三十五話 レイクミラーのヌシ
水面から顔を出したのは深緑の大蛇だった。
この時点では人々はまだ敵がなんなのかよく分かっておらず、スターク達の戦いを待ち遠しいとばかりに喜んでいた。
だが、次々に水面から上がる首に沈黙が横たわった。
全容を現わしたヤマタノオロチが、ゆるやかに移動を開始する。
八本の蛇の頭と一本の長く太い尻尾。
全長はおよそ20メートル。
未だ町まで距離があるにもかかわらず、その形と大きさははっきりと確認できる。
「ぎゃぁぁあああああああっ、化け物!!」
人々は恐怖のあまり逃げ出した。
スターク達も顔が青ざめており予想外であったことが窺えた。
「お、怯えるな! ここはレイクミラーだぞ! あんなのは見かけ倒しに決まっている!」
「けどスターク……」
「黙れ! この僕に意見は許さない!」
戦々恐々とする仲間を怒鳴りつけ奮起する。
彼らはすぐに戦闘態勢に移った。
先制攻撃はスタークの仲間である魔法使いが行う。
「ファイヤーボール!」
火球が頭の一つに直撃。
しかし、炎がかき消えるとその下から無傷の大蛇が現れた。
大蛇は口を大きく開き水流を吐き出す。その威力はウォーターカッターと言っていいほどであり、魔法使いは一瞬にして真っ二つとなった。
「――ダメです。絶命しています」
「くっ、ケント! どうにかあいつの動きを止めろ!」
「無茶言うなよ、アレにどうやって近づけるんだ」
「なんでもいいから止めるんだ! トドメは僕が刺す!」
スタークの命令に渋々応じる槍使い。
対等な関係のように見えて実のところ、公爵の子息の我が儘に無理矢理付き合わされているだけなのかもしれない。
ケントと呼ばれた金髪ポニーテールの男は少し考えてからニヤリとする。
「大投擲!」
ケントは浅瀬まで行き、槍を大きく振りかぶる。
投げた槍はヤマタノオロチの胸部に突き刺さり血しぶきが舞った。
「ぐぉおおおおおおっ!?」
「よし! 行けスターク!」
しかし、次の瞬間敵から放たれた水流がケントをかすめる。
水の中に倒れた彼は再び顔を見せることはなかった。
「仲間の仇! とらせてもらう!」
刹那、抜刀したスタークはその高い身体能力で水面を大きく二歩走り、ヤマタノオロチの首の一本をすれ違い様に切り落とした。
ドボン。巨大な首が浅瀬に落ちて血がにじむ。
「フッ、やはり聖騎士であるこの僕には敵わないか」
首の一つを失ったというのに、オロチはその動きを止めることはない。
とうとう岸に上がると、動きを一度止める。
グニュグニュグニュ。
傷口から骨や肉や神経が伸びて数秒で頭部が再生する。
スタークはその光景に絶句していた。
「ば、ばけものめ!」
再び背後から斬りかかろうとするが、スタークは振られた尻尾に弾かれ簡単にあしらわれる。ヤマタノオロチにとってスタークは敵ですらなかったのだ。
一連の光景を広場から見ていた俺達は、やっぱりかと溜め息を吐いて呆れる。
「しかし、とんでもない再生能力だな。どうやって倒せるんだ」
「倒し方は二つあるでござる。一つは再生ができないほど細切れにする。もう一つは中央にある首を切り落とすことでござる」
「細切れは難しそうだな」
「そうなると中央の首を切り落とすしかないでござるな」
けど、7本の首にがっちり守られていて隙がない。
常に他の首を盾にしていて簡単には倒せそうにもなかった。
「アレのステータスはどの程度でしょうか?」
「そう言えばまだ見てなかったな」
【ステータス】
名前:ヌシ
年齢:231
性別:雌
種族:八岐大蛇
力:83354(86354)
防:73888(76888)
速:28777(31777)
魔:50333(53333)
耐性:33999(36999)
ジョブ:-
スキル:強力消化Lv28・水中移動Lv12
称号:レイクミラーのヌシ
【鑑定結果】
称号:レイクミラーのヌシ
解説:フィールドのボス。この称号があると全能力に3000加算されるんだー。でも八岐大蛇だとあってもなくても変わんないねー(笑)
変わんないねー(笑)じゃねぇよ! つーかなんで強化するんだよ!
ステータスは激ヤバだし死ぬ未来しか見えない!
