第1章 ”あの日”

第6話 ”あの日”の始まり

「はあ。独り身って、ないわー」


 僕はベッドに仰向けになり、天井に向かって呟いた。


「にゃーん?」


「……お前に言ったんじゃねえよ」


 同居猫の茶々丸(♀)が絶妙にボケてくれたので、思わずツッこんでしまった。


 昔、10代のギャルが「動物に話しかけて会話チックなことしてるヤツってウケるよね。アレって動物が返答してることを前提なんだよね?アホじゃね?」とか言っていたのを思い出す。

 黙れ、オマエらこそ小汚いんだよ氏ねマジで。



 そう、僕は独り身で独り暮らしなのである。

 しかも中年のおっさんである。

 最近までまだ青年のつもりだったが、馴染みの呑み屋で常連客である20代後半の女性に「おじさんなんだからw」とか何かの話の流れで言われた際、「ああ、20代後半から見ても僕の年齢はおっさんなんだ」という現実に軽く打ちひしがれて以来、僕は自分のことをおっさんと認識している。


 ……してしまったのだ。


 比較的最近まで付き合っていた女性がいたのだが、彼女はひと回り以上年下で、8年付き合いそのうち4年は同棲。

 結局長すぎた春で別れてしまったんだけど。

 ちなみに、僕がフられた形である。……トホホ。


 相手が若かったから、僕も若いつもりでいたんだろうな。

 僕の精神的な時はその頃から止まったままだったけど、先の呑み屋での件から急速に時が動き始めたことを自覚している。

 別れてからも更に4年も月日が流れているのだ。そりゃおっさんに違いない。


 そんなおっさんが何で今更独りボヤいてるかと言うと、遅めのインフルエンザにかかってしまい、会社からは5日間の出社禁止、医者からも5日間の外出禁止を言い渡され、今日から自宅謹慎中でヒマだからである。


 会社からの通達は守るしかないが、医者からのは無視しようと思えばできる。

 ただ、僕も日本人かつサラリーマンなのであろう。ルール遵守、エラい人からの命令も遵守の社畜精神が身に染みているからか、昨日の病院の帰りに食料……主にインスタント食品とスポーツ飲料をしこたま買い込み、5日間の引き籠り生活をスタートしたのだった。



 昨夜が症状のピークだった。


「茶々丸様、おやめください。遊んでるんじゃないの。本当にやめて」


「にゃ!」


 とんでもない悪寒が僕を襲う。

 布団の中、体は震えるというよりもはや痙攣。跳ねるように踊る体。


 ペットは飼い主が調子悪いと寄り添ってくれるって話、半分ウソだと思う。

 茶々丸ときたら寄り添うどころか、僕が布団の中で何か面白い遊びをしてると勘違いしたのか、時々布団からはみ出る手足ににゃんにゃん言いながら嬉々として攻撃を加えてくる始末である。


 ……爪を出したままで!

 本当にやめてください!

 ちなみに、飼い猫からDVを受ける際、敬語でお情けを懇願してしまうのは僕だけなのだろうか。奴隷根性、ここに極まれりである。


 寒さとコントロールできない筋肉の軋みに耐えながら思う。

 ああ、老人が死ぬのも理解できるわ。これは骨が弱っていたら普通に折れるし!

しかし、このまま死んだりしたらどうなるのだろう。誰か発見してくれるのだろうか?

 少なくとも5日間は会社も僕が出社しないことを変とは思わないから連絡来ないだろうし、実家の親だって月に1度電話がかかってくるかどうかって感じだし!

孤独死? これって孤独死なの? この歳で孤独死とかウケるwww

 てか、茶々丸のご飯どうしよう!

 マンションの部屋なんて、動物ペットにとってはある意味監禁状態だから飢え死にしちゃうやん!

 もしかして僕の死体が餓えた茶々丸のご飯になるとか!? 

 孤独死ならぬ、蟲毒死とかwww

 茶々丸最強!

 うは、マジでウケるwww

 ははははは……って、笑えんわ!!


 ……そんな感じで脳からドバドバ出る何かでハイになりながら絶望したのが昨夜。

 それを思い出して思わず出た言葉がが、冒頭のアレである。


「はあ。独り身って、ないわー」

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