五十八話 遺産相続

 ふと目が覚める。

 窓から光が差し込み鳥がチュンチュン鳴いていた。

 もう朝か、などとぼんやりした頭で思いつつ身体をこした。


「やけに身体が重い――なんだエレインか」

「よしひこぉ。むにゃ」


 見れば俺の腕にエレインがしがみついている。しかも裸で。

 ムクムクと起き上がる俺の分身はヤル気充分だった。

 いやはや自分でも恐ろしいほど欲が尽きない。消そう消そうと藻掻くほど無限に湧いてきているようだ。

 それはなんというか満腹なのに腹が減るのと似ている気がした。

 幸福感はMAXなのに欲だけは逆に飢えるのである。


 だが、これこそが俺の望んだ幸せ。


 童貞力と引き換えに手に入れた新しい俺の力だ。

 今なら悟りも開ける気がするしクソみたいなことでもだいたいは笑って許せる。

 たとえリア充が目の前を通ろうが心の中で殺す事はない。むしろ俺はもうそちら側の人間なのだから。さようなら童貞。こんにちは新世界。


 と言うわけで寝起きにエレインと存分にイチャラブした。





 この宿では食事は選択できる。

 パンを主食とする洋風か白米を主とした和風か。

 もちろん俺とロナウドは和風を選択。エレインとリリアは昨日の夕食で和風を選択したので今朝は洋風で食べていた。


「うほほったまらんでござる! 止まらぬでざござる!」

「そりゃあここの飯は美味いけど、食べ過ぎじゃないのか」


 ロナウドはおひつから茶碗に山盛りのご飯をすくい取った。

 それを味噌汁と共に掻き込むのだ。さらに漬物でご飯を減らし、トドメとばかりに卵を割って醤油を垂らす。卵かけご飯をむさぼる姿はやけに美味そうに見える。まぁ俺も同じく食ってるわけだが、あいつのだけ味〇素でもふりかているのかと思ってしまった。


「ごちそうさま。で、今日はどうするんだ。アタシとしてはできれば珍しい魔物でも狩りに行きたいんだけどさ」

「ちゃんと予定に入れてるよ。ついでだけどな」

「何か別にやることがあるのか?」

「ああ、それはこれだ」


 俺は未だに作動し続けている腕輪を見せる。

 リリアは意味が分からずきょとんとした顔で首をかしげた。


「これはどうやら誘導機能を備えた物らしい」

「どこへ誘導してるんだ?」

「さぁ。それが分からないから探しに行こうって思ってんだよ。目的地は山の奥にあるみたいだし、ついでに魔物狩りもできるだろ」


 でもなかなかそそられる話だよな。

 謎の場所に誘導する謎の道具ってさ。

 ゲーム脳からすれば完全に隠しエリア行きの鍵にしか見えない。つーかそうあって欲しい。そういうところには大体レアアイテムやレア素材がごろごろしてるからな。


「ミャ~」

「ほら、これやるよ」


 寄ってきたピーちゃんに焼いた川魚をやる。

 むしゃむしゃと夢中で食べていた。



 ◇



 旅館を出た俺達は村から北へと進む。

 山林を進む為、都営バスは使えず地道に歩いての移動だ。


「……こっちだな」


 進んでいる方角が正しいか逐一腕輪をチェックする。

 分かっているのは山の奥と言う事くらいで、遠方からはそれらしい物は未だ確認できない。


「これなんか珍しい素材じゃないですか?」

「初めて見る草だな。採取してメモっておくか」

「義彦! こっちにキノコが生えてるぞ!」

「どれどれ、って猛毒のキノコじゃねぇか」


 そう言いつつヤバそうな見た目のキノコを採取する。

 何が使えるのか分からないのが俺の錬金術だ。目に付く物は片っ端から手に入れておく必要がある。

 それに俺はまだ防音系の道具や催淫系の道具を諦めていない。

 マンネリ化した時の為に備えはしておかないとな。


「義彦殿、これは大変美味なキノコでござる。今夜の酒のつまみにでもするでござるよ」

「へぇ、これはマイタケっぽいな。天ぷらとかイケそうだな」


 ロナウドは姿を消す度に山の幸をとってくる。

 比較的この辺りでは彼の知る食材が多いようだ。


 あれ……ピーちゃんがいない?


