十二話 黒い魔獣

 森の中は木々が生い茂り薄暗い。

 日光があまり届かないせいか草はそれほど生えてはいない印象だ。

 落ち葉や枯れ木が多く、岩には苔が生えているじめっとした感じである。

 俺達は町で買ったコンパスを頼りに先を進み続ける。


「どこまで行く予定ですか?」

「とりあえず今日は森の浅いところで狩ろうかなと思っている。下手に深い場所まではいると迷うからな」

「義彦は慎重だよなぁ」

「お前が大雑把すぎるんだよ」


 東の森は広大だ。なにも考えずに先を行けば間違いなく迷子になる。

 それにギルドで聞いた話では、森の奥地には凶暴な魔獣が生息しているそうだ。

 なのでここはステータス平均2000以上が推奨となっている。

 ヌシを見た後では余裕なんて言葉は出てこないだろう。


「あぎおぎぎっ!」

「ぐぎゃぐぎぎ!」


 倒れた枯れ木の影から三匹の魔獣が現れた。

 身長はおよそ一メートル、肌は緑色で腰にぼろきれを巻いている。

 顔は鷲鼻で三白眼。武器として枯れ枝を持っていた。

 いわずもしれたゴブリンだ。


 一応ステータスを確認するが数値はどれも500前後。

 物語で見るような雑魚とは少し違うようだ。


「アタシがいただくぜ!」


 三匹のゴブリンをリリアは瞬殺する。

 だから俺の指示を聞いてから戦ってくれ。


「あぎあぎっ!」

「ぐごごぎぎが!」


 一分も経たないうちに新たなゴブリンが現れる。


「えいっ!」


 エレイン剣が瞬時に伸びて三匹のゴブリンの首を切り飛ばした。

 だが、休む暇もなく新たなゴブリンが現れ、リリアとエレインが仕留める。


「ふう、やっと落ち着きましたね」

「こいつらアタシ達の居場所を知っているみたいに集まってくるよな」


 ゴブリンの死体が小さな山となっていた。

 総数は60匹。奴らの習性なのか三匹で行動するようだ。


 しかし、リリアの言う通りちょっとこれは多すぎる気がする。


 ゴブリンはその繁殖力の高さから数の多い魔獣と認識されている。

 それでも一時間も経たないうちにこんなに出会うことはない。

 そう、まるで俺達の居場所が本当に分かっているかのような……。


「義彦の剣が原因じゃないでしょうか」

「剣?」


 鞘ごと外してみると、確かにぼんやりとだが光っている。

 まさかこの光を目印にゴブリン達は集まっていたのか?

