二十九話 ホムンクルスってなんですか?

 四人でテーブルを囲む。

 その中心には十センチほどの丸い肉の玉があった。

 時々ピクピクと動いて、小さな二つの目が瞬きする。


「――これはなんですか?」

「ホムンクルスだ」

「なぁ、こいつどうやって育つんだ?」

「知らん」

「人は襲わぬのでござるか?」

「知らん」


 三人がはぁぁと大きくため息をついた。

 やめろ、そんな目で見るな。

 ちょっぴり無計画だったのは認めるが、お前らだってホムンクルスが気になってただろ。どんな物ができるのかって知りたがってたじゃないか。俺だけの責任にするなよ。


「でも、これはこれで可愛いかもしれませんね」


 エレインが指でちょんちょんとつつくと、肉の玉から二つの触手のような手が伸びて指を掴もうとする。

驚いた彼女は腕を引っ込めた。


「手がありますよ!?」

「あははっ、こいつ小さいけどちゃんと生き物なんだな。試しに肉でも与えてやろうぜ。もしかしたら食べるかも」

「待てって。今、へブリスがホムンクルスについて調べてるから、餌を与えるのはそれからだ。場合によっては処分しないといけないしな」


 数分後、一冊の本を抱えたへブリスが戻ってきた。

 彼は席に座りホムンクルスについて語り始める。


「おほんっ、ホムンクルスとは一般的には人工生命体と認知されている。だが実際に創り出した者は歴史を見てもほんの僅かだ。儂が所有している書籍にかつて創った者の記録が記載されているのでコレを聞いて判断してもらいたい」


 彼はぱらりとページをめくる。


「ホムンクルスは基本的には制作者である主人に従順だ。しかし必ずしも絶対服従というわけではない。その強力な力は場合によっては主人やその周囲に影響を与え、支配、破壊、絶望をもたらすこともあるだろう」


 ちらりと俺の顔を見る。

 話を続けるかと聞いているようだ。

 俺はうなずく。


「ホムンクルスの人格を形成するのは、元となった主人の傾向と、成長の過程で行われる選択と決定だ。彼らは主人を、その周囲を、世界を見て育つ。そして、どのように成長をすれば最も都合が良いのかを最終的に判断するのだ。もし彼らに排除されるべき存在と認識されてしまえば、それは間違いなく不幸なことだろう」


 うん……割とヤバいものを創ったかも。

 つまりホムンクルスは人の手に負えない存在になる可能性も秘めているってことだよな。やっぱ処分した方がいいのかもしれない。


「この子は何を食べるんですか?」

「えーっと、人間の食べるものならなんでもだそうだ」

「じゃあ野菜も食べるってことですよね」


 彼女は革袋からキャベツを取り出して小さくちぎると、欠片をホムンクルスに与える。

 小さな手はそれを受け取り、くぱぁと丸い口を開いた。しゃくしゃくとキャベツを囓ったホムンクルスはしばらく動きを止め、思い出したかのようにもぐもぐし始める。

 こ、こいつちゃんと口も歯もあったんだな……。


「この子可愛いですね」

「アタシもそんな気がしてきたよ」

「お前ら正気か?」


 どこが可愛いんだよ。肉の玉だぞ。

 するとへブリスがホムンクルスをじーっと見ていることに気が付く。

 そう言えば鑑定で確認してなかったな。



 【ステータス】

 名前:(名称なし)

 年齢:0

 性別:未定

 種族:ホムンクルス

 力:10000

 防:10000

 速:10000

 魔:10000

 耐性:10000

 ジョブ:―

 スキル:―

 称号:■■■



 なんだこれ……生まれて間もないのに一万だと??

 しかも称号は文字化けしてるし、危険な匂いをビンビン感じる。

 へブリスもステータスを見ていたのか冷や汗をかいていた。


「やっぱりこの子可愛いですね! よーしよーし!」

「ナー、ナー」

「アタシにも触らせろよ」

「しょうがないですね。はいどうぞ」


 気が付けばエレインとリリアは肉の玉を手に乗せて撫でていた。

 しかもいつの間にか猫っぽい鳴き声も出しているじゃないか。

 俺の肩をちょんちょんと触れたロナウドが、小屋の外で話をしたいと目で合図する。


「拙者はあれを育てるのには反対でござる。どのような危険があるかも分からない以上、今すぐ処分すべきだと進言する。それに命を人の手によって創り出す行為は倫理からひどく逸脱しているでござる」

