第8話 誰もいない
おかしい。
「静かすぎる」
あまりにも静かなのだ。
地下鉄で言えば、始発の電車待ちとか終電後あとは駅員が入り口締めて帰るだけとなった駅を経験した人ならわかると思うが、あれぐらい静かなのだ。
エスカレーターの動作音はするのだが、逆に言えばその存在を意識できるくらいに静かってことである。
それは、洗濯物を干した昨日や、先程マンションの玄関口を出たときにも感じた違和感と同じだと気付く。
そして、僕はここで急に違和感の正体に気付いた。
生活音が無かったのだ。
車のエンジン音や摩擦音、クラクションの音、人の足音、携帯での喋り声、地下鉄の電車が近づいてくる音やアナウンス。それが無い。
そして、今日は誰ともすれ違っていない。見かけてもいない。
これは今日が実は祝日でしたとかの問題ではない。
僕はインフルエンザで頭がおかしくなっていて、まだ夜中なのに出社しようとしてるんじゃないかとか一瞬頭を過るが、すぐにそんなことはないと思い返す。確かに日は出てたし、携帯の時計もAM8時40分を表示している。
地下鉄の入り口だって開いてたじゃないか。
軽くパニックにはなったが、携帯からネットにつなぎ、地下鉄の運行状態を調べてみるくらいの行動は取れた。
通常運転中。
逆になにこれ?
朝は3分置きくらいに電車来るのに、一向に来る気配ないんですけど?
てか、人も来ないんですけど?
いつもの席取り合戦どこ?
急激に不安が広がる。
いや、5日間も世間と接触を断ったんだ。
頭のボタンがまだカッチリはまってないだけで、ちょっとしたことで正常になるはず。
そうだ、とりあえず誰か一人見つけよう。そうすれば一気に日常が戻ってくるはずだ。
僕は何の根拠もないマイルールを自分に言い聞かせると、一気に地下鉄出口まで走った。
「誰も……いない」
街も静かだった。
信号は定期的に変わる。
しかし、車もバイクも自転車も何も走っていない。
異様な光景だった。
まるで元旦の早朝のようだ。なんで平日なのに厳かな雰囲気出てんだよ。
ありえない。
これは夢に違いない。
夢だったら通りすがりの女の子のおっぱい揉んでもOKなんだよね。
でも女の子どころか男もいないんだけどね。
ここで定番ならほっぺたをつねってみて「いてて夢じゃねえ」とか呟くまでがテンプレなんだろうが、現実にそんなことをする奴って実在するんだろうか。パン咥えて「遅刻遅刻~」とか言いながら走る女子高生くらいないと思う。
いやそんなことはどうでもいい。
とにかく、誰か一人でも見つけないと。
僕以外に誰か存在している証を見つけないと。
とりあえず僕は、実家に電話をしてみた。
コール音はする。でも出ない。
会社に電話してみる。
コール音はする。でも出ない。
友人たちに電話してみる。
コール音はする。でも誰も出ない。
もしくは定番の「お掛けになった電話番号は電波の届かないところか電源が入っていません」だ。
ヤケクソになって、携帯に登録してあった部屋の管理会社にもかけてみた。
ここは24時間やってるはずだ。
……誰も出ない!!
最後の手段。
怒られるのを覚悟で110番とか119番にもかけてみた。
誰も……出ない……
僕はガックリと腰を落とし、縁石に座り込んだ。
何が……起こってるんだ?
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