 ふと、ウチの猫の姿を見失う。

 呼びかけると岩陰から「ミャ」と姿を現わした。

 ただ、なぜかその口は赤く汚れている。

 どうせネズミでも見つけて食ったんだろ。


「行くぞ」

「ミャ~」


 岩陰の辺りからオークの腕のような物が出ている気がしたが、俺の意識は腕輪と珍しい素材に向いていてスルーする。


 そして、六時間が経過した。


 ウロウロしつつようやく目的地へと到着。

 俺達は目の前に現われた物に目を奪われた。


 そこには木々やツタなどに覆われた遺跡があったのだ。


 構造は単純で四方を分厚い石の壁が囲っているだけのもの。

 天井はなく、入り口らしき場所から中へと入ることができた。


「不思議な場所ですね」

「草も生えていないなんて変だな」

「面妖な場所でござるな。しかし拙者これをどこかで……」

「ミャミャ(後ろ足で頭を掻く)」


 遺跡の中は一面が黒い石の床でできていた。

 表面は鏡のように光を反射し、異様なほどに埃も土も落ちていなかった。

 まるで先ほど作ったかのような真新しさがあったのだ。


 三人が驚いて見回している中、俺は遺跡の中心にある物に釘付けとなっていた。


 うっすらと発光する石柱。いや、石碑というのだろうか。

 上部を斜めに切った石の柱は一メートルほどの高さで、最上部にはのたくった文字のような物が刻まれている。


 『汝、資格があるのならば偉大なる錬金術師の住処へと至るであろう。ここに手を乗せ述べるがいい。我こそはプラハの後継者であると』


 プラハだって……?

 千年前にいたって言う伝説の錬金術師だよな?


 石碑に手を乗せれば光は強くなる。

 腕輪と石碑が共鳴しているようだった。


「やってみるか。このままなにもせず帰るなんてできそうにないしな」


 息を吸い込んで発する。


「我こそはプラハの後継者なり!」


 次の瞬間、床が眩い光を放った。

 俺達は為す術なく飲み込まれ視界を白く染める。




「…………?」




 一分くらいそうしていただろうか。

 俺は目を閉じて腕で顔を守っていた。


 だが、一向に何かが起こる気配がないので、恐る恐る目を開けることに。


「――変っていない?」


 遺跡の周囲は依然と森の中にある。

 ぱっと見て変った様子は見受けられなかった。


「今のはなんだったのでしょうか」

「あれ? なんか森の匂いが変ってないか?」

「ふむ、もしやこの遺跡はなにかの罠だったではないでござろうか」

「ミャァ~(あくび)」


 罠……だったのか?

 それにしては大がかりだし被害も受けていない。

 もしくは俺に資格がなかったのか?


「おーい、義彦。もう行くぞ」

「分かった」


 三人はここに興味を失ってしまったのか先に遺跡から出ていた。

 俺も見る限りここにはもう何もないみたいだし、さっさと帰って温泉でも入るとするか。


「――ってなんじゃこりゃあ!」


 森を出るとそこは山中ではなくどこかの平地だった。

 しかも遠くには家のような物も見えている。


「なんでですか!? 私達、山の中にいましたよね!?」

「あ、ああ、俺にも訳が分からない」

「やっぱり匂いが変ったのは気のせいじゃなかった!」

「しかしここはどこでござるか。まったく見覚えのない景色でござる」

「ミャウミャウ(草を食む)」


 もしかして俺達は遺跡から遺跡に飛んだのか?

 でもあまりにもいきなりすぎるだろ。

 どこに飛ぶとかまったく教えてくれなかったし。


 てか、まじでここどこだ。

 俺達は元の場所に帰れるのか。


「とりあえずあの家に行ってみるか」


 事情の分かる人がいればいいのだが……。





 家に到着した俺達は呆然と立ち尽くす。

 ただの一軒家かと思っていた場所は馬鹿でかい屋敷だった。


 門や塀はなくだだっ広い場所に、ドンッとバロック様式らしき建物が鎮座していた。

 まるでこの辺り全てを自身の庭だといわんばかり。

 もしそうなら、さぞ金持ちなのだろう。どのような住人がいるのか不安になる。


「ごめんください」


 屋敷の外から声をかける。

 が、反応はない。


 もしかして出かけているのか?