俺が鑑定で見えたステータスを仲間に伝えると、ロナウドは首をかしげる。
「はて、ヤマタノオロチはそんなに弱くはなかったはずなのだが?」
「これで弱いのか!?」
「少なくとも力は20万近くまであったはずでござる。長寿成体でも40万は軽く超えるでござるよ」
「あ、急に稲穂国に行きたくなくなってきた」
てことはだ、あのヤマタノオロチは弱すぎてこっちまで逃げてきた奴なのかもしれない。
それがここでヌシとして居座っていたってことか。
つじつまは合うけどそれでもめちゃくちゃ強い。
「心配しなくともよいでござる。拙者はこれでも幾度かオロチを倒したことがあるでござるよ。一人で十分でござる」
「おおおっ! さすがはロナウド! あんたはウチのエースだ!」
「照れるでござるな。ではさっそく倒すでござ――アレはなんでござるか?」
ロナウドの視線の先を見ると、そこには一塊の黒い雲が漂っていた。
雲はぐにゃりと蛇のように形を変え、一気にヤマタノオロチを包み込む。
「まさか!?」
オロチの身体は黒く染まり、身体の周りには黒い靄が漂い始めた。
蛇だった頭部はメキメキと変形し、竜のような形となる。
ぎらりと鈍く光る赤い目は、離れた位置にいる俺を睨み付ける。
【ステータス】
名前:ヌ■
年齢:231
性別:雌
種族:■岐■蛇
力:83354(386354)
防:73888(376888)
速:28777(331777)
魔:50333(353333)
耐性:33999(336999)
ジョブ:-
スキル:強力消化Lv28・水中移動Lv12・闇の息Lv8・闇の眷属Lv3
称号:レ■■ミ■■の■シ・■■■の■■主
嘘だろ……おい。30万も強化しやがったぞ。
ロナウドを見ると先ほどの勢いはなくなり腕を組んでいる。
「拙者一人では勝てなくなったでござる」
だよな! 俺でも分かるよ!
強化されたヤマタノオロチは顔をそれぞれの方向に向けて口を開いた。
そして、建物を押しつぶすようなすさまじい速度の水流を吐き出し、町を湖側から森側に向けて前進しながらじわじわと破壊し始める。
逃げ惑う人々を見つけては食らい。踏み潰してゆく。
「とにかく行きましょう! このままだと町が壊滅します!」
「おっし! アタシがぶっ倒してやるよ!」
先に出たのはエレインとリリア。
バーニアで飛翔し、伸びた細剣でオロチの注意を引く。
「早く逃げてください!」
「あああっ! ありがとう!」
子供を連れた夫婦は礼を言って町の北側へと避難する。
「大・正・拳!」
リリアが高速移動から技スキルを打ち込む。
しかし、強化されたオロチの肉体の前ではダメージはほぼゼロだ。
それでも諦めずに彼女は殴り続ける。
「……このままでは勝ち目はないでござるよ」
「だよな。だとするとやっぱこれか」
俺は一つの小瓶を取り出す。
強力睡眠薬だ。
これを飲ませて時間を稼ぐしかない。
今は住民を避難させ策を練る時間が必要だ。
「エレイン!」
「はい!」
広場に戻ってきたエレインに小瓶を渡す。
「予定変更だ。今から俺とロナウドは住民を避難させつつオロチの注意を引く。その間にお前はあいつの口にソレを投げ込んでくれ」
「草原のヌシと同じ手段ですね」
「残念だが、今すぐにあいつを倒せる方法はない。だからそれを見つけるまでの時間を稼ぐことにしたんだ」
「分かりました」
エレインは飛んで行く。
俺とロナウドもそれぞれ分かれて攻撃を開始した。
「風遁・疾風斬!」
風の刃がオロチに当たる。
しかし、ほんの表層を斬った程度だ。
だが、それが敵には気に入らなかったようでロナウドに三つの首を向ける。
「無拍子!」
一番端の首に思いっきり切りつける。
が、切り傷を付けるどころか鱗が堅すぎて弾かれてしまう。
こりゃあ眠らせても殺す事もできないな。
「ぎゃぁおおおおおっ!!」
「ふっ!」
俺を見るなり目の色を変えて怒り狂う。
四本の首が一斉に俺に牙を向けた。
次々に鎌首が降ってきて先ほどまでいた場所の建物や地面が吹き飛ぶ。
ひぇぇ、こえぇぇよ。一撃でももらえば即死だな。
にしても、この反応を見るにやっぱゴブリンキングの時の奴なんだろうな。
