二十八話 ホムンクルスの作成

 日が暮れた山小屋。

 俺とロナウドとへブリスは食後の軽い雑談をする。


「――それでは現在はブリジオス王国を目指していると?」

「エレインの生まれ育った場所がそこらしい。ただ、地図も何もない状態だからどこら辺にあるのか分からなくてさ」

「少し待っていなさい」


 へブリスは席を立ち棚を漁る。

 持ってきたのは一枚の大きな紙だった。


「ここがフェスタニア公国。こっちがブリジオス王国だ」


 彼が指し示した箇所には国名とその領土が記載されていた。

 公国は王国の三割程度の大きさしかなく非常に小さい。

 王国は公国に隣接しており、俺達が現在西に向かって移動していることがよく分かる。


「レイクミラーからだと王国はかなり遠いんだな」

「そもそもクラッセルは王国とは真反対の位置にあるからな。馬やリトルダイナーの一日の移動距離を考えるとどうやっても一ヶ月近くかかる」

「それなんだけどさ、もし10時間以上ぶっ通しで走り続ける乗り物があったら、到着はもっと早くならないか?」

「ふむ……もしそのようなものがあるのなら一週間もかかるまい」


 よし、これで少し時間が稼げそうだな。

 エレインはできるだけ強くなって帰りたいと希望している。だったら旅をしながら少しでも鍛えるべきだろう。


「へブリス殿は娘を旅に出して本当によろしいのでござるか?」

「それか……」


 へブリスは困ったような顔をする。

 どことなく止めたいが止められない、そんな感情が見えていた。


「あの子は引き取った時からあの調子でな、いつか有名な拳闘士になるのだと言っていた。亡き両親を忘れられないのだろう」

「亡き両親?」

「あの子はここから遙か西にある国に暮らしておった。そこでは拳闘が盛んであの子の両親は、それはもう名のある拳闘士だったのだ。だが、ある日その国は一夜にして滅んだ」

「もしやそれはガストリア国では?」

「うむ、今はなき国だ」


 やべっ、ぜんぜん話に入れない。

 なんとか分かるのはリリアの両親が拳闘士で、しかも生まれた国はもうないってことくらいだ。

 そっか……あいつ飄々としてるけど結構キツい過去があるんだな。

 明日からはもう少し優しくしてやろう。


「しかしどうやって彼女を? あの国で生き残ったのはほんの僅かだったはず」

「実はあの子の両親とは旧知の仲でな。弟子として引き取る話は生前に交わしておった。も儂はあの子へ会いに家に行っておったのだ」

「それで上手く逃げ出すことができたのでござるな」


 ロナウドはなにやら納得した様子だ。

 誰か、誰か説明してくれ。話が分かんねぇよ。つーか知ってて当たり前みたいな空気出さないでくれ。めちゃくちゃ聞きづらいじゃないか。


「兎にも角にもあの子は拳闘士になることだけを考えておる。いずれここを出て行くのも分かっておった」

「だからって騙してまで賢者にすることはなかったんじゃないのか」

「それに関しては悪いとは思っておる。だが、あの子の言う通り拳闘士にしてしまっては、いずれ行き倒れてしまっていただろう。だから儂はまずは魔法の才能を伸ばせるだけ伸ばして、それから拳闘士を薦めるつもりだったのだ」


