アリスに憧れて~アラサーの私が不思議な世界に迷いこんだら出会いがあった!?~

佐藤深槻

不思議な世界にようこそ

第1話 アリスに憧れて


 幼い頃、アリスに憧れていた。


 アリスと言えばワンダーランド。穴に落ちたり鏡の世界に入り込んだり。そこでヘンテコな世界のヘンテコな住人に出会って、たくましくも冒険をするアリスという少女に私は憧れていた。


 いつか私も……。幼い頃の漠然と抱えた夢は、大人になった今も、あり得ないって分かっていても捨てられずにいる。


 ロマンチスト――。

 友人達に言わせれば、私はその一言で片付けられてしまうらしい。若い頃は、可愛いね、そのまま夢を持ち続けてね、と言われていたけれど、そのうち呆れられるようになってきた。


「そろそろ、現実を見ようか」


 お呼ばれした結婚式の二次会で友人達が責め立てる。私の周りではとっくに結婚ラッシュと呼ばれる暴風雨の嵐は通りすぎ、しばらく凪いでいたところに、最後の独身仲間の友人が結婚したのだった。


 いや、心配してくれてるのは分かる。いい年齢で乙女のロマンを捨てきれずにいることを呆れてしまうのも分かる。しかし……。


「運命って絶対あると思うの!」


 私も長い年月をかけて培ってきた夢は、こうなったら意地でも貫くしかなかった。


「なんだっけ、アリスみたいにワクワクするような冒険と……」

「それに、童話みたいな王子様との運命的な出会い……」


 ため息をついて友人達が頭を抱える。


 そりゃ、自分でも非現実的なのは分かっていますよ。不思議な世界なんてあるわけないし王子様なんているわけもない。分かってる。でも、運命くらいは夢見たって良いじゃない。胸がワクワクするような出来事だったり、瞬間でときめいてお互い引き寄せられるような出会いだったり。 ねぇ?


「ちょっと涼んでくる」


 結婚式の二次会ではその後、久々に会った友人達との近況話に花が咲いた。そして話題は所帯持ちの、つまり私を除いた、友人達の子育てトークに移っていった。話についていけない私が席を外すと、


「いってらっしゃい」と友人達も手をヒラヒラさせるが、すっかり自分達の話題に夢中のようだった。


 私は二メートルほどあるのではないかと思われる大きな扉をそっと開けて、会場を後にした。扉が閉まると、先ほどまでの喧騒は嘘のように静かになる。二次会が開催されたこの場所は、超一流ホテル! とまでは言わないまでも、大変立派なホテルだったので、私は少しの間だけ館内を探検してみることにした。廊下を適当に歩いていくと、何だ残念、フロントの方まで来てしまった。けれども正面に見つけたガラスの壁、その向こう側にある大きな中庭に私は心が惹かれる。深い青に染まったその中庭は、池が中心にある回遊型の庭園で、とても静謐な雰囲気だった


 少し開いた中庭への入口に私は身を滑り込めせて、そこを少し散歩してみることに決めた。周囲はなかなか薄暗くて足元が不安になるが、しかし道なりにライトが点在して要所を照らしているので、歩けないことはない。私はライトを辿って、奥へ奥へと足を進めてみることにした。手入れされた草木の隙間に私の知らない小さな世界が広がってたら面白いのに。そんなことを考えながら歩いているとすぐに、池の対岸の方まで辿り着いてしまった。私はライトの真下に置かれたベンチに腰をおろしてぼぉっとしてみる。池の表面はライトの光で静かに煌めいていて、少し遠くになったガラス越しのホテルの館内はオレンジ色に光っていた。私は今日の出来事を思い出す。花嫁姿の友人はまるで舞踏会のシンデレラで、式も披露宴もキラキラと輝いていて、まるで宝石箱の中に入り込んだようだった。


「良いなぁ」


 思わずジェラシーが口をついてポタリと落ちた。最大限に着飾ったつもりのオレンジ色のドレスに私は視線を降ろして、立ち上がる。スカートを軽く摘まんでヒラヒラさせてみた。せめて誰も見ていないこの場所で、お姫様気分を味わってみる。このまま王子様が現れて私をどこかに連れてってくれないかしら、と恥ずかしくも甘い妄想を膨らませて密かに楽しんでいた。 その時、足元で何かがキラリと光った気がした。


「――?」


 不思議に思ってその正体を探してみると――


「鍵?」


 それは、少し土で汚れてしまっているが、金ピカのおもちゃの鍵だった。子どもがおもちゃの宝箱の鍵でも落としてしまったのだろうか? それならきっと、なくしてしまって悲しい気持ちになってるはずだ。フロントに落とし物として届けてあげよう。私はそう思い、そして、フロントに届ける前に土の汚れを落としてあげよう、と池の水に鍵を浸け――。


 突然に私の視界は白で満たされ、浮遊感が私の感覚を支配した。何が起こったのか、私は分からない。分からないが、自分が光の中を落下している、ということだけは分かった。混乱と浮遊感が私の心を恐怖で満たしていく――。


 そして間もなく、私は意識を失った。

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