あの黒い靄には長期間の出来事を記憶するくらいの知能があり、怒るだけの感情が存在しているってことだ。
しかも成長している。キングの時よりも格段に強化できるようになっている辺りをみると、あいつはまだ成長過程なんだ。箱から出てきたばかりで本来の姿にはなっていないと考えるべきだろう。
「ぐおおおおおおおっ!」
黒い息が吐き出されて四肢が麻痺する。
くそっ、こいつにはこれがあったのを忘れてた。
頭の一つが俺に大口を開いて向かってくる。
不味い不味い。死ぬ。
誰か助けてくれ。
無意識に盾に魔力を流した瞬間、目の前にあの男が出現した。
「フロント・ダブル・バイセップス!」
マッチョ精霊が蛇の大口を寸前で受け止める。
強烈な風の壁が俺を守っているのだが、端から見るとマッチョが筋肉の発する圧力で攻撃を止めたかのように見える。
お、おお……風の精霊壁ってこんなに強力だったのかよ……。
「この俺が筋肉で援護する。まだ戦いは終わっていないぞ」
風の精霊の白い歯がきらりと光った。
カッコいいこと言ってるけど見た目がな……。
「仲間にも守りをつけてくれ」
「承知した、ふんぬっ! 筋肉ガード!!」
メンバーの目の前に同じようにマッチョが出現する。
これはいい。見た目は最悪だけど機能は最高だ。
「てりゃ、分身撃!」
二人のリリアが大蛇の頭を殴り飛ばしてくれた。
鎧のおかげなのかほんの数秒で麻痺が回復すると、俺は立ち上がって礼を言う。
「ありがとう助かったよ」
「それよりさ、こいつ消してくれない? アタシがギリギリ受けてる攻撃も全部防いじゃうんだ」
「お、おお……悪かったな」
分かってた。こいつがおかしいのはもう分かってたんだ。
けど、やっぱり思うんだ。こいつ頭おかしい。
たぶんステータス差を教えてもさらに喜ぶだけなんだろうな。
バシュゥウウウウウウッ。
それでも敵の進行と放たれる水流の勢いは止められない。
まるでこびりついた汚れを高圧洗浄で洗い流しているみたいな光景だ。
すでに町の三分の一に到達している。ここで止めないと危険だ。
「やってやるぜ!」
走り出した俺は懐から粘着玉を取り出し、奴の身体に投げつける。
その場から動けなくなった奴に、ロナウドがすかさず忍術を使う。
「水遁・水縛鎖」
水の鎖が彼の右手に創り出され、しゅばっと八本の首をひとくくりにする。
「おりゃぁあああああっ!!」
そこへエレインが空中で大きく振りかぶって、小瓶を投げる。
まっすぐ大蛇の口にストライクした小瓶は、そのままゴクリと飲み込まれて数秒後にはヤマタノオロチは地面にゆっくりと横たわった。
「ひとまず成功だな」
「でもまた目を覚ましますよ」
「それまでに対策を練らないとな」
瓦礫の上に着地したロナウドはヤマタノオロチに目を細める。
「義彦殿、睡眠薬の効果はどの程度保つのでござるか?」
「きっちり効いて24時間。でも相手がアレだしなぁ、どのくらい眠らせておけるのかは正直分からない」
むしろ半分の12時間も保てば良い方だろう。
あの薬は人間用であって魔獣用にはできていない。
「えへへ、うへへへ♡ まだまだ戦えるのかぁ♡」
リリアは完全に戦闘酔いしていた。
目がハートマークのままなので、よほどギリギリの戦闘が楽しかったらしい。
何度も言うが、アレがウチの魔法使いで賢者だからな。
今からでもいいから普通の魔法使いにチェンジしたい。
「なんてありさまだ! 美しかったレイクミラーが!」
「……ああ、あいつ生きてたのか」
びしょびしょの状態で喚いているのはスタークである。
仲間の聖職者の少女が落ち着くように言っているが、それを突き飛ばし眠っているヤマタノオロチへ斬りかかる。
――が、剣は弾かれ傷一つ付けられなかった。
「なんたる失態! 父上になんと申し開きをすれば!」
恐怖に震えるスターク。
俺達はほんの少しだけ哀れみを抱いたが、自業自得であることを思い出し足早にその場を後にする。
今やるべきは次の手を考えることだ。
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