 あー、なんかすげぇ納得した。

 たぶんだがリリアの両親も騙すことを了承済みで話ができてたんだ。

 そもそもステータスを見ればはっきりしてんだよな。あいつに拳闘士の才能がないことくらい。

 で、三人に言いくるめられたリリアは疑うこともなく魔法使いの修行を受けた。

 その結果、騙されていたことに気が付いたリリアは怒ってへブリスを殴った、って流れなんだろう。


 俺があいつの親なら間違いなく騙してでもへブリスに預けるだろうな。

 だってさ、我が子がプロ野球選手やプロ棋士になれるってもう分かってんだぜ。そりゃあ良心は多少痛むだろうが、我が子の将来を考えればそうなるよ。

 それにあいつの拳闘士になりたい理由の半分は欲望でできてるからな。

 変態に育てない為にも早い内に引き離すのは妥当な考えだ。


「ふぅ、いい湯加減でちょうど良かったです」

「師匠が冷やしてくれてる牛乳があるから一緒に飲もうぜ!」

「分かりましたから、引っ張らないでください」


 肌をピンクに染めたエレインとリリアが小屋に戻ってきた。

 裏にある釜風呂に入ってきたらしい。二人とも肌がつやつやしてて良い匂いがした。

 ビーナスソープを使ったのだろう、普段よりも3倍くらい綺麗で可愛く見える。


「拙者らも入るでござる」

「そうだな。じゃあまたあとで」


 へブリスに挨拶をして、俺とロナウドは裏手の風呂へと移動した。


「本当に釜風呂だな……」


 そこにあったのはでっかい壺のような湯船だった。

 心なしか良い匂いがする。

 はぁはぁ、ここにエレインとリリアが入ったのか。興奮する。


 俺は素早く服を脱いでまずは身体を洗う。

 しゅるりとロナウドが黒装束を脱ぐと、俺は彼の身体に目が行ってしまった。


 鍛え抜かれた鋼の肉体。刻まれているのは無数の傷だ。

 胸には大きな切り傷があり腹部にも最近付いた傷跡があった。

 さ、さすがは伝説の暗殺者。脱いでもすごい。


「義彦殿は風呂の入り方を心得ておられるようだ。貴殿にはやはり親近感が湧いてしまうでござるな」

「ロナウドの国も温泉とかあるのか?」

「おおおっ、義彦殿の祖国にも!? こうなるといやはや他人とは思えぬな!」


 彼はそう言いつつ顔は覆面で覆っている。

 風呂に入るときも隠してるのか……。


「ではお先に」

「!?」


 ぼんやりしている内にロナウドが先に身体を洗い終えた。

 しまった、先に入って湯を楽しむ計画だったのに。

 だが、急いでも間に合わず彼は「ふぅ」とゆっくりと湯船に浸かった。


「ちくしょう! どうして俺はいつも!」

「……? 義彦殿?」


 俺も湯に浸かると思わず至福の息が漏れる。

 釜風呂は二人でギリギリだが、湯加減はちょうど良く気持ち良い。


「風呂に入ると祖国に帰ったような気分になるでござる」

「そう言えばロナウドの国ってどこにあるんだ?」

「ああ、先ほどの地図には載っていなかったでござるな。ブリジオス王国を越え、その先にある元ガトリア国領土を越えた遙か先にある稲穂国という場所が拙者の祖国」

「稲穂国!?」


 マジかよ。だってあの幽霊が行けって言ってる場所だぞ。

 もしかしてこいつを助けろって言ってたのも関係があるのか?


「詳しい事情は言えませぬが、拙者は元々とあるお方の護衛をしていたでござる。しかし、そのお方と途中ではぐれてしまい、以来ずっと捜索を続けているのでござる」

「じゃあ暗殺ギルドにいたのは?」

「金を稼ぎながら情報を集める為でござる。当時の拙者には非常に都合の良い場所でござった。ただ、ここまで足抜けが難しいとは計算外だったでござるよ」


 ロナウドは首から下げている飾りを見せてくれる。

 それは水色の石でできた勾玉だった。


「これは拙者の探し人がくれた物。まだどこかで生きてくれてると良いのござるが……」


 ヤバい。なんか繋がった気がする。

 あの幽霊は彼の探し人で、もう探さなくていいって彼に伝えようとしているのかも。

 だから稲穂国に連れて行けって言ってたし、彼を助けろとか言ってたんだ。

 つまりあの幽霊が成仏するには、彼を稲穂国へ届けなければならないんじゃないか。


 俺はロナウドの肩を掴んだ。


「俺達と一緒に来てくれ」

「突然何を……」

「俺はロナウドに仲間になってもらいたいんだ。もちろん稲穂国に行くまででいい」

「しかし、拙者は追われる身。義彦殿のご迷惑にはならぬか」

「そんなの気にしなくていい。それにロナウドは守りが頼りないだろ。仲間がいるとフォローし合えるし、こっちとしても大きな戦力強化になる」


 これは予想だが、彼とこのまま別れると俺がひどい目に遭う気がするんだ。

 だってあの幽霊俺に取り憑いてるし、このまま助けずにいると絶対怒ると思う。

 つーかどうせ稲穂国に行くんだったら案内人だって必要だろ。

 おまけに伝説の暗殺者を仲間にできる機会なんて今しかない気がするんだ。


「命の恩人からの頼み。拙者でよければ是非とも」

「ありがとうロナウド!」


 こうして伝説の暗殺者が俺達の仲間となった。



 ◇



 翌朝。へブリスに見せた物があると言われ、俺は地下室に案内された。


「リリアから錬金術師と聞いてな、ぜひ儂の研究を見てもらいたいと思ったのだ」

「なんだこの素材の山!?」


 小屋の地下には宝の山があった。

 棚に置かれた素材はどれも未知のものばかり。

 鉱石、薬草、虫、動物、液体。

 おまけに置かれている機材も知らない物で溢れている。


「あんた錬金術師を目指してるのか」

「いやいや、昔はそうだったが今は薬術のみに絞っておる」


 俺はへブリスのステータスを見ていないことを思い出し確認した。



 【ステータス】

 名前:へブリス・ソルティーク

 年齢:73

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:20018

 防:20165

 速:18655

 魔:437834

 耐性:438993

 ジョブ:賢者

 スキル:鑑定Lv33・棍棒術Lv22・炎魔法Lv24・水魔法Lv43・風魔法Lv46・土魔法Lv20・補助魔法Lv44・薬術Lv34・魔道具作成Lv12・付与術Lv16・調理術Lv18・裁縫術Lv14・栽培Lv15

