十四話 粘土をこねて乗り物作成

 宿の食堂で俺達は一つの物を見つめていた。

 それは馬車を変異させたことでできあがった粘土のような塊。

 ……と言うか粘土だ。


「義彦、これなんだ?」

「馬車だ」

「嘘ですよね? だってこれ粘土ですよ?」

「…………」


 やめろおおおおおおおっ! そんな目で俺を見るな!

 その哀れみと呆れの混じった視線を俺に向けるな!!

 俺は涙が出そうになるのを必死で我慢した。


「こうなったらちゃんと金を貯めて、馬車を購入した方がいいんじゃないか?」

「リリアさんの言う通りですね。そもそもタダで手に入れようって考えが間違っていたのかもしれません。それに維持費もかなりかかりますし、私達には少し早かったのではないでしょうか」

「…………」


 ちくしょう、二人で勝手に話を進めやがって。

 俺だってこうなるとはまったく思ってなかったんだよ。

 まさか馬車が粘土になるなんて予想すらできないだろ。


「ところで新しい防具はできたんですか?」

「ああ、問題は……ないと思う」


 リュックから二人の防具を取り出した。

 それとリリア用のガントレットも。


「いいじゃん! こういうの欲しかったんだよ! やっぱ義彦は最高だな!」

「どうも。喜んでもらえて嬉しいよ」

「私の鎧はデザインが同じですね。あれ? この背中の箱はなんでしょう?」

「それで短時間だが空を飛べるらしい。あとで試してみるといい」


 リリアは早速はちまきを締めてガントレットを装備する。

 もはやどこに出しても恥ずかしくない格闘家になってしまったな。

 エレインは鎧の新機能に首をひねっていた。いまいち目の前の鎧から空を飛ぶことがイメージができないようだ。


「そう言えば義彦の防具はどうなったんですか?」

「うん、それなんだが……」


 リュックから黒い鎧を取り出す。

 そいつはがちがちと口を鳴らしており異質さが際立っていた。

 二人は席を立って鎧から逃げるようにして距離を取る。


「そ、それなんですか!?」

「動いてるぞ!? どうなってんだ!?」

「まぁまぁ落ち着けって。危害は加えてこないから」


 軽くだが二人に説明する。

 この鎧は禁じられた防具の一つであること。

 持ち主と一緒に成長すること。

 食事をすること。


「もし食事をしなかったらどうなるのですか?」

「分からん。正直メリットもデメリットもさっぱりだ」

「こいつ意志があるのか?」

「それも分からん。使ってみるしか確認する方法はないだろう」


 エレインはまだ恐怖を感じているのか顔がこわばっているが、リリアはもう慣れてしまったようで、手元にある干し肉を鎧に与えていた。

 やめろ、俺の鎧はペットじゃないんだぞ。気安く餌をやるな。


 とりあえず俺達はそれぞれ防具を着けて草原に出ることにする。



 ◇



「それじゃあまずはリリアから」

「へ~い」


 武器と防具を着けたリリアが赤毛大猪と対峙する。

 猪は彼女に突進、軽トラがぶつかったような衝撃を正面から受け止めた。


「ダメージはわかんないなぁ。もうちょい歯ごたえのある奴でないと防具の効果を感じられないかな。じゃ、次はガントレット」


 猪をぶん投げて地面に転がす。

 立ち上がった猪は顔をぶるると揺らし、リリアを睨み付けた。

 だが、先ほどとは違って慎重に距離を取っている。


「そっちが来ないならこっちから行く!」


 ガントレットの手首の部分からワイヤーが射出される。

 先端の棘が猪の胴体に刺さり、自動で返しを開いた。

 悲鳴をあげる猪。そこからさらにワイヤーを高速で巻き取り、滑るようにして移動するリリアが猪の胴体へと拳をめり込ませる。

 ドスン、赤毛大猪は地面に横たわった。


「これ! こういうの待ってたんだ!」


 胴体から棘を抜いた彼女はワイヤーを巻き取って収納する。

 その顔は気味が悪いほどニヤニヤしていた。


