上げる。非常に迷惑そうだが、斎藤はお構いなしであった。
「この人たちがカッカしてて、怖かったんでちゅねぇ~」
((オマエが言うな!))
山田を含め会議室内の面々は、それぞれ心の中で思わずツッコミを入れていた。
今日いちばん、皆の心がひとつになった瞬間であった。
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