果てなき場 ~ boundless field ~ ①

ヤハタ クロウド

第1話 叛逆

 五十四代皇帝アデス ハイゾックは逆臣エブル公によって弑逆された.

 その始まりは皇帝の御子セレン皇太子が西蕃の国家ゲルマの謀叛の討伐に失敗し戦死したことによる.

 エブル公は帝国の威信のためにも皇太子による征伐を強く進言し自らも皇太子を助けるため軍を率いる決意をしめした.

 皇帝もエブルの進言を受け入れ皇太子によるゲルマ征伐が決まった.

 セレン皇太子の死は実際は戦死ではなくエブルの部下によるものだった.

 エブルの偽装による皇太子の戦死によって帝国軍は敗走したが エブルは自分の部下の兵士にかねてよりの手はずどうり宮廷を囲み皇帝を弑逆した.

 すでに懐柔された貴族もおおく エブルに与しない者は容赦なく討たれた.

 その中にディバイン家も含まれていた.

 ディバイン家は代々軍学者の家としてしられていた.

 ディバイン家の惣領であるゼルバは征伐軍に加わっていた門人からの報せで皇太子戦死の訃報をきくと すぐに皇太子に頼まれたことを果たそうと宮廷に赴くが すでに宮廷はエブル公の兵によって包囲されていた.

 ゼルバは決死の覚悟をきめ皇女スウィイトを助けだそうとしていた.

 エブル公が危険な人物であるに違いないとは思っていたが ここまでやるとはゼルバも思いがめぐらなかった.

 エブルの兵士の怒声がきこえる.

「アデスの首はあげたぞ」

「皇帝陛下の御命だぞ お殺ししたといはないか」

「申し訳ありません」

「間違いないな」

「間違いありません」

「すぐにエブル公にご報告しろ」

「スウィイト皇女はみつけたか」

「いまだ」

「傷つけるな エブル公の厳命だぞ

 わかっているだろうな」

「はっ 承知しております」

〈スウィイト皇女はまだ生きてる エブル公は間違いなく帝位につくつもりだろう スウィイト皇女を殺すきがないなら 強引に妃にするつもりだろうか それは姫にとって死ぬより辛いことだ 我が門人にして親友セレンの最期の頼み この身に替えても わたしは果たさずにはおかない セレンは姫は庭園を好んで自室のテラスから庭園に降りられて長い間そこにいることがよくある といっていた どうだい 忍んでいっては スウィイトはゼルバのことをきっと気にいると思うよ などとふざけて 仰ったりした〉

 ゼルバは騎馬のまま姫の園に乗り打ちして姫を探した.

 何かそのあたりが明るく感じたような気がしてゼルバは目を凝らすと

 姫は椅子に腰をおろして物想いに沈んでいるようだった.

「姫 あなたの身に危険が迫っています わたしと一緒にきてください エブル公が叛逆しました」

 姫は困惑した様子だったがゼルバはお構いなく姫の手をとり馬のところまでくると

「姫 無礼をお許しください」

 といって姫を抱き上げ馬にのると自らの邸に向かった.

 邸の近くにくると邸はすでに火に包まれていた.

 エブル公の兵が火をかけ構えはほとんどなく皆すでに討たれていた.

 ゼルバが宮廷へ向かった入れ違いにエブル公の兵に邸は包囲され火をかけられ逃れようとするものは皆殺されたのだった.

〈エブル公はよく知っているな 帝位についたエブルに我が家がけして従うことなどないことを エブル公が帝家を横領して帝位につけば わたしも姫も 寸地も居場所はない 未だ征服されない西蕃の地にはいっても 殺されることにかわりはないだろう 姫が生きられる道はただひとつエブル皇帝の妃になることをうけいれことだけだ わたしには 生きる道などまったくない エブルはわたしのことをよくわかっているだろう たとえ木の根をかじり泥水をすすってもエブルを討とうとすることを〉


 ディバイン家の祖となったのは天衣無縫の御子と呼ばれた宮だった.

 戦場を駆けること五十数度みに擦り傷すらおうことはなかったとゆう武勇の宮だった.宮の西蕃遠征によって西蕃の国の多くを切り従え帝国の版図に加えた.

 兄宮より帝位にふさわしいと宮廷あたりではよく口にされていたが兄宮との関係が悪いとゆうことはなかった.

 兄宮は武勇の人ではなかったがもの静かで聡明な御子だった.

 あるとき兄宮は弟宮に

「わたしは帝位にはあなたがつくべきだと思っています わたしのことは気にすることはありません」

 とおっしゃった.

 弟宮はこたえて

「兄うえ長幼の序を違えてはいけません わたしのことを気にかけることはありません」

 そのあと直ぐに弟宮は

「帝家も五十代ともなれば 皇族の費えも莫大なり どのみち臣下に降るなら 宮仕えも面倒だし 我が子孫は軍学の家として生計を立てるのが良いだろう」

 といって野に降ってしまった.


 とにかく一刻も早く帝都を出るべきだとゼルバは判断した.