「すまない。ちゃんと相談をしてから創るべきだったよ」

「謝罪はあの子にするべきでござる。身勝手に創られ身勝手に処分されるあの子が哀れでしかたがない」

「…………」


 反論の余地がないほどの正論だ。

 俺はもっと自分の創る物に責任を負うべきだった。

 生命を創り出すと言う事がどういうことかもっと慎重に考えるべきだったんだ。


「分かった。責任持って俺が育てる」

「よいのでござるか? 後にこの判断が誤りだったと思うかもしれないでござるよ?」

「それでもだ。ロナウドに指摘されて気が付いたんだ、俺はもっと自分の創った物がなんなのか知るべきだってな。もしその上で手に負えないと分かったら俺が処分する」

「……義彦殿の判断を尊重しよう」


 ロナウドは小屋へと戻った。



 ◇



 小屋に来て三日目の昼。

 俺達は下山する為に外へ出る。


「もう少しここにいても良かったのだぞ」

「あまりのんびりもできないんだ。エレインの目的を果たさないといけないからさ」

「そうか……またいつでも来てくれ。儂はここにいる」


 へブリスは寂しそうだった。

 リリアはそんな彼に小さな彫刻を渡す。


「これは?」

「アタシが作ったんだ。いつかこんな風になって帰ってくるからさ、楽しみに待っててくれよな」


 ムキムキマッチョがサイドチェストした木彫りだ。

 あいつあんなの目指してるのかよ。

 彼は微笑んでリリアを抱きしめた。


「ありがとう。楽しみにしているぞ」

「うん。最強の魔闘士になって戻ってくるから」


 小屋を離れて歩き出すと、リリアは振り返って「行ってくるよお父さん!」と手を振る。そして、俺達を置いて走って行った。

 恥ずかしすぎて耐えられなかったのだろう。


「ううっ、リリア……元気で暮らせよ……」


 シュールだな。マッチョの木彫りを抱えて泣いている年寄りって。

 それはそうとまだ聞きたいことがあるんだよな。

 俺はリュックからとある物を取り出して彼に見せる。


「最後にこれがなんなのか分かるか?」

「ちょっと待ってくれ。今、目元を拭うから――!?」


 服の袖で目元を拭いた彼はビクッと身体を硬直させる。


「これを……どこで?」

「東の森の中に遺跡があって、そこにこれがあった」


 見せたのは遺跡で見つけた空の小箱。

 彼は箱の紋章を確認してから中を覗いた。


「中身は?」

「多分黒い靄みたいなのが入ってたと思う。俺達と戦った後どっかに飛んでったよ」

「黒い靄……それにこの紋章……」


 彼は急いで小屋に戻る。

 が、すぐに出てきて告げる。


「儂はある場所へ行かなければならなくなった。君達とはいずれどこかで会うとは思う」

「お、おい、これがなんなのか教えてくれないのか」

「まだ確証がない。だからそれを調べに行くのだ」


 彼は小屋へ再び戻った。


「やっぱりこの箱にはヤバいものが封印されてたみたいだな」

「みたいですね」

「あとでリリア殿にも伝えておかなくては」


 俺達は小屋に一礼してからその場を後にした。



 ◇



「遅い! いつまで待たせるんだ!」

「お前が勝手に行ったんだろ」


 山頂から少し下りたところでリリアと合流する。

 ひとまず山を下りながら先ほどのことを説明した。


「じゃあ師匠には旅の途中で会えるわけだ」

「タイミングが合えばな。目的地を教えてくれなかったからどこで会えるかもさっぱりだ」

「大丈夫だって、アタシが師匠を見つけるからさ」


 おお、師弟の絆ってやつか? つーか親子の絆? 

 どっちにしろまた会えるのならそれに越したことはない。


 ガチガチ。


 不意に鎧が口を鳴らし始める。

 あーくそ、そろそろだと思ってたけどやっぱりか。

 こいつの腹減りの周期がだんだんと分かってきたよ。


「リリア、この辺りでこいつが一発で満腹になるような獲物っているか?」

「ベアラットかなぁ。あいつなら身体も大きいし凶暴だから、血肉沸き立つような戦いができるんじゃないかな」

「沸き立たなくていいんだよ」


 リリアの案内で山の中を移動する。

 そのベアラットってのはどうも、大木に爪痕を残している熊のような生き物らしい。

 性格は凶暴で縄張り意識が強くしつこい性格なのだとか。うん、熊だな。


 俺達は川に来ると休憩する。


「あいつらは頻繁に水を飲みに来るから、川の近くで待ってると出てくるよ」

「群れで来たりはしないよな?」

「単独行動が好きだからそれは滅多にないかな」


 そういって群れで来そうだよな。

 今のでフラグ立ってそうだし。


「よしよし、良い子にしなさいね」


 近くで座っているエレインは膝の上にいるホムンクルスに夢中だ。

 頭を指で撫でてやったり指を掴ませてやったりと、ずいぶんと可愛がっている。

 俺も思い切って頭(?)を撫でてやると、小さな玉は目を細めて気持ちよさそうにしていた。


「ははっ、こいつ意外に可愛いな」

「全然意外じゃありません。ピーちゃんは見た目も性格も愛らしいですよ」

「インコと勘違いしてないか」


 ステータスを見るとホムンクルスの名前が『ピーちゃん』になっていた。

 ちょっと残念だ。できればカッコイイ名前を付けたかったのにさ。


 つってもネームセンスのない俺が付けても同じ結果になっていただろうがな。

 センスの善し悪しは分かるのに、いざ命名する時には変な名前を付けてしまうこの俺の悲しみは誰にも分からないだろう。

 ちなみに俺がもし名前を付けるとするなら、ウ〇コ太郎やオション子とかになってたはずだ。どうだあまりのセンスのなさに驚いたか。あらゆる人間に二度と名前を付けるなと宣告されたくらいだからな。