「次は私ですね。いきますよ」


 エレインが鎧に魔力を込める。

 すると背部のバーニアスラスターから勢いよく炎が吹き出た。

 ゆっくりと彼女の身体が浮き上がり上昇する。


「それで全開なのか?」

「弱と言ったところでしょうか。魔力の注ぎ込む量で勢いが変わるみたいです」


 再びゆっくりと下りてきたエレインはふわりと着地する。

 その顔はリリアと同様にニヤニヤしていた。


「すごいです! まさか空を飛べる日が来るなんて! ああ、義彦と出会えたことは人生最大の幸運だったのかもしれません!」

「ほ、褒めすぎだ……嬉しいけどさ」


 さて、二人の防具の性能テストは問題なさそうだ。

 とするならお次は俺の鎧だろう。

 身につけた感じ特に違和感はないが、性能の方はどうだろうか。


「リリア、俺を殴ってくれ」

「いいのか? たぶんかなり痛いぞ」

「大丈夫大丈夫」


 次の瞬間、ズドッと視界を揺らす衝撃が身体を突く抜けた。

 弾き飛ばされた俺は、数十メートル先の木に背中から叩きつけられる。


 いてぇ、なんだあの攻撃。

 でっかいハンマーでぶん殴られたような気がしたぞ。

 俺は立ち上がって服についた土埃を払う。


「死んでないかー?」

「生きてるよ」


 遠くで手を振るリリアに手を振り返す。

 一応怪我をしていないか確認する。

 痛かったのは一瞬だけで、ダメージはほとんどない。

 禁じられた鎧なんて聞いて怯えてたけど、案外大当たりを引いたのかもしれないな。


 そう思ったところで鎧から『ぐぅううううう』と言う音が聞こえる。


 まさかこいつ腹が減っているのか?

 すると鎧が信じられないほど重くなった。

 ステータスが強化された俺がまともに歩けないほどだ。

 あ、もう無理。倒れる。


 ドズンッ。


 俺が地面に倒れると大きな音が響く。

 すぐさまエレインとリリアが駆けつけたが、うつ伏せで倒れてしまったので二人の姿は見えない。


「どうしたのですか義彦!?」

「アタシの攻撃がそんなに効いたのか! やったな!」


 リリアてめぇ、なに喜んでんだよ!

 てか助けてくれ! 起き上がれないんだ!


 二人が俺を転がす。

 なんとか仰向けになったところで二人の顔が見えた。


「大丈夫ですか?」

「痛みはない。鎧が重くて動けないだけだ」

「どうしてこんなことになったのでしょうか? やっぱり禁じられた武具だから?」

「いや、これは鎧がすねてるんだ」


 エレインとリリアは「は?」と怪訝な表情となる。

 俺だって自分の言っていることのおかしさは理解している。

 けど、直前のあの腹の音を思い出すとそれしか考えられないんだ。


 この鎧は腹が減りすぎて不機嫌なんだ。


「さっき仕留めた猪を持ってきてくれ」

「まさか食べさせるつもりですか!?」

「それしかないだろ」


 リリアが猪を担いで持ってくると鎧が急に軽くなる。

 やっぱりそうだ。こいつは腹が減りすぎると機嫌を損ねるんだ。

 俺は猪に抱きつく。すると大量の肉がまるでゼリーを吸い込むようにして消え失せてしまった。

 鎧はげぷっと満足そうに静かになる。

 がちがち口を鳴らしていたのは、腹が減っていると知らせていたのか。


「問題大ありの鎧ですね」

「けど、性能はかなり高い。リリアの攻撃もほとんど効いてなかったしな」

「なんだって!? アタシの渾身の一撃が!?」

「どこにショック受けてんだよ」


 まぁ、もうしばらく使ってみて様子を見るとするか。

 あまりに使えないようだったら壊してしまおう。


「二人ともスロットに付与するから一度防具を渡してくれ」

「はい」「へ~い」


 てことでまずは二人と話し合いながら武具に付与する。



 強さの果てに到達せし者のはちまき [自己修復][物防UP][素早さUP]

 ワイヤーアーム [物攻UP][物攻UP][操作性UP]

 バーニアアーマー [自己修復][魔防UP]