「義彦、ここから入れ――あでっ!?」


 玄関のドアノブに触れようとしたリリアがばちっと弾かれた。

 なんだ、防犯でも仕掛けられているのか。


「いったぁ! ばちってしたぞ!」

「勝手に入ろうとするからだろ。たく、どんな奴が住んでいるのかも分からないのに不用意に手を出すなよ」


 そう言って扉に近づくと『ガチャン』と施錠が解かれる音がした。


 お? 誰かが鍵を開けたのか?

 しばらく待つが誰も出てくる様子はない。


 恐る恐るドアノブを指でつんつんしてみるが、リリアのように弾かれることはなかった。


 もしかして入ってこいってことか?

 にしては顔も出さないし屋敷からも人気を感じないんだよなぁ。

 不気味つーか、怪しさ満載つーか。新手の幽霊屋敷かよ。

 

「おじゃましまーす……」


 ドアを開けてゆっくりと入る。

 迎えてくれたのは誰もいない広々としたエントランス。

 やっぱり誰かが出てくる気配はない。


「腕輪が先ほどから光っていますよ?」

「え? ほんとだ」


 遺跡を前にした時と同じで明滅している。

 もしかしてさっきからずっと光ってたのか。


 すると屋敷の中に機械音声らしき声が響いた。



『経年劣化保護解除。新しい所有者への引き継ぎ開始します。5、4、3、2、1――完了。錬金術師の宮殿アルケミストパレス、起動。所有権はプラハから西村義彦に委譲されました。お帰りなさいませ義彦様』



 ザッ、ザッ、ザッ。そろえられた足音が近づく。

 エントランスに現われたのは十人の真っ白な人だった。


 顔は凹凸が浅く、粘土で人の顔を軽くかたどったような無機質な印象を与える。

 身体も衣類は身につけておらず、のっぺりとしていて表面的には筋肉が動いているようには見えない。

 まるで石膏で作った人形のようだ。


『我々は自動人形オートマタです。これより貴方様のお世話をさせていただきます。どうかご命令を』


 機械的な発声で一人が語りかけてくる。

 だが、返事をするような余裕はない。

 俺は状況が飲み込めずひどく混乱していた。


 なんだよこれ!? どうなってんだ!??

 所有権の委譲ってなんだよ! 


「も、もしかしてここ……」

「エレイン!? ここを知っているのか!?」


 俺は思わず肩を掴んだ。


「あくまで私の予想なのですけど、ここって天空の島なんじゃ……伝説の錬金術師のプラハ様のお名前が出てくるような場所ってそれくらいしかありませんし」

「天空の島!? じゃあここは空の上なのか!?」

「それは確かめていないので分かりませんが」


 やべっ、余計に混乱してきた。

 とにかく話を整理する。


 俺は使い道のない不思議な腕輪を作った。

 それが今頃になって作動したので、その理由を確かめる為に指し示す方へと向かった。

 結果、朽ちた遺跡を発見し俺はその遺跡の何かを作動させたんだ。

 気が付けば別の遺跡に飛んでいて俺はここを見つけた。


 オーケー、落ち着いてきたぞ。


 つまり俺はここに至るまでのキーとなる、プラハの腕輪を作ってしまったんだ。

 で、プラハが言った通り島を見つけた奴に全てを譲った。

 その譲り受けた奴が俺だったてことだ。


「お前らって堅いんだな」

『作業用ボディですので。戦闘用、愛玩用、儀礼用などに交換すれば、質感も見た目も限りなく人に近づきます』

「珍妙でござる。人のようだが物なのでござるな」

『プラハ様はそのように我々を創られました』

「ミャ」

『舐めないでください』


 リリアとロナウドは状況をすでに受け入れてしまったのか、自動人形オートマタと普通に触れあっていた。

 なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきたな。

 持ち主がくれるって言ってるんだから素直に貰えばいいだけなんだよ。


「すごい! プラハ様の天空の島が今目の前に! はぁぁぁ!」


 エレインは興奮したように屋敷の奥へと走って行った。

 憧れてるって言ってたしな。しょうがないか。


「とりあえず詳しい話をしたいから落ち着ける場所に案内してくれ」

『かしこまりました。こちらへ』


 俺は自動人形オートマタの案内に従い奥へと向かった。


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