「ここは良い川でござる。どの魚も丸々と肥えている」


 ロナウドは数匹の川魚を獲ったようで、左手に持った籠の中ではピチピチと今も跳ねている。彼は河原の石を丸く並べて枯れ枝を敷くと、指を鳴らして簡単に着火して見せた。

 それから魚を串刺しにして塩をまぶしてから炙り始める。


「今のはもしかして火遁の術か?」

「拙者達は総称して忍術と呼んでいるでござるよ。魔法ほど強力な力ではないが、ちょっとしたことには非常に便利なスキルでござる」

「も、もしかしてガマガエルとか呼び出せたりするのか!?」

「特殊な道具に使役魔獣を封じておく技術でござるな。昔は拙者も使っていたのだが、あいにく探し人に渡してしまって今はないのでござる」


 くっ、そこは道具頼りか。

 印を結んで召喚ってのはこの世界ではなさそうだな。

 非常に残念だ。まったくもって残念。


「じっと待ってるのもあれだし、そろそろ飲んでおくか」

「え!?」


 ビクッとエレインが怯えた表情となるが、俺は無視して草団子を配る。

 ロナウドはすでにステータスが高いので今のところは飲ませるつもりはない。


 ちなみに本日も合わせ七日分のステータス上昇を反映している。



 【ステータス】

 名前:西村義彦

 年齢:18

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:16180→23180

 防:16022→23022

 速:15866→22866

 魔:17593→24593

 耐性:17041→24041

 ジョブ:錬金術師

 スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv63・薬術Lv65・付与術Lv62・鍛冶術Lv63・魔道具作成Lv64・ホムンクルスLv60・????・無拍子Lv1

 称号:センスゼロ



 【ステータス】

 名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:15407→22407

 防:15798→22798

 速:16632→23632

 魔:10866→17866

 耐性:10862→17862

 ジョブ:姫騎士

 スキル:細剣術Lv15・鞭術Lv2・弓術Lv9・調理術Lv11・裁縫Lv20・栽培Lv18・カリスマLv15

 称号:―



 【ステータス】

 名前:リリア・ソルティーク

 年齢:18

 性別:女

 種族:ヒューマン

 力:13040→20040

 防:11954→18954

 速:11432→18432

 魔:27666→34666

 耐性:26895→33895

 ジョブ:賢者

 スキル:炎魔法Lv24・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv16・大正拳Lv11・分身撃Lv1

 称号:賢者の証



 うんうん、順調だな。

 これならすぐにでも次の町に行けそうだ。

 つってももうちょいレイクミラーでのんびりするつもりだけど。


「ぐぉおおおおおっ!」

「!?」


 俺達は立ち上がって戦闘態勢となる。

 ようやくベアラットのお出ましか。


 ――が、飛び出してきたのは大きな獣の死体だった。


 遅れて三人の男が茂みから出てくる。

 いずれも冒険者の格好をしているが、顔には白い仮面を付けていてただならぬ気配を纏っている。

 彼らはすでに武器を抜いており、獣の血が滴っていた。


「やはり生きていたかロナウド」

「っつ! こんなにも早く居場所がバレるとは!」


 リーダーらしき男はポケットから何かを取り出す。

 それは紐の付いた小さな毛玉だった。


 男はゆらゆらと揺らす。


「どうだロナウド? モフモフしたいだろ?」

「はぁ……はぁ……拙者は……そんなものには屈しないでござる」


 男は毛玉を自身の頬に当てて見せつける。


「あー、最高にモフモフだ。お前にも早く触らせてやりたい」

「モフモフ! 拙者にもモフモフをっ!」

「ダメだロナウド! 正気を保て!」

「しかし拙者はモフモフしたいでござる!!」


 羽交い締めにしてなんとかロナウドをこの場に留める。


 呪いを利用する正体不明の輩……暗殺ギルドの追っ手というやつか。

 仕方がない、ここはロナウドには見ていてもらおう。


 俺はロープを取り出しロナウドをぐるぐる巻きにする。


「エレイン、リリア! こいつらを倒すぞ!」

「はいっ!」「おうっ!」


 俺達は三人の男に立ち向かった。


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