 帝都から十五キロほど離れたところにハイデンの森があり森のなかに狩のときにつかっている山荘がある.

 いまはそこへ行くしかなかった.

 山荘にたどりついたのはもうすっかり陽がおちたころだった.

 山荘の裏手に目立たぬように馬を繋ぎいつでも脱出できるようにした.

 なかに入る.

 ディバイン家に長く仕えている山荘管理の老夫婦ジサンとオルデがいるはずだ.

 オルデが驚いた様子で

「ゼルバさまどうなされたのです こんなに陽が暮れてからおいでになるなんて」

「エブル公が叛逆した ここもやがて危険になるだろう」

「ご両親さまはどうなされたのですか」

「邸は火をかけられた おそらく亡くなられたのだろう」

「まあ なんて酷いことを」

「二人とも早く逃げたほうがいい 頼れる人はいるね 急いでそこへ移るんだ」

「わたしたちよりゼルバさまはどうなされるのです」

「わたしには考えがある 大丈夫だ スウィイト皇女をお助けしなければ」

「スウィイト姫さま わたしくしたちにも何かお手伝いさせてください」

「だめだ とても危険なことなんだ」

「今さら命など惜しくありません」

「そうですとも なんで命など」

 後を追うように老夫ジサンがいう.

「わかった それなら裏手に姫のために乗りやすい馬を用意してほしい それから乗馬にむいた姫の服を揃えてほしい」

「お任せください直ぐにご用意します」

 ゼルバは居間に姫を案内して長椅子で休むように勧めた.

「ゼルバさま わたしは迷惑をかける他になにひとつできることはありません 自害させてください」

 ゼルバはしばらく声もでなかった.

「どうしてそんな悲しいことをおっしゃるのです」


 ゼルバはセレン皇太子がゲルマ征伐の直前にディバイン家を訪れた時のことをおもいだしていた.

「殿下みずから征伐につくべきではないでしょう 御旗を立てた軍ではかえってゲルマを決死の兵にしてしまうだけです もう少し時間をかけるべきです」

「ゼルバ セレンでいいよ 師のお言葉はありがたく拝聴しょう だが もう決まったことだ」

「セレン エブル公には気をつけたほうがいい 何かキナ臭いお方のようだ」

「ゼルバ もしわたしに万一のことがあった時はスウィイトのことを頼みたい 宮廷以外何も知らず わたしの話しを聞くこただけを楽しみにしている わたしが死んだらひどく哀しむだろうから 約束してくれ」

「どうしてそんな縁起の悪いことを」

「約束してくれ」

「約束するよ」

「宮はゼルバの妻になれたほうが きっと幸せになれる気がする」


「姫 エブルは帝家を横領しやがて帝位につくでしょう そうなれば わたしたちは帝国のうちには寸地も生きられる場所はないでしょう それでも道はひとつだけあります 神の宮殿のことは姫もご存知でしょう かの宮殿は忽然と現れて千数百年未だ誰も恐れて中に入ったものはいません わたしは中へ入ってみようと思っています エブルの兵もなかへははいってこれないでしょう ただ エブル公は姫を殺そうとはしていないかもしれません」


〈ゼルバさまは兄上に聞いたとうりのかただ 軍学者として勝てる道を常にみようとしている でもわたしは生きたいとは思わない 五十四代皇帝アデス ハイゾックの娘として エブル公に辱められるのはいやだ〉


「ゼルバさま わたくしは…わたくしは……」

 スウィイト皇女はその美しい瞳をゼルバに向けたまま涙を流した.


〈余計なことを言ってしまったな 姫がエブル公を受け入れるわけがないことはわかりきっていたはずなのに 姫は生きようとしていない これではいけない わたしがきめて姫を導くしかない〉


「姫 神の宮殿に行きましょう わたしは 姫を いたずらにふりまわしてしまうかもしれません それでも 今はわたしを信じてください わたしには失うものはなにもありません わたしにとって このみ身にかえても姫をお守りすることが 今わたしが生きている意味だと思っています」


 ジサンとオルデが居間に入ってくる

「裏手に姫さまの馬の用意をしておきました 一番おとなしい馬ですから姫さまでも大丈夫でしょう」

「服のご用意もできました」

「ありがとう 夜が明けるまえにここを発とうとおもう エブル公の兵がきっと来るだろうから そのときは へんな義理だてをしないで ありのままに 神の宮殿へ向かったと言うんだ 大丈夫だ 考えがある 全てありのままに話せばいい いいね 大丈夫だから ありのままに話すんだ」


 姫はオルデの介添えでドレスから乗馬用の服に着替えた.

 直ぐに裏手に向かう.

 ジサンとオルデが二人を見送ろうとしている.

 ジサンがいう.

「ゼルバさまご無事で」

 オルデ

「神のご加護がありますように」

「二人とも わかっているね 言ったとうりにするんだよ」

「わたしたちのことならご心配無用です ゼルバさまのおっしゃるとうりに」

「二人とも 色々と ありがとう それでわ いくよ」

 ジサンとオルデはゼルバとスウィイトが暗闇にきえてもしばらくそのままたたずんでいた.