「そろそろ日課のアレを……あー、結構少なくなってきたな」


 革袋の中にある草団子が残り僅かとなっていた。

 そろそろ補充しないとな。

 てことで俺は草原でいつものごとく薬草採取に励む。


「よし、材料はこれくらいでいいな」

「ちょっと待ってください義彦」


 草団子を作ろうとしたところでエレインから待ったがかかる。

 彼女は革袋からすっと別の袋を取り出す。


「薬に砂糖を混ぜませんか?」

「だめだ」

「そんなぁ……」


 砂糖が入っている袋を握ってしょんぼりする。

 いや、ほんと苦いの嫌いなんだな。

 だけどこれは嫌がらせとかで言っているわけじゃない。

 俺の称号はほんの些細な違いで大きく変化させる面倒なものなのだ。

 もし砂糖なんて入れたらまったく違う物ができあがる可能性が高い。


「あははは、エレインは我慢が足りないなぁ」

「お前も苦い苦いって涙目だっただろ」

「ふふ、もう慣れたね。次は平気さ」


 寝転がって余裕の笑みを浮かべるリリア。

 こう言う奴が一番泣き叫ぶんだよな。


 俺は草団子を黙々と作る。


 その間、エレインとリリアはお昼寝だ。

 どうせならサンドイッチでも作って持ってくればよかったな。

 ピクニックなんてのも俺は嫌いじゃない。


 草団子を五十個ほど作成して革袋に収納する。

 これでもうしばらくは保つだろう。

 ただ気がかりなのは、旅立った先に薬の材料があるかどうかだ。

 いずれ町を出ると決めてはいるが、薬が手に入らなくなるとなると予定を延ばすことも考えなくてはいけない。


 俺はリュックから例の粘土を取り出した。


「なんなんだろうなコレ」


 腕を組んで悩んでいると、肝心なことをやっていない事実に思い至る。

 そうだよ、俺には鑑定があったじゃないか。

 なんでそのことを忘れてたんだろ。



 【鑑定結果】

 魔道具:乗り物粘土(車タイプ)

 解説:造りたい乗り物をイメージしながらこねると、その乗り物ができるちょー優れものー。魔力で動くから維持費もほとんどかからないよー。一度形が決まると変更できないからよーく考えて作ろうねー。会心の出来だね義彦!



 ほうほう、これはいいかもしれないな。

 車タイプってことは飛行機とかはできない感じだな。

 よーし、そうと分かればさっそくやるか。


 俺は粘土をこねこねする。


 時には優しく時にはいやらしく。

 こねてこねてこねまくる。

 イメージはやっぱり幌馬車だよな。

 できればカッコイイ機械の馬を付けたい。


 しかし乗り物かぁ。

 俺の記憶に残っているものって言えば都営バスだな。

 学生の頃はよく乗ってたし、意外に乗り心地良いんだよなぁ。

 実は一度運転してみたいとか思ってたし。


「……ん?」


 手元の粘土が光っていることに気が付く。

 はっ、しまった。うっかり別のことを考えてた。

 粘土は一気に巨大化して都営バスへと変化した。


「なんだこれ!? なんだこれ!?」

「リリアさん! 無事ですか!?」


 近くで昼寝をしていたリリアの顔に、バスの後ろタイヤが乗っかっている。

 ステータスが高いとバスに乗られても平気なんだな、などと妙なところで感心してしまった。

 エレインがバスを持ち上げてリリアが救出される。


「びっくりしたじゃないか!」

「悪い悪い。まさかバスができるとは考えてなかったからさ」

「それにしてもこれなんでしょうか? 車輪のような物がありますし乗り物?」


 俺は運転席に乗り込むと、付いたままのキーを回してエンジンをかける。

 乗車口を開いて二人に乗り込むように言った。


「広いですね……椅子が沢山あります」

「なんか変わってるな。知らない文字と絵がいっぱいだし、四角い額縁みたいなのは光ってるし」


 俺はマイクを持って発進を報告する。


「本日も都営バスをご利用いただきありがとうございます。次は辺境の町クラッセル、クラッセルです。それでは出発いたします」


 ぶしゅー、二つの搭乗口が閉まり、俺はクラッチを踏んでからギアを入れ替え、アクセルをゆっくり踏み込む。

 こう見えて俺はバイトでトラックをよく運転してたんだよ。

 今でも身体が覚えてるぜ。見よ、この俺のギアさばき。


「なにがどうなってるのですか! ドアが勝手に閉まりましたよ!?」

「義彦どうしたんだよ! もっと頭がおかしくなったのか!?」


 おいリリア、どう言う意味だよ。

 元々おかしいけどさらにおかしくなったって言いたいのか。

 確かにそうかもしれないがそれでも俺に失礼だろ。


 冷房をつけてやると、二人はいつの間にか椅子に座っていた。


「はぁ~、もう馬車なんか乗れませんね~」

「アタシここで生活できる~。義彦、ずっと走ってて~」

「順応しすぎだろ! 起きろ、もう町に着くぞ!」


 バスを町の手前で停車させると、リュックの中へと収納する。

 下りた二人は都営バスの感想を口にした。


「トエイバスって究極の乗り物だと思うんです! 飾り立てた馬車なんかで満足してた自分が恥ずかしい! こんな私を見ないでください!」

「お、おう……」


 エレインは顔を両手で隠して耳まで赤く染めていた。

 なにがそんなに恥ずかしいのか俺にはさっぱり理解できない。


「カッコイイぜ! 力強いボディに大胆でカラフルな色! おまけにめちゃくちゃ過ごしやすくて、アタシが乗るのにぴったりの乗り物だ! なぁ義彦、アレの運転教えてくれよ!」

「また今度な」


 リリアの発言は予想通りだ。

 こいつなら運転したいって言い出すと思ったよ。

 しかしまぁ、馬車はダメだったがこれはこれで良かったのかもな。

 バスなら良い旅もできそうだし。


 俺達は和気藹々と会話をしながら町へと戻った。


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