27杯 誇り高い

 骨の砕ける鈍い振動を手の中に感じながら、蟇目は辺りを窺う。

 もういないな、と納得するように頷くと手の中の物を草むらに投げ捨てる。

 人気のない藪から顔を出す蟇目を、着物を着た女性がやや飽きれ顔で出迎えた。

「や、悪いな楓ちゃん。さっき水を飲み過ぎたみたいでな」

 楓はしょうがないなぁと笑い、蟇目の逞しい腕を取る。

 賑わう屋台の通りを歩きながらも、蟇目は感覚を研ぎ澄ませた。

 このお祭騒ぎの中、変異種が何もしないなんて事は有り得ない。奴らは人々が恐慌するのが大好きなのだ。

 やや重装備の警戒があるとはいえ、抑止力になるはずはない。元々変異種とは抑制の効かなくなった連中だ。

 大抵の奴らはどこかで騒ぎが起きるのを待っている。騒ぎに便乗して人を襲うつもりだ。

 逆を言えば、引き金になる騒ぎを起こさせなければ大した騒ぎにならない。

 その火種は蟇目の感覚からは具体的に感じとれた。

 臭い物がそこにあるように、どす黒い空気があるのが離れていても分かる。

 別に祭の雰囲気を壊したくないわけではない。

 横に引っ付いている人間の女を守りたいわけでもない。

 正直、自分でも何をやっているんだろうと思う。

 魁が動き出した事は蟇目にも分かっていた。

 このままでは再戦の約束を果たせない。

 蟇目は人類の味方ではない。周りの者が人間だろうが変異種だろうが彼の生き方は変わらない。

 この機会を逃して、本当に後悔しないのか? その自問を繰り返している。

 ビシッという音と共に蟇目の前にいた大柄の男が倒れた。

 喧嘩が大きくなり、体に変化の兆しが出た屋台の店主の首に、蟇目が手刀を打ち込んで気絶させたのだ。

 こうして先程から半ば気を紛らすように変異種を黙らせている。

 蟇目も魁の男気は買っている。

 魁のやろうとしている事は立派だ。武術家としても尊敬出来る。

 だから尊重してやりたい。

 しかしあんな好敵手はそうはいない。

 技術はあるが、正直まだ未熟だ。

 しかしそれは若さからくる甘さによるもので、魁はこれからも強くなる。煮込まれて良い匂いを出し始めた料理の完成を待っているような楽しみがある。

 魁が身を犠牲にして穴を塞げば、変異種も減っていくだろう。

 その後、どうすればいい?

 楓の声もろくに耳に入らず、心ここにあらずという感じでポケットに手を入れて歩く。

 無意識にバイクのキーを握り締めた。



 魁は鎧を装着し、刀を背負う。

 下っ腹に力を入れて気合を入れるように息吹くと玄関を開けて外に出る。

 見送りはいらない。それは足枷になるだけだ。覚悟は出来ている。


 公園に向かって一歩一歩踏みしめて歩く。

 冥界の門は逃げない。

 敵も重要拠点なら警戒しているはずだ。長期戦になるかもしれない、ここは体力を温存しておくべきだろう。

 歩く事で到着までにほどよく体が温まっている筈だ。

 最悪の場合、蟇目も敵として現れるかもしれない。彼は自分との戦いを望み、門を塞ぐ事にもメリットはないのだ。

 だが彼は強敵だ。出来るなら傍観してくれればと思う。


 道中をほぼ無心で歩く。

 公園の入り口に差し掛かると、哨戒するように一人の男が歩いていた。

 その男は魁の姿を見ると、体を変貌させる。

 魁は刀の柄に手をかけた。

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