 森は薄暗いし目立つと言えば目立つ。

 まさかスタンブレイドにこんな欠点があったとは。


 俺は包帯を取り出して剣をぐるぐる巻きにした。


 見た目は完全に封印された魔剣だ。

 けど、こうでもしないと無駄に魔獣が寄ってきてしまう。

 恥ずかしいがやるしかない。


「目立たなくなりましたね。封印された魔剣みたいでカッコイイです」

「魔獣を引き寄せる魔剣なんて憧れるぜ」

「止めろ。俺のハートはガラス製なんだぞ」


 この剣から炎の黒龍が出た日には、俺はきっと顔を隠して生きるようになるだろう。

 そうでもしなければ後ろ指を指さされて「あの人、飛影って呼ばれてるらしいわよ」「その割にはさえない顔をしてるわよねぇ」なんて噂されるに違いない。

 違う、俺は飛影には憧れているが飛影になりたいわけじゃないんだ。


「なぁ、あそこにいるの同業者だろ」


 リリアの指し示す方向に視線を向ける。

 そこには木にもたれかかる男性の姿があった。


「エレインとリリアはゴブリンの素材を集めておいてくれ。俺はあの人を見てくる」

「分かりました。じゃあリリアさん頑張りましょ」

「へーい」


 俺はすぐに男性に駆け寄って声をかける。

 その人は左脇腹に傷があり、ひどい出血をしていた。

 顔には大量の汗をかいていて意識がもうろうとしていることが窺える。


「しっかりしろ。今助けてやる」

「誰だ……あんた?」

「同業者だ。えーと、確かここに」


 リュックの中を手で探る。

 取り出したのは中級ポーションの小瓶だ。

 エレインに作ってもらって正解だったな。

 蓋を開けると中の液体を男性の口に流し込む。


「……ありがとう。楽になった」


 傷が癒えた男性はようやく表情を緩める。

 だが、大量に血を失ったせいか、立ち上がれるほどの元気はないようだった。


「何があった?」

「魔獣に襲われたんだ。見たこともない黒い奴で、あっという間に仲間がやられた」

「見たこともない黒い魔獣……」

「俺を逃すために今も仲間の一人が戦ってくれているんだ。無理なお願いとは分かっているがどうか助けてくれ。頼む」


 男に懇願された俺はしばし悩む。

 ないとは思うが俺達を騙そうとしている可能性も否定できない。

 だがもし、本当に彼の語ったことが事実ならできる限り助けるべきだろう。


 俺は「分かった助けるよ」と返事をして彼を背負う。


「こちらは終わりました」

「ちょうど良かった、これを持っててくれ」


 素材を集め終えたエレインにリュックを渡す。

 さらに二人に事情を説明した。


「もちろん私も助けに行きます!」

「黒い魔獣かぁ、戦ったら楽しそうだな」

「じゃあ俺の後を付いてこい」


 俺達は男の指示に従いながら森の中を進んだ。

 黒い魔獣と遭遇しただろう場所に近づくと、複数の獣のうなり声が耳に届く。

 どうやらまだ戦いは続いているようだ。


「なぁ、黒い魔獣ってのはどのくらいの強さなんだ」

「おおよそだが、ステータス2000クラスじゃないだろうか」


 じゃあ問題なく勝てるな。

 状態異常にされない限り楽勝のはずだ。


「グゲゲゲゲ!」

「くそっ、なんて力だ!」


 到着した場所では男性が黒い魔獣と武器を交えていた。

 振られる棍棒を剣で捌こうとするが、相手の力に押されてよろけている。

 完全に冒険者が押されている状態だった。


 俺は安全な場所に背負っていた男性を下ろし、静かに剣を抜く。


「二人はここで彼を守っていてくれ」

「分かりました」

「アタシは断る」


 何でだよ! お前散々戦っただろ!

 俺にも活躍する場をくれよ!

 あ、勝手に行くな! 待てよ!


 走り出すリリアを追いかけて俺も向かう。


「リリアかかと落とし!」


 ジャンプした彼女は空中で縦方向にくるくる回転して、そこから勢いよくかかと落としを直撃させた。

 ネーミングはともかく威力は高そうだ。

 黒い魔獣は脳天に当たってくらくらとしながらふらついた。

 その隙に俺は男性に駆け寄る。


「大丈夫か?」

「どこの誰かは知らないが、助けに来てくれてありがとう」

「礼を言うならあんたの仲間に言ってくれ」

「!? そうか、彼が君達を呼んでくれたんだな」


 男性は納得したように表情を緩める。

 周囲を見ると彼の仲間らしき三人の死体が転がっていた。彼も厳しい戦いを続けていたせいか、至る所に出血と打撲痕ができている。

 俺はポケットから中級ポーションを取り出して彼に渡した。


「いいのか?」

「タダじゃない。金はあとでもらうからな」

「それでも深く感謝する。もうダメかと思っていた」


 ポーションを飲んだことで男性はダメージを回復させた。

 あとは黒い魔獣を倒すだけだな。


 獣は頭を横に振ると、意識をはっきりさせたようだった。

 外見は黒い靄に覆われ判別できない。

 だが、人の形をしていると言う事だけははっきりしていた。

 サイズはゴブリンほどだろうか。禍々しい雰囲気を醸し出している。



 【ステータス】

 名前:-

 年齢:10

 性別:雄

 種族:■■リ■

 力:510(2510)

 防:389(2389)

 速:520(2520)

 魔:140(2140)

 耐性:142(2142)