 称号:賢者の証



 やっぱリリアの師匠だけあって魔の桁が違う。

 スキルも多いしさすが賢者様だ。


「それで見てもらいたいのはこれだ」


 彼が見せたのは薄いピンクの液体が入ったフラスコだった。

 鑑定すると『養命薬(未完成)』と表示される。


「養命薬ってのは?」

「古の時代に作られていた寿命を延ばす薬だ。なにぶん文献が少なく作り方もほんの一部しか載っていなくてな、ここまで形にするのは苦労した」


 へー、寿命を延ばす薬ねぇ。

 やっぱ異世界には色々な薬があるんだな。


「で、これを俺にどうしろって?」

「実は最後の材料が分からず行き詰まっておる。錬金術師の貴殿ならもしや知っておるかと思ったのだが……その様子では知らないようだな」

「どうだろ、ちょっとレシピを見るから待っててくれ」


 薬術スキルを開いてレシピをスクロールする。

 ようめい……ようめい……あった、養命薬。


「月下白花と冬虫夏草とクコールの根に仙猿茸ってある」

「そうか、仙猿茸か! 儂としたことが気が付かなかった!」


 彼は棚から乾燥したキノコを取り出してすり鉢で潰す。

 できた粉をフラスコの中に入れると液体は黄緑色に変化した。


「ありがとう! 君に相談して正解だったな! これで娘が結婚して子供ができるまでは生きられそうだ!」

「そ、それはよかった……」

「言っておくが、娘を捨てるようなことをしたら、地の果てまで追いかけて始末するからな。あの子は少しバカだが純粋で良い子なんだ。泣かせるような真似をするなよ」


 がしっと彼は俺の両肩を掴んで殺気立った目で見る。

 あれ、これって娘と結婚しろって言ってるように聞こえるんだけど。

 お父さんなにか勘違いしてませんか? 俺、彼女とはただの仲間なんですけど?


 へブリスはスイッチが切れたかのように朗らかに笑う。


「君のおかげで素晴らしい薬ができた。お礼にここの材料を使って色々と作るといいぞ。なんせ儂が旅をしながら集めた珍しい素材がどっさりある」

「それは悪いような気が……」

「いやいや、未来の婿殿にぜひとも使ってもらいたい」


 婿って言ったよな!? やっぱり!?

 しまった、ここに来たのはやっぱ間違いだったかも。

 もうリリアをパーティーから外せなくなったぞ。


「義彦君……いや、息子よ。ゆっくりしていきなさい」


 へブリスはにっこりと微笑んで地下から出て行く。

 リリアとの結婚はもう確定事項らしい。

 だったらここは諦めて素材を使った方がいいな。


 てことで俺は気になっていたホムンクルスを作ることにする。


 ホムンクルススキルを開いてレシピをスクロールする。

 どれも聞いたことのない名称でできあがりが想像できない。

 とりあえずここにある素材で作成可能な、最も難易度が高い奴を創ることにした。



 【ジップラート】

 能力:身体能力の高い万能タイプだよー。成長速度も早くて成体までにおよそ730日必要かなー。性格は基本穏やかだけど攻撃時には執拗に攻めるかなー。



 万能タイプなら何ができても問題ないだろう。

 てことで早速作成開始。


 材料は制作者の髪の毛、隕鉄、ヒュドラの皮膚、上級ポーション、マンドラゴラの抽出液、ワイバーンの卵の殻、ミノタウロスの陰嚢、グリーンスライムの核などなど。


 レシピ通りにフラスコの中に順番に材料を入れる。

 五時間ほど作業を経て、最後にフラスコに蓋をして三時間放置。

 すると、フラスコの中に赤い霧が発生し、渦を巻き始めた。


「……またか」


 会心の出来だったのだろう、霧が光り輝き始める。

 そして、強い光は地下室を照らし出し、とうとうフラスコは破裂した。



 数秒が経過。

 俺は静かに目を開ける。



 もうもうと立ちこめる煙の中にあったのは小さな肉の玉だった。


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