 オルデはしくしくと泣いている.

 ジサンは怒るように

「縁起でもないよしなさい」

 とゆうと自らも顔を伏せてしまった.


 夜が明け始めている.

 ゼルバとスウィイトの馬が神の宮殿への道を進んでゆく.

 ゼルバは自分の馬とは違う振動が後方から伝わってくるのを感じた.

〈多くはない 四騎 いや 五騎か 様子をみにきた小隊がそのまま追ってきたのか さすがに手が早いな 後から来るものはいないようだ〉


「姫 追ってが来たようです わたしはここで迎え撃ちます この道を真っ直ぐに進めば神の宮殿の入り口のまえにでます 振り返らず進んでください」

「ゼルバさま このまま一緒に宮殿に向かい中に入れば…」

「万一途中で追いつかれた場合は不利です 始めから 追ってが少なければ迎え撃つつもりでしたから 心配しないで先に進んでください 宮殿の前でお会いしましょう」


 スウィイト皇女はゼルバのベルトの鎧どおしの短剣を見て

「短剣をお貸しください」

「どうするおつもりです」

「身を 守るために お貸しください」


〈確かに身を守るために短剣をもっていた方が良いのかもしれない しかし自害の可能性がすこしでもある限りお渡しすることはできない〉


「だめです」

「わたくしを信じていただけないのですか」

「いまは 信じられません 大丈夫です 心配しないで わたしは必ずいきます」


〈ゼルバさまはいまお一人で 追ってと戦おうとしている これ以上ゼルバさまを煩わせるわけにはいかない〉


「わかりました ご武運を」


 スウィイト皇女は神の宮殿へ馬を進めた.

 ゼルバは追ってがくるのを待った.

 やがて蹄の音がはっきりと聞こえてきた.

 待ち受けるゼルバからすこし距離をとってひた鎧の騎兵が五騎 馬の足をとめて対峙した.

 鎧の違いで一見して一人は隊長格だとわかる.

〈あれは 近衛小隊長のアンシェムか〉

 アンシェムがゼルバに呼びかけた.

「ゼルバ ディバイン殿とお見受けする どちらへ行かれるのか」

「汝にとってそれは重用なことなのか アンシェム近衛小隊長」

「ゼルバ殿ならエブル公から死んでもらうように仰せつかっておりますので」

「帝家のご恩がありながら あまつさえ近衛小隊長の職にありながら皇帝を弑逆するとは 汝に恥はないのか」

「確かにわたしは近衛小隊長ではありますが皇帝から禄をいただいてるわけではありません 費えはすべてエブル公がお払いになっておられる 皇族方は民の台所もおもいやらず莫大なつけをお構いなしにおまわしになる エブル公はそれを改めようとお思いになっただけですよ そうそう あなたのご先祖の宮こそそのことを良くご存知だったではありませんか」

「所詮 汝とは相入れるものはない 本当の騎士は利だけで働きはしない 確かに エブル公は合理的で計算だかいお方のようだ だが 机上だけでは戦う者の心はわかりはしない」

「引かれ者の小唄はこの辺にしてください これだから あなたには死んでいただかなければ」

 ゼルバは剣をぬきはなった.

「戦いにつくこと五十数度その身に擦り傷さえ負うことがなかった 我が先祖天衣無縫の御子が戦場で常に佩いていた剣 伝家の宝刀 バジラギリその斬れ味をしりたい者はまえにでよ」

 アンシェムは四騎の兵に向かって

「油断せず一騎でけして戦うな四騎で囲むようにして同時にかかって確実に仕留めよ」


〈囲まれてはさすがに厳しいか ならばこちらから仕掛ける 回りこまれるまえに左はしから〉


 ゼルバは狙いを定めると馬の腹をけって先に仕掛けた.

 回りこもうとする左端しの騎兵に自らの馬を追いに追った.

 しなやかに舞う剣が刹那電光のように素早く加速してバジラギリ独特の厚みのある鏨のような刃が籠手を撃ちおとした.

 ゼルバは囲まれないように走りぬけ馬が竿だちになるくらいにして素早く向きを変えると直ぐに三騎の左端しをめがけて突撃した.

 再びバジラギリが閃くと鉄鎧の肩口をきりさいた.

 ゼルバは馬を縦横に走らせて怖気づいた残りの二騎もあっとゆうまに撃ち落とした.

 少し離れた所で見ていたアンシェムは背筋をぞくぞくさせていた.


〈聞きしに勝るすさましさだな これが代々の皇帝が兵法の門下として師礼をとってきたディバイン流 ご流儀か ここは逃げる一手しかない〉


 アンシェムは最後の一騎が撃ち落とされる前に脱兎のごとく逃げ去った.

 追っての心配がなくなったのでゼルバは姫のもとへ急いだ.

 神の宮殿の前に止まっている姫の馬が見えてきた.

 姫は馬のそばに不安そうに立っていた.

 ゼルバは姫のそばで馬を止め おりて姫に近ずいた.

 姫も静かにちかずきゼルバの胸に顔をうずめた.





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る