 ジョブ:-

 スキル:闇の息Lv5

 称号:-



 鑑定で敵のステータスを覗いた俺は確信した。

 こいつはゴブリンだ。

 ただし、何らかの理由で信じられないほど強化されている。


「リリア、そいつには気をつけろ! 普通じゃない!」

「心配するなよ。アタシがちょちょいのちょいって片付けてやるから」

「バカ、俺の話をちゃんと聞けって――!」


 跳躍したリリアが黒いゴブリンに殴りかかる。

 が、敵は口を大きく開けたと思えば、黒い息を吐いた。

 息をもろに浴びたリリアは地面に力なく落下して転がる。


「あぎっ!? なんだこれ!」

「どうしたリリア!?」

「あの黒い息を浴びたら身体が動かなくなった!」


 すぐさま敵のスキルを鑑定で確認した。



 【鑑定結果】

 スキル:闇の息

 解説:邪悪な息を吐きかけられることによって身体が一時的に麻痺するよー。発動前に息を大きく吸い込むから、その辺りを見定めて動くといいかもー。



 くそっ、状態異常のスキルか。

 誰だ余裕で勝てるなんて言ったの。俺か。

 とにかく確実に勝つためにも一定の距離を保ちながら戦うしかない。

 俺は剣の包帯を外す。

 後ろにいる男性が目を見開いた。


「それはまさか封印された魔剣!?」

「違う! 普通の剣だ!」


 どうしてこの世界の奴はすぐに魔剣って言うんだ。

 もしかしてもしかすると魔剣ってみんなこのスタイルなのか。


「ぐぎぎぎ!」

「俺が仕留めてやるよ」


 棍棒で殴りかかってくる黒いゴブリン。

 俺は剣で難なくはじき返した。

 そこからあえて距離を詰めず、回り込むようにして背後に。

 ゴブリンが振り返ったところですかさず、剣の特殊能力スタンフラッシュを放った。

 強烈な光はゴブリンの視覚を麻痺させる。


「でりゃ!」

「ぐぎゃ!?」


 袈裟斬りで黒いゴブリンを倒した。

 黒い息さえ当たらなければ大したことない敵だ。

 なんだ? まだ生きているのか?


 地面に倒れるゴブリンの身体から黒い靄が浮き上がる。


 それはしばらく宙に漂い、天高くへと飛んでいった。

 残された死体は通常のゴブリンに戻っており、鑑定してみてもステータスが強化されていた様子は確認できなかった。

 あの黒い靄が魔獣を強化させた原因だろうか。


「義彦! あんな攻撃があるって先に言ってくれよ!」


 麻痺から回復したリリアがなぜか怒っている。

 んなこと知るか。だいたい俺は前もって気をつけろって言っただろ。

 リリアを無視して俺はエレインの元へと走る。


「大丈夫か?」

「はい、この方も元気になったみたいです」


 先に助けた男性はゆっくりと立ち上がって、助かったもう一人の男性の元へと行く。

 二人は抱き合い生き延びたことを喜び合っていた。


「先ほどの黒い靄はなんだったのでしょうか」

「確かに気になるな。まるで魔獣に取り憑いていたみたいな感じだった」

「宿にいるという幽霊さんみたいなものでしょうか?」

「アレとはちょっと違う気がする」


 幽霊なら肌寒さを感じるはずだ。

 それがなかったと考えるとあれは霊関係じゃない気がする。

 というかなんで俺が専門家みたいに話してんだよ。転生するまで幽霊を見たことすらなかった人間だぞ。詳しいことなんか知るわけがない。


 助けた二人がこちらに来てお辞儀をする。


「助けてくれて本当に感謝している。もし良かったらお礼をさせてもらえないか」

「成り行きで助けただけだから気にするな。ああでも、どうしてもと言うのなら謝礼を受け取ってもいいかな。いつもなら受け取らないんだけど今回だけは特別だぞ」

「そ、そうか……それはありがたい」


 やれやれ図らず人助けをしてしまうとは。

 我ながらお人好しだと呆れてしまう。

 根が正直者の俺には仕方のないことか。


 その後、俺達は死んだ冒険者を担いで町へと戻ることにした。



 ◇



「ぶはっ!」


 ギルドの酒場で俺はエールを飲み干す。

 テーブルには銀貨が30枚置かれ眩く光を反射していた。


「仕事の後の一杯は美味いな!」

「謝礼ももらってギルドでも報酬をもらって今日は大成功ですね」

「…………」


 ほくほく顔の俺達と違いリリアは不満顔だ。

 まだ昼間のことを引きずっているらしい。


「元気出せって。次頑張ればいいだろ」

「そうだけど! あー、むしゃくしゃする!」


 頭をかきむしるリリアに俺とエレインは呆れる。

 あの黒いゴブリンにあっさりと麻痺させられたことが気にくわないのだ。

 ま、鑑定スキルを持っていない奴にとって、アレは完全に初見殺しだよな。俺も今後は状態異常攻撃には、気をつけないといけないと気を引き締め直したくらいだ。


「義彦の防具、なんだか壊れそうですね」


 え? 壊れそう?

 よく見ると胸当ての肩のベルトの部分がちぎれかけていた。

 しまった、前回防具を新調し忘れていたのが響いてきたのか。

 ヌシとの戦いでボロボロになっていたのもあるが、主な原因は急激に上がった俺の動きに防具自体が耐え切れていないことだと思う。

 ここらで防具をちゃんと造っておくべきか。


「明日は休みにする。ルンバの工房で防具を造ることにするよ」

「それはいいですね。でしたら私達のも造っていただけませんか」

「あ、それいいな! 義彦ならぶっ飛んだ装備を造れそうじゃん!」

「別にいいけど……あまり期待するなよ」


 正直なにができるか分からないんだ。

 要望を伝えられても応えられないかもしれない。

 運良く強力な防具ができればいいが、ゴミのようなキワモノができる可能性だってあるんだ。もう言ってみればギャンブルだなこれは。


 明日の防具作成が上手くいくよう俺はもう一杯エールを注文した。


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