第30話 らいく あ ぞんび
僕は絶叫を上げながら後退る。
足がもつれる。踏ん張りが効かない。
腰が抜けたというのはこの様な状態のことだろうか。
401号室の対面にある403号室の扉にバァン!と倒れ掛かる様に思い切り背中が叩きつけられた後、その場に腰から崩れ落ちた。
胃から熱いものが込み上げる。
先程の惨状の記憶に悪臭も相まって、それを止めることはできなかった。
混乱する頭。
何なんだ、アレは何なんだ。
人が、人を喰っていたのか?
まるでゾンビ……いや、ゾンビそのものじゃないか。
アレが何であれ、とにかくヤバい。
アレはヤバいやつだ。
逃げろ。
本能が叫ぶ。
とにかく、ここから遠ざからなければ。
その気持ちとは裏腹に、足はガクガクと踏ん張りが効かず立ち上がることもできない。
これでは階段を降りるとかそれ以前の話だ。
いかん、落ち着け。落ち着け僕!
バンバンと自分の膝を拳で殴りつけて気合いを入れる。
よし、よし!
何とか、何とかなりそうだ。
僕は背中を403号室の扉にあずけながらも膝に力を入れ、何とか中腰くらいまで立ち上がった。
……のだが。
ぎいィィィ……
目の前の扉がゆっくり開く音がする。
嫌な予感がする。
いや、これはもう嫌な確信だ。
恐る恐る顔を上げると、401号室の扉を開けて佇む女の、真っ赤な目と目が合う。
「うわぁぁぁぁ!!」
恐怖が、胸の奥で跳ね上がる。
僕は再び腰を抜かしてしまった。
悲鳴を上げて後退ろうとするが、背中には403号室の扉がある。逃げようはずもない。
ガンガンとぶつかる音を立てるのみだ。
そんな大騒動な僕とは裏腹に、女はゆっくりと静かに、両手を前にして前傾姿勢で僕に向かって歩みよってくる。
その動作は傍から見れば、パニック状態の男を優しく抱擁しようとしていると思われるのかもしれない。
だが、そんなワケはない。
彼女の開かれた口から覗く歯茎から滴る赤黒い血肉を見れば、抱擁に身を任せた結果は火を見るより明らかであろう。
「く、来るなぁぁぁぁ!!」
再び弾けた恐怖。
僕は反射的に右手に持っていた木刀を女の左腕に叩きつけた。
ボキッ!と嫌な感触が伝わる。
ハッと我に返る。
僕は情け無用の無法者でも元ヤンキーでもない。
僕が行う暴力によって、相手に骨が折れる程の怪我をさせたことなんて過去にない故に、初めて振るう自らの暴力に自らが引いたからだ。
しかし女は体制を崩して尻餅を着いた程度で、苦悶の声をあげるワケでもなく、相変わらず無表情で再び僕ににじり寄って来たのだった。
「何なんだオマエ……!?」
再び恐怖が膨